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2018年3月9日(金)、旧東海道歩き旅 その17
 
 今回は頑張って5時半に起床し、予定どうりに部屋を出たのだけれども、前日からの雨は明け方がピークで強く降っている。特に神奈川県は豪雨の様子で、小田急線は全線で速度を落として運行していた。だけれども、なんだかんだで結局予定していた小田原駅9:36発の「こだま641号」に乗ることができた。
 天気予報では、関東は午前中までは雨予報。豊橋の天気予報を見ると朝のうちに雨はやむらしい。大雨の中の行軍を覚悟していたけれど、思いのほかいい天気になりそうだ。
 小田原駅でお茶を購入。二川駅からしばらくはコンビニが期待できないからだ。

11:31 やっと二川駅に到着。前回は北口駅前に喫煙スペースがあったような気がしたのだけれども、無かった。無くなっていた。またも撤去されたのか?
 駅のエスカレーターを降りたら急に風が、北風が強い。帽子が飛ばされそうだ。
 「火打坂」途中で一服。少し離れたところに小さく観音様らしきものが見える。豊橋視聴覚センター入り口に変な像多数あり。その先信号の下、標識にくくりつけられた小さな道標。信号を左折する。

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 しばらく進み黒松跡、その先斜め右へ。

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 「東京庵」で昼食。「にかけうどん」の日替り定食を食う。キスのフライがうまし。
 マックの近くに一里塚跡。国道1号線に合流。そこからひたすら国道を進む。愛知県は自動車の量が半端ない。ずっと車が連なって走っている。自動車王国だ。歩行者よりも自動車優先な感じがする。途中古そうなお寺、日本橋から295kmの表示あり。路面電車が見える。歩道橋のみの交差点。

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 歩道橋を渡ると東惣門跡あり。ところで、今回導入のデジカメが手軽すぎてスマホであんまし撮っていない。(帰ってみるとデジカメで撮った写真もいまいちだ。レンズをごついのにしなくちゃならんのか?)

 吉田の七曲りを辿っていく道標がしっかりとある。国道の案内みたいにある。

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 本陣跡は、うなぎ屋。ご当地マンホールの図柄になっている公会堂を眺めつつ曲がり曲がり、西惣門を過ぎて橋を渡る。橋の上からお城が見える。近くにある市役所のほうがデカイデカイ。橋の上は強風で飛ばされそうなので、帽子をはずし手に握り渡る。
 川を越えて左へ。豊川稲荷の遥拝所。

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 近いだろ?とか思ったけど、東海道から寄り道せずに祈るためなのかしら?
 テレビでよく見るお祭りの筒花火の使用後らしきものが軒先に置いてあるところが何箇所かあった。お祭りに参加したんだぜぇ!てことなのかな?

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 旧街道らしい町並みが残っているんだけど、道幅の割りに交通量が多い。離合のために互いに停車しちゃうくらいの大型(おそらく10t以上)もバンバン通る。

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 豊川市に入る。入った途端に歩道が無い橋。この交通量で橋に歩道が無いってどういうことだよ?

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 旧道をひたすら歩く。車の量がとにかく多い。大型も通る。歩道は無い。

 「山本太鼓店」というお店を発見。和太鼓の専門店らしいな、珍しいなぁと思って眺めていたらその横に一里塚跡の小さな石碑。太鼓店を眺めなければ気付かなかった。

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 再び国道1号に合流。交差点脇に立っている「中村医院」の広告看板が風で斜めになっている。

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 どれだけ北風(向かい風)が強かったかということを伝えたいので・・・
 交番の看板も筒花火。

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 この辺りから「御油宿」らしい。姫街道との追分を過ぎ、松並木を抜ける。車がビュンビュン走る。大型も通る。国道の渋滞からの抜け道になっているみたい。

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 17:30 赤坂宿公園に辿り着く。今日はここまでにしよう。名電赤坂駅に向かう。駅前で一服していたら、電車が来て行ってしまった。次は何分後?と時刻表を見てみると30分に1本。こりゃいかん、北風の中30分も待ってられん。国道沿いのコンビニに一時避難。30分後の電車で豊橋に取って返す。 18:40ホテルで熱めの風呂を溜めて入る。
 自動車優先の交差点、強烈な北からの向かい風に困らされた1日だった。

