第2話「我慢の2010年」から1週間も経過してしまった。その後、天皇杯とクラブW杯の観戦日記を書くことができたが、平日は仕事があるので、こんなに時間が経ってしまった。
と、言い訳をしておく。
さて、今日は第3話「苦しんだ2011年」を振り返る。「今季は苦しいシーズンだった」と思っているモンテファンは少なくなかろう。
5勝6分23敗、得点23、失点64。2009年の40失点、2010年の42失点と、堅守による少ない失点で勝ち点を積み上げてきた2シーズンとの落差があまりにも大きいシーズンだった。ホームゲーム3勝というのも、3シーズンで最低の勝利数である。
では、どうして、こんなことになったのか?
私の個人的見解として、モンテの2011シーズンを振り返ってみたいと思う。繰り返しお断りするが、こちらに書いている日記は私の思い込みであるので、その思い込みを楽しんでいただける方に読んでいただきたい。ご注意を!
2011年Jリーグ最終節のアフゲーで、野々さんや解説者がシーズンを振り返っていた。そこで甲府の新監督となる城福さんがこんなことを話していた。
山形は、過去2シーズンは献身的な守備によって残留を果たした。
しかし、あのような献身的な守備、つまりは、守備的なサッカーは山形にしかできない。
J1初年度にダントツの降格予想をされ、「見返してやる!」という意気込みで必死に耐えた。
しかし、さすがの山形でも、こんなサッカーを3シーズン続けることはできなかった。
そんな山形を責めることはできない。
私が思っていた通りのことを城福さんが話してくれた。
クラブの考えが変わった
第2話では、戦績が上がったのに観客動員が伸び悩んだ、いや、実質的には1割くらい凹んでしまった。そのために収入が確保できず、赤字決算を余儀なくされた。クラブにとっては頭が痛い。
こんなことを述べた。
勝利を重ねると、勝利給が増え、コストもかさむ。しかし、勝利を重ねることで、観客動員が増えれば、収入が増えて、コスト増を負担できる。しかし、山形が待っていたのはコスト増だけであった。
「どうやったら観客動員を増やせるか?」
クラブは考えたに違いない。その解が、「来季は観客が楽しめるように、もう少し攻撃的なサッカーにシフトしてみよう」というものだった。つまり、「おしんサッカー」からの卒業である。
時を同じくして選手たちのマインドも変わりつつあった。
2010年シーズンの戦績が大きく向上したことで、選手たちは大いに自信を持った。
「俺たちだってJ1でしっかりやれるじゃないか!」
J1初年度こそ、「ダントツ最下位での降格」という予想を見返すため、選手たちは、それこそ必死に守備に回った。特にアウェー戦では、山形のあまりの粘り強さに、相手の焦りも重なって、多くの勝ち点を拾うことができた。
2年目も同じような姿勢で臨んだが、田代、増田の加入が戦績を一段押し上げた。そして、選手たちは大いに自信を持った。
そして、おそらく全選手が一様にこう考えるにいたったであろう。
「俺たちも普通のサッカーがしたい!」
「ボールを保持してみんなで攻めるサッカーがしたい!」
プロになれるような選手は、アマチュア時代はスター選手だ。「おしんサッカー」など体験したことはなかろう。そんな彼らがいつまでも守備的サッカーを続けたいと考えるだろうか?それはなかろう。
小林監督の方針も変わったのではないか?
小林監督、大分でも、セレッソでも、最初は守備の立て直しから始め、チームの土台を安定させることに成功しているが、それを続けない監督である。まあ、監督が続けないというよりも、選手たちが続けられないと考えるべきなのかもしれない。
モンテの小林監督としては、就任1年目でのJ1昇格、2年連続のJ1残留を果たし、更なる高みを目指しての4年目(J1の3シーズン目)であったと思う。ステップアップを望む、非常に前向きな監督だと思う。
就任当初は、石竜やミヤだけだったチームも、マサル、サトケン、ハセ、シミケン、コバ亮、石井、北村と、確かに選手が大きく育ってきた。J2最終年度とは比べ物にならないくらい、彼らは強い選手になった。
クラブも経営的にサッカースタイルの前進を求めている。
選手たちも、もっと積極的なサッカーをしたいと思うようになってきている。
監督自身もチャレンジしたいと考えている。
そして、選手たちも力が付いてきた。
条件は揃った。
よし、来季はサッカースタイルを変えよう!
監督は決断したのだと思う。
誤算続きの2011シーズン
気合い十分で臨んだ新シーズンだったが、誤算が続いた。
・震災によるウーゴ帰国
・コンディションが上がらないハセやシミケン
・重要選手がケガで長期離脱(北村、石竜、フル)
選手層が薄いモンテで、これだけの誤算が続いてしまうと戦績に大きく響く。特に、北村の離脱は痛かった。
また、ハセとシミケンのコンディション不良は、オフの過ごし方を間違えたことに原因があるという噂もあり、「攻撃的なサッカーにチャレンジして行こう」という強い気持ちとは反対に、準備を怠った選手がいた可能性がある。
小林監督は、シーズン当初から、攻撃的なポジションで、伊東、廣瀬という若手を起用した。また、途中からは太田をレギュラーとして使うようになった。
彼らは「おしんサッカー」の体験者ではない。理屈では理解しているだろうが、2009-2010年シーズンに実際に体験したわけではない。アマチュア時代はスター選手である。守備力は期待できない。
「おしんサッカー」の中心選手数人が離脱し、「おしんサッカー」未体験者がチームに加わる。
守備にほころびが出るのは当然と言えよう。
そして、ハセのコンディション不良と石竜の相次ぐケガ離脱により、モンテは重要な得点源を失っていた試合が多かった。これで「勝て」というのは無理がある。
最終的な評価
「おしんサッカー」を続けていれば今季も残留できたと思う。
しかし、クラブ、選手、監督、そして、ファン。すべてのモンテ関係者は「おしんサッカー」の継続を望んだだろうか?おろらく望んでいなかったと思う。
では、「おしんサッカー」を卒業するのはいいが、その場合は降格リスクが高まるかもしれないとしたらどうだろうか?
難しい選択である。
サッカースタイルの変更というのは難しい。特に、堅守をサッカー哲学として戦ってきたクラブが、「攻撃サッカー」に転じていまうと非常に危ない。思ってもみない失点が増えるからだ。
小林監督の戦術は、「おしんサッカー」をベースにしながらも、「攻撃的なオプションを加える」という程度の変化だったように思える。しかし、実際は、大きく攻撃に傾注し、守備が疎かになったことは間違いない。
そのズレの背景は、「もっと攻撃したい」という選手たち自身の欲求が強かったことから来ているように思う。メンバーが変わり過ぎて、微妙なさじ加減が上手くいかなかったのだろう。
来季の奥野モンテは攻撃的なサッカーになるのだろうか?
全選手が意思統一できるような指導をお願いしたい。
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