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2017年10月28日、旧東海道歩き旅 その14

 雨が降っている。
 焼津のホテルを8:00に出発。焼津駅8:19→8:39金谷駅。牧之原台地を歩く間は雨にやられそうだ。今日の目標、袋井まで辿り着けるだろうか。道のりは23.4kmある。しかも上り下りも結構ありそうだ。金谷の駅の後ろはいきなり山だ。8:50金谷駅から歩き出す。

 古くからありそうな集落の中の道を登っていくと、まもなく石畳に入る。雨が強くなってきたので雨合羽を取り出しかぶる。

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 石畳の坂を登りきると雨がやんだので雨合羽をしまう。
 9:20諏訪原城跡入り口。その先を進むと菊川坂石畳の下り坂。

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 9:40 間の宿、菊川。大きな陸橋の工事が行われている。この巨大な陸橋には多大な税金が使われ、どれだけの経済効果が見込まれているのか。それとも建設会社に多大な税金を分けるために、必要も無いのに行われているのか。(あくまでも個人の疑問です。)

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 10:10菊川を抜けると「小夜の中山峠」入り口。ここが旧東海道だといわれないとただの急な農業用道路と見過ごしてしまいそう。その急な坂を登りきったところに1台の自動販売機。古くて動いてんのかな?と思いながら、しばらく自販機が無かったのでついお金を投入してしまう。うまいところに置いたもんだ。一息ついて歩き出すとすぐ茶屋があった。昔からの茶屋らしい。お土産やら何やら売っている。店のおばちゃんに「今日は袋井まで」というと、
「まぁ、まだ早いからいけるんじゃない?」といわれる。微妙な言い方だ。「ちょっと難しいんじゃない」と頭の中で変換された。その後、茶畑の間をくねくね続く道を進む。

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 10:50 道の行く先は何軒かの家が木に囲まれた小さな集落にたどり着く。その先に車で通ればズリズリっと滑り落ちてしまいそうな急な下りの「ヘアピン」の連続技。歩きでもズリズリっと滑りそうだ。これが「二の坂」なのか?

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 11:00 国道1号バイパスをくぐるとすぐに日坂宿に入る。(二の坂がなまって日坂(にっさか)になった?)

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 11:25 日坂宿を抜け、国道に戻り八坂I.C下に差し掛かる。あらかじめストリートビューで横断歩道とか確認して問題なく進めると思っていたのに、工事中のため大きく迂回。
 11:45 日本橋より224km この辺り横断歩道が無く、歩道橋ばかり。歩き旅の途中、歩道橋は正直いって登りたくない。思わず通りかかった下校中の中学生に「この辺は歩道橋ばっかりだねぇ」と声を掛けてしまう。中学生はこれが当たり前なのだろう、何を言われたのか意味が分からない風に「はぁ」と答えてくれた。
 12:00 そろそろお昼時だけれども食事のできるようなお店が見当たらないので。「千羽」交差点のコンビニで「おむすび弁当」を摂取。一息ついて歩き出すけど、この先は雨が強くなったりやんだり、雨合羽を出したり脱いだりしながら進む。
 
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13:10 掛川の市街地に入り「七曲り」。敵?の進行を妨げるためのカクカクにしては、曲げすぎだろう。ところで、「七曲り」と聞くと「太陽にほえろ」を思い出すのはオイラだけ?そういえば。雑司ヶ谷の遺跡調査やったときに「七曲り」って通りがあったな。

 「七曲り」を抜けた辺りで、一息つきたいなと思いながら商店街を歩いていると交差点の右手に掛川城が見えた。

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 雨のそぼ降る中、高台から見下ろしてくるお城。電線がジャマだな。
 交差点のすぐ先にあったコンビニで一服。雨合羽を着たまま入ったから、店員さんに怪訝な目で見られる。

 通りを進み「二瀬川」交差点で左折。川を渡り更に「大池橋」交差点を左折すると、雨合羽をきた20人程の集団が前に現れる。どうも「少雨決行」の「東海道を歩く会」のようだ。20人もの人が雨合羽着てとぼとぼと歩いてる。年齢層は60歳越えの集団だから、速度が酷く遅い。歩道からはみ出て横に広がっているから、抜くに抜けない。追い越せない。

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 写真に見える線路、左側に西掛川駅がある。駅の階段下で一服。彼らには先に進んでもらおう。しばらくローカル線の駅の様子を見ながら時間を過ごしたけど、歩き始めるとすぐに追いついてしまう。案内人の人が何だかハンドマイク片手にチョコチョコと解説しながら進んでいるので進まないんだな。

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 大きな国道の下をくぐると松並木が保存?されていた。集団が右側の祠の解説を聞いている間に通りの左側からスルーして先に進む。雨の降り方が強くなってきた。

