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2017年10月27日、旧東海道歩き旅 その13
例によって、思った時間に起きられない。また約1時間遅れの出立だ。拝島805 → 820八王子829 → 915新横浜946 (こだま)→ 1051静岡
先週、冠雪したという富士山。頭と右斜面側は白くなっている。右側(北側)は中程までうっすらと白くなっている。南側は頭の部分だけが雪化粧で、山梨側だけが天気が悪かったんだなと思う。車両の左側に座ってしまい、じっくりとは見えない。
小田原城が見えた。以前行ったときは改修工事中だったから、再度行ってみたい。北条市の気持ち(秀吉の小田原攻めのときの)はどんなだったんだろう。普通の人はどんな気持ちでお城とか登ったりするのだろう。音楽を聴くときもそう。オイラはどこか違った見方、聴き方をしているんだと思う。ズブの素人の人はクラシックのコンサートとかどんな風に感じるのだろう。屹度オイラは普通に感じるということをやったことが無い。
三島に着く前に「旧東海道」と交差する地点を見たかったんだけど、新幹線のスピードはそれを阻んだ。目視確認できず。
静岡駅北口で前回の地点(岡部支所前)に向かうバスの時間を確認すると、10分くらいあったので、スマホを使って喫煙所を探す。便利だ。
1113バス出発。12時丁度、岡部支所前に到着。歩き出す。
![]() 一応、五智如来さんに手を合わせて歩き出す。
![]() 県道の整備された歩道をしばらく歩き、国道1号をくぐり、少し右に向きを変えて旧道へ。道沿いに婆さんが何人か立っている。何かを待っているようだ。生協の配達の車が来た。
おぉー、みんなこれを待っていたのかぁ。と思った先に古そうな歩道の無い橋。腿の辺りまでしか欄干が無いのはちょっと恐い。
元の県道を歩道橋で渡り、旧道に再度入り自販機前で一服。やたらと虫が飛んでいるけど、のどかでいい気持ちだ。
![]() 日本橋から197km地点。もう少しで200km。あれっ?そんなもんか。もっと歩いてると思ったけど。
![]() 旧道脇、真新しいアパートの前に「鬼島一里塚跡」の表示。もうちょっと大きい棒にして欲しい。絶対見逃すサイズだ。「江戸日本橋より四十九里(百九十六km)」と書いてある。さっきの197kmは大体あってるわけだ。
![]() 須賀神社の大楠はフレームに入りきらない。確かに大きい。この先はちょっと区画整理が進んでいてカクカクと新しい道を進んで、旧道らしき入り口は松が植えてある。そのまま進むと藤枝の商店街に入って行く。
ここはまんま藤枝宿に当るのだろう。一部古いアーケードの長い商店街だ。そろそろお腹が空いたかな。商店街の中でどこかいいところはないかなと探したけど、ちょっとは入りたくなるお店が無いまま通り過ぎ、結局ファミまでおむすびを食べた。
![]() ファミマを出たらすぐに「かちくさばし」この時点で13時53分。藤枝の街の中には昔の島のあとなのか、ポッコり山がいくつも点在していた。
「青木」の交差点を過ぎると旧街道らしく少し曲がりつつ進む。
![]() 江戸時代より更に古い東海道の入り口はひっそりとあった。
15:00島田市に入る。15:10六合駅入り口のコンビニで休憩。
![]() 島田市街地に複雑なデザインの建物を発見。どうも市の施設らしいのだけれども何の施設なんだろう。そして16:40川越遺跡にたどり着く。
![]() ![]() ちょうど、遺跡調査をしている一角があった。しばらく眺めてみたけどよくわからない。もう夕方で暗くなり始めていたので、先を急ぐ。
![]() 「越すに越されぬ大井川」
16:55渡り始めて17:08に渡り終える。
![]() ![]() 島田側は前週の台風のせいか、水量が半端ない。昔だったら間違いなく「川止め」だ。中州に生えていたであろう巨木が多数流されている。台風21号は凄かったらしい。
![]() ![]() 17:40 金谷駅に到着。旧金谷宿は割と今でも街がにぎわっていた。想像していたよりも。
17:50 東海道線に乗り、18:10焼津駅に至る。ホテル近くの温泉施設でお風呂をいただき、「村さ来」にて晩飯。ハリポタ見ながら寝落ちする。
この日はカメラの設定を間違っていたので全体的に写真が暗い。残念。
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