とりやまだもの -33ページ目

岡田潔さん

トム・プロジェクトの社長さん 岡田さんにお逢いした。氏の 昔の話をきかせて頂いたが、すごく元気をもらったようで…スペイン放浪のあと いい芝居がしたくて、トムプロジェクトを立ち上げたあたりのことや、いい芝居をすれば続けて行けるという岡田さんの確信がとても素敵だと思った…芝居をやっていると 忘れがちになることがあるが、いい芝居があって いい客が集まる。芝居は、作り手と客でいっしょにつくるもの… 唐の特権的肉体論も、いい客をいかにつけてゆくかの比重が 大きいのだ!岡田さんと話ていると、いつも いい芝居がしたくなる…
とりやまだもの-100719_190903.JPG
ムギがダレダレで…暑そ…
とりやまだもの-100720_014914.JPG

一年1組 阿部こうたろう

宿題…あさ起きて 咲いている 朝顔の花の数だけ、塗絵をします。
とりやまだもの-100718_082250.JPG

おやすみじゃ~

とりやまだもの-100717_161104.JPG

マリンstadium

西武ライオンズとの 連戦…マリーンズは エース成瀬を出してきたが、調子悪く9‐3で連敗…腰回りの太い健康な男達の スピーディーなお祭を観たようで、久し振りのプロ野球…嬉しかった~!
阿部くんとふみさんの ご長男 阿部こうたろうくんは、元気です!
とりやまだもの-100717_202800.JPG
とりやまだもの-100717_162052.JPG
とりやまだもの-100717_202732.JPG

巴淵

眉かくし…にも出てくるのだが、平家物語の 木曽義仲の 恋人 巴御前 にちなんだ、奈良井川の ふち である。確か 義仲が 気に入っていた 馬でその淵を飛び越えようとしたが、ギリギリのところで渡られず、義仲は助かったものの、流されて死んだ駒を供養して、巴淵と名付けた…のだったと思う。当の巴御前は、凄い男勝りで、義仲が 義経たちに追われて、琵琶湖まで 逃げたときも 最期まで義仲と闘って、果てたという…駒を自在に操り、刀をふり 弓をひく 彼女の姿は まるでジャンヌダルクのよう!
ただ、静御前も、白拍子だったらしく… 御前とつく人は、歌って踊れる かなりの