雨が降っている。
焼津のホテルを8:00に出発。焼津駅8:19→8:39金谷駅。牧之原台地を歩く間は雨にやられそうだ。今日の目標、袋井まで辿り着けるだろうか。道のりは23.4kmある。しかも上り下りも結構ありそうだ。金谷の駅の後ろはいきなり山だ。8:50金谷駅から歩き出す。
古くからありそうな集落の中の道を登っていくと、まもなく石畳に入る。雨が強くなってきたので雨合羽を取り出しかぶる。

石畳の坂を登りきると雨がやんだので雨合羽をしまう。
9:20諏訪原城跡入り口。その先を進むと菊川坂石畳の下り坂。

9:40 間の宿、菊川。大きな陸橋の工事が行われている。この巨大な陸橋には多大な税金が使われ、どれだけの経済効果が見込まれているのか。それとも建設会社に多大な税金を分けるために、必要も無いのに行われているのか。(あくまでも個人の疑問です。)

10:10菊川を抜けると「小夜の中山峠」入り口。ここが旧東海道だといわれないとただの急な農業用道路と見過ごしてしまいそう。その急な坂を登りきったところに1台の自動販売機。古くて動いてんのかな?と思いながら、しばらく自販機が無かったのでついお金を投入してしまう。うまいところに置いたもんだ。一息ついて歩き出すとすぐ茶屋があった。昔からの茶屋らしい。お土産やら何やら売っている。店のおばちゃんに「今日は袋井まで」というと、
「まぁ、まだ早いからいけるんじゃない?」といわれる。微妙な言い方だ。「ちょっと難しいんじゃない」と頭の中で変換された。その後、茶畑の間をくねくね続く道を進む。

10:50 道の行く先は何軒かの家が木に囲まれた小さな集落にたどり着く。その先に車で通ればズリズリっと滑り落ちてしまいそうな急な下りの「ヘアピン」の連続技。歩きでもズリズリっと滑りそうだ。これが「二の坂」なのか?

11:00 国道1号バイパスをくぐるとすぐに日坂宿に入る。(二の坂がなまって日坂(にっさか)になった?)

11:25 日坂宿を抜け、国道に戻り八坂I.C下に差し掛かる。あらかじめストリートビューで横断歩道とか確認して問題なく進めると思っていたのに、工事中のため大きく迂回。
11:45 日本橋より224km この辺り横断歩道が無く、歩道橋ばかり。歩き旅の途中、歩道橋は正直いって登りたくない。思わず通りかかった下校中の中学生に「この辺は歩道橋ばっかりだねぇ」と声を掛けてしまう。中学生はこれが当たり前なのだろう、何を言われたのか意味が分からない風に「はぁ」と答えてくれた。
12:00 そろそろお昼時だけれども食事のできるようなお店が見当たらないので。「千羽」交差点のコンビニで「おむすび弁当」を摂取。一息ついて歩き出すけど、この先は雨が強くなったりやんだり、雨合羽を出したり脱いだりしながら進む。

13:10 掛川の市街地に入り「七曲り」。敵?の進行を妨げるためのカクカクにしては、曲げすぎだろう。ところで、「七曲り」と聞くと「太陽にほえろ」を思い出すのはオイラだけ?そういえば。雑司ヶ谷の遺跡調査やったときに「七曲り」って通りがあったな。
「七曲り」を抜けた辺りで、一息つきたいなと思いながら商店街を歩いていると交差点の右手に掛川城が見えた。

雨のそぼ降る中、高台から見下ろしてくるお城。電線がジャマだな。
交差点のすぐ先にあったコンビニで一服。雨合羽を着たまま入ったから、店員さんに怪訝な目で見られる。
通りを進み「二瀬川」交差点で左折。川を渡り更に「大池橋」交差点を左折すると、雨合羽をきた20人程の集団が前に現れる。どうも「少雨決行」の「東海道を歩く会」のようだ。20人もの人が雨合羽着てとぼとぼと歩いてる。年齢層は60歳越えの集団だから、速度が酷く遅い。歩道からはみ出て横に広がっているから、抜くに抜けない。追い越せない。

写真に見える線路、左側に西掛川駅がある。駅の階段下で一服。彼らには先に進んでもらおう。しばらくローカル線の駅の様子を見ながら時間を過ごしたけど、歩き始めるとすぐに追いついてしまう。案内人の人が何だかハンドマイク片手にチョコチョコと解説しながら進んでいるので進まないんだな。

大きな国道の下をくぐると松並木が保存?されていた。集団が右側の祠の解説を聞いている間に通りの左側からスルーして先に進む。雨の降り方が強くなってきた。

雨合羽をパタパタと打つ、雨の音に少しうんざりしながら進むと松並木の終わりに小学校が現れた。「どまん中 東小学校」
東海道、日本橋から数えても、京の都から数えても27番目の宿「袋井宿」だから「どまん中」らしい。(道のり的にはまだ半分には足りない)
16:05 袋井宿に入る。

「どまんなか茶屋」は暖簾は出てるけど、人の気配が無く休みなのか?
16:15 東本陣跡に到着。雨の中歩き続けて疲れました。本日はここまで。





