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2017年12月2日(土)、旧東海道歩き旅 その16
7:00に起床 7:30朝食 8:00チェックアウト 掛川駅8:17→浜松駅へ
 8:50前日の「成子交差点」より歩き出す。国道257号線を進みJR東海道線のガードをくぐると、ググッと右に大きく曲がりながら大きな通りが続く。通りの両側には大きな車屋さんやらパチンコ店やら大きなラーメン屋さんやら、郊外にあるような店が少しずつ間を空けて並んでいるが、まだ朝が早いのでどの店も開店はしていない。通りの左側を歩いていると建物の陰になるので、昨日からの冷たい風が吹くと迚も寒い。
 まっすぐな国道257号の左側はずっとなだらかに下っている。太平洋だろう。遠浅な砂浜の海岸線の跡なんだろうかしら。海はまったく見えない。少し距離はあるけど、その先は海だろう。この辺の東海道は砂浜の高いところを通っていたのか。
 と、いきなり「一里塚跡」の石碑が現れる。一里塚についての説明は書いてあるが、地名などは書いていない。一里塚のたびに同じ説明が書いてあるのもどうなのかなぁ。ここは日本橋から六十六里。可美という地区らしい。
 
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 10:00 大きな通りは二手に分かれ、右側の通りを進む。しばらくいくと「スズキ入り口」というバス停があった。目の前にスズキ自動車のお店が見えた。このお店の前ってことなのか?他に地名とか無いのかな?と思いながら店の前に行くと、お店の人がいたので「スズキ入り口ってバス停の名前、すごいですねぇこのお店古くからやっているんですか?」と聞いてみた。
 「いやぁー、違いますよー。そこの交差点から入っていくとスズキがあるんですよー。」
 ちょっと北っ側を見てみるとでっかい建物にスズキのマークが見えた。
 「あーっ、あれって大きなの、スズキの工場か何かですか?」
 「いやぁー、あれ本社だよ」
バス停の名前として不自然じゃない。
 更に進むと通りは再び二股に別れ、右の旧道を進む。旧道らしい歩道が片方だけの生活道路になる。すぐコンビニに立ち寄る。旧道はコンビニとかに出くわす可能性が極端に下がる。行けるうちにトイレやら済ませておかないと危険だ。
 
 11:30 舞坂松並木にたどり着く。

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 広重の東海道の浮世絵が全部、レリーフになって松の根元に飾ってあった。
 そして謎の「波小僧」

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 その先、現東海道を斜めに横断すると舞坂の宿に入る。
 宿場町っぽい町並みが残っている。港町っぽい雰囲気も濃い。

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 通りの先に海っぽい光が見える。潮の香りもしてくるようだ。
 12:00頂度、宿場を抜けて浜名湖に出た。渡しの船着場「雁木跡」はそれっぽい湖にむかってなだらかな坂になっている。

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 もちろん現在は弁天島を通って道路が通っているので、歩いていく。
 弁天島といえば、高校を辞めてすぐの頃、青春18切符で東京に向かっていたら名古屋辺りから電車が異常に混んで来た。昼の2時過ぎに普通電車が山手線の朝みたくなっていた。座席に座れていたからよかったものの、「何事だこれは」とか田舎者は驚いていたわけだ。それが弁天島の駅で一気に自分たち以外の客が降りてしまった。
 「弁天島」って何なんだ???
 
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 半年ぐらい経って、その混雑の理由が判明した。浜田省吾の弁天島野外コンサートのビデオを見たのだ。たまたまその日に僕らは旅行で通りかかった、それだけのことだ。今日の弁天島駅は、ホームに人もまばらな、遠くまで見渡せそうな駅だった。

 13:05 浜名湖を渡りきった。新居の関所跡辺りで蕎麦でも食べようと先に進む。
 新居の関所跡は広々としたところに、ドーンって感じの建物があった。観光客もまばらにはいた。それより蕎麦だ。ない。甘味、せんべい、コーヒー・・・そんなとこしかない。
 何か食事ができるところを探しながら先に進むか、今日はここまでにしておくか。ここより先に進むと、県境を越えて二川まで行かないとバスも無い。

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 悩みながら進むと前方に台地がある。通りは突き当たり、丁字路を左へ。東海道は太平洋側に迂回している。古い商店がまばらな通りを進んでいき変則的な交差点を右へ。「新居宿棒鼻跡」の案内あり。一度に沢山の人(軍勢?)が通れないように枡形になっている。
 その先「橋本」交差点はそれほど大きな交差点ではないけれど地下道で渡れるようにがなっている。以前は車通りが多くて、横断歩道では危険なところだったのかしら。この先はもう食事できる店など期待できない思い、地下道の入り口に座って、非常用に持っていたおむすびを頬張った。