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 雨合羽をパタパタと打つ、雨の音に少しうんざりしながら進むと松並木の終わりに小学校が現れた。「どまん中 東小学校」
 東海道、日本橋から数えても、京の都から数えても27番目の宿「袋井宿」だから「どまん中」らしい。(道のり的にはまだ半分には足りない)

16:05 袋井宿に入る。

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 「どまんなか茶屋」は暖簾は出てるけど、人の気配が無く休みなのか?
16:15 東本陣跡に到着。雨の中歩き続けて疲れました。本日はここまで。

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2017年10月27日、旧東海道歩き旅 その13

 例によって、思った時間に起きられない。また約1時間遅れの出立だ。拝島805 → 820八王子829 → 915新横浜946 (こだま)→ 1051静岡
 先週、冠雪したという富士山。頭と右斜面側は白くなっている。右側(北側)は中程までうっすらと白くなっている。南側は頭の部分だけが雪化粧で、山梨側だけが天気が悪かったんだなと思う。車両の左側に座ってしまい、じっくりとは見えない。
 小田原城が見えた。以前行ったときは改修工事中だったから、再度行ってみたい。北条市の気持ち(秀吉の小田原攻めのときの)はどんなだったんだろう。普通の人はどんな気持ちでお城とか登ったりするのだろう。音楽を聴くときもそう。オイラはどこか違った見方、聴き方をしているんだと思う。ズブの素人の人はクラシックのコンサートとかどんな風に感じるのだろう。屹度オイラは普通に感じるということをやったことが無い。
 三島に着く前に「旧東海道」と交差する地点を見たかったんだけど、新幹線のスピードはそれを阻んだ。目視確認できず。

 静岡駅北口で前回の地点(岡部支所前)に向かうバスの時間を確認すると、10分くらいあったので、スマホを使って喫煙所を探す。便利だ。
 1113バス出発。12時丁度、岡部支所前に到着。歩き出す。

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 一応、五智如来さんに手を合わせて歩き出す。

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 県道の整備された歩道をしばらく歩き、国道1号をくぐり、少し右に向きを変えて旧道へ。道沿いに婆さんが何人か立っている。何かを待っているようだ。生協の配達の車が来た。
おぉー、みんなこれを待っていたのかぁ。と思った先に古そうな歩道の無い橋。腿の辺りまでしか欄干が無いのはちょっと恐い。
 
 元の県道を歩道橋で渡り、旧道に再度入り自販機前で一服。やたらと虫が飛んでいるけど、のどかでいい気持ちだ。

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 日本橋から197km地点。もう少しで200km。あれっ?そんなもんか。もっと歩いてると思ったけど。

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旧道脇、真新しいアパートの前に「鬼島一里塚跡」の表示。もうちょっと大きい棒にして欲しい。絶対見逃すサイズだ。「江戸日本橋より四十九里(百九十六km)」と書いてある。さっきの197kmは大体あってるわけだ。

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 須賀神社の大楠はフレームに入りきらない。確かに大きい。この先はちょっと区画整理が進んでいてカクカクと新しい道を進んで、旧道らしき入り口は松が植えてある。そのまま進むと藤枝の商店街に入って行く。
 ここはまんま藤枝宿に当るのだろう。一部古いアーケードの長い商店街だ。そろそろお腹が空いたかな。商店街の中でどこかいいところはないかなと探したけど、ちょっとは入りたくなるお店が無いまま通り過ぎ、結局ファミまでおむすびを食べた。

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 ファミマを出たらすぐに「かちくさばし」この時点で13時53分。藤枝の街の中には昔の島のあとなのか、ポッコり山がいくつも点在していた。
 「青木」の交差点を過ぎると旧街道らしく少し曲がりつつ進む。

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 江戸時代より更に古い東海道の入り口はひっそりとあった。
 15:00島田市に入る。15:10六合駅入り口のコンビニで休憩。

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 島田市街地に複雑なデザインの建物を発見。どうも市の施設らしいのだけれども何の施設なんだろう。そして16:40川越遺跡にたどり着く。

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 ちょうど、遺跡調査をしている一角があった。しばらく眺めてみたけどよくわからない。もう夕方で暗くなり始めていたので、先を急ぐ。

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 「越すに越されぬ大井川」
16:55渡り始めて17:08に渡り終える。

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 島田側は前週の台風のせいか、水量が半端ない。昔だったら間違いなく「川止め」だ。中州に生えていたであろう巨木が多数流されている。台風21号は凄かったらしい。

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17:40 金谷駅に到着。旧金谷宿は割と今でも街がにぎわっていた。想像していたよりも。
17:50 東海道線に乗り、18:10焼津駅に至る。ホテル近くの温泉施設でお風呂をいただき、「村さ来」にて晩飯。ハリポタ見ながら寝落ちする。