 10分くらいの休憩を済ませ、西に折れ進む。「橋本西」から右斜めに入る。松並木が現れて車も全然通らない旧道を進む。右の台地の上に風力発電の大きな羽がニョッキリと姿を見せる。

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 まったく車も通らないし、人とも会わない道を進むと白須賀宿に至る。

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 14:30 宿場の端で右に折れ、「潮見坂」に掛かる。この坂は想定していなかった。平面の地図では分からなかった。結構急だ。登りきると絶景が待っていた。

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14:45 白須賀中前を通過。15:10 白須賀宿を抜ける。さぁーっ、待ってろよー愛知県!
と思ったらすぐに県境があった。

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 境の川は用水路みたいに小さな川で驚く。近くに愛知側のバス停を発見!えーっ!!!
 1日1本土日運休!!!
 いくら何でもこれは無理だ。恐るべし県境!!!

 「一里山東」からは国道1号に沿って進む。キャベツ畑の中をひたすら歩く。北西からの冷たい風に向かいながらひたすら歩く。大型のトラックが凄い速度で通り過ぎていく。陽も翳ってきたぞ。ひたすら歩く。
 16:00やっとJR線っぽい架線が見えた。

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 新幹線の下をくぐるとすぐに二川宿に入る。

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 16:40 交番の近くの公衆トイレに寄る。電気がつかない。大きなクモがいる。
 16:50 二川駅にたどり着く。

疲れた、家にたどり着いたのは22:10







2017年12月1日(金)、旧東海道歩き旅 その15
 朝5:30に起きた。6:37電車に乗り込んだ。今回は予定通りの出発だ。前日は霧雨が降っていた。曇天が今朝も続いている。熱海を出てトンネルを抜けると窓から陽射しが入ってきた。思っていたよりも暖かい1日になるかも知れない。「こだま」は三島で2本の通過待ち。10:55袋井駅に到着。

 11:15 前回の終点、袋井宿の公園から歩き出す。
 商店街(通りを歩いているのは自分ひとり)を出る辺りに、「袋井丸凧」の文字。

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 今でも、正月とかには大きな凧をあげているのかしら?
 大きな県道に一度出て、また木原の旧道に入ると一里塚が復元されていた。

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 木原を抜けるとすぐに磐田市に入った。ちょうど12:00。
 川を渡り、旧道を進むと江戸の古道に入る。

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 ちょっと急な坂道を登り、右に折れて下ると普通の住宅街に出た。普通の住宅街だけれども、「二子塚古墳」の表示。ちょっと寄り道してみる。

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 キレイに整備された前方後円墳である。5世紀のころには有力な豪族がいたことになる。
 やっぱり、東海道もそうだけど古代のころまでには既に、各街道沿いの辺りには集落があり、人の行き来もあって後から街道になった、あるいは整備したものなのだろう。街道があっての集落は少ないと見るべきなんだろう。

 その先、何だか街の規模にそぐわない様な大きなホテルだかなんだかを向こう側に見る辺りで県道に合流すると「鈴ヶ森刑場跡」がある。

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 品川宿近くの「鈴ヶ森刑場」と同じ名前なのは何か関連があるのだろうか? 歩道橋を渡り、県道の右側を進みすぐ右斜めの旧道を下ると愛宕神社の横を過ぎ、「見附宿」に出る。13:00

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 有名な旧見附学校跡の前の公園で一服。ここまでは比較的暖かい。服の中は汗ばむくらい。ただ冷たい風が少し強くなってきた。上着を脱ぐと辛そうだ。

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 姫街道との合流地点を左折して、国分寺跡などを通過、磐田駅の少し手前で蕎麦屋に入り昼食。道を右折してしばらく進むと天竜川に出る。15:00

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 遠くに浜松のアクトシティを眺める。

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 新天竜川橋は渡るのに12分掛かった。現国道に日本橋から250kmの表示を見つけた。
木橋跡に下り右折し旧道をひたすら歩く。歩く歩く。アクトシティが大きすぎた。もう少しで浜松の市街地に着くと思ったのに、いつまでたってもたどり着かない。アクトシティにたどり着けない。西陽がきつくなった。サングラスじゃないとまた目をやられそうだ。
 冷たい風が強くなってきた。頭がぼんやりしてきた。
 16:55 黙々とただひたすら歩いて、アクトシティ近くにやってきた。
 
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 17:25やっと浜松駅近く成子交差点に到着。途中から冷たい風のおかげで歩くことしかできなくなっていた。