この日はカメラの設定を間違っていたので全体的に写真が暗い。残念。

2017年10月7日、旧東海道歩き旅 その12

 雨はあがっていた。少し雲がかかっているけど、昨日のような天気の崩れは無さそうだ。ホテルの部屋から清水港の辺りは見えないけれど、港街らしい朝の喧騒が漂ってきていた。8:00にチェックアウト。8:14新清水駅発 草薙駅8:20着。
 昨日の地点、草薙駅入り口から歩き始める。今日の予定は「宇津の谷入り口」の道の駅まで

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 8:55JR下トンネル
 この辺りで見ていると、ホントに新幹線のダイヤって凄いなぁと思います。ひっきりなしに200km以上のスピードで上りと下りが通って行く。東京の中央線みたいな間隔で。ホントに凄いと思う。

 9:10 古庄交差点のファミマで一服。この辺りでも至るところから富士山は見える。
 9:28 静鉄の長沼駅前に「バンダイ」発見。9:40 護国神社前を過ぎ、国道沿いに mark is とか云う巨大なショッピングセンターを眺めつつ進む。

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 10:10 横田町(西見附)に入る。
 10:30 駿河城に寄り道。やじきた像を探す。

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 写真を撮ろうとスマホを構えていたら、老夫婦が視界に侵入してきた。説明文を声に出して読み出す旦那さん。5分以上待っても動いてくれない。その場で次にどっちに行こうか相談を始めちまった。先を急ぎますので、そのままシャッターを切った。

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 府中宿内のカクカク折れた道筋がわかりにくい。案内が少ないのか、小さくて見つけ出せないのか、はなっから旧道なんてそんなに気にされていないのかわからないけれども、なんとか「札の辻」の碑(工事中)に辿りつく。ここからは安倍川までほぼ一直線だ。

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 11:30 「せきべや」にて名物「安倍川もち」を食す。(奥に安倍川にかかる橋が見える。) あんこたっぷりのお餅は少し疲れた身体にはいい。あんこは水あめの風味が強め。江戸時代の味とは少し違うのかも知れない。

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 11:40 安倍川を渡る。一気に田舎っぽくなる。ローソンで一服。
 12:15 丸子宿に到達。
 
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 12:40 丁子屋で名物「とろろ汁」を食す。この日はそれほど混んでいないらしく、一人だけれども奥の大広間に通されて、4人以上は座れる卓に案内された。部屋の壁には広重の五十三次の絵がぐるりと掛けられていた。女性2人とか、いかにも学生のカップルの客もいる。地元の人たちもよく来るのかしら。「とろろ汁」は40代後半のおじさんの腹にはちょっときつい量の麦飯がお櫃に入れられてきた。味は薄い味噌仕立ての味付けで、まぁまぁうまい。オイラ的にはもっと味噌を入れて欲しいかな。

13:15 腹一杯で歩き出す。道の駅まであと1時間くらいかな。旧道と現道を行ったり来たりしながら歩く。途中コンビニで休憩。そこでなんだかゴミ箱の掃除をしているオジサンに話しかけられる。
 「東海道を行ってんのかい?」
 「ええ、そうです。」
 「丁子屋で食ってきたかい?今日は非番だけど俺も丁子屋で働いてんだよ。」
 「ええ、もう腹一杯ですよ。宇津の谷の入り口までは30分くらいで行けますか?今日は  そこまでにしようかと思ってるんですけど。」
 「何言ってんだい、宇津の谷なんてすぐだよ。岡部までもちょっとだから岡部のほうが   キリがいいからガンバリな」

 がんばってみよう。

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 14:22 宇津の谷の道標
 14:36 峠の地蔵堂跡

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 鬱蒼とした石畳の旧道は少し息が切れる程度の登りでそれほどきつくは無かった。
 峠を越えて少し下ると、アスファルトの道に出たんだけど、ここが思いのほか危険ロードだった。山の上の鉄塔とかの整備用の道らしく、殆んど車が通らないのでしょうか酷く苔蒸していて、前日の雨のせいで滑るすべる。ちょっと油断すると腰にも強烈な負担がかかりそう。そーっとそーっと、少しだけ前のほうに体重を掛けるようにして慎重に、慎重に歩みを進めなければなりません。変な黄色い塗装のしてある部分は多少滑りにくいみたい。
 とんでもないトラップに苦闘しながら進むと集落っぽいところに出た。国道をアンダーパスして進むと、しばらくして岡部宿にたどり着く。

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 15:00 岡部宿 この先左に旧道入る。「小野小町姿見の橋」などがある。

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 15:50 岡部支所前に到着。おじさんは岡部までもうちょっと行ってたけど、結構あったじゃないか。予定より先に辿りついたけど、時間も1時間オーバーだよ。ここからバスに乗って静岡駅に戻って、それからJRの鈍行とか使って何時に帰り着けるのか?

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 岡部支所前バス停1602 →1642静岡駅1700 → 1753沼津1808 → 1859小田原
 1914 → 2012町田2024 → 2049八王子2111 → 2123拝島2125 →

 帰路が5時間越えたぁぁぁぁぁぁ
 次回からは新幹線を使うことを考えよう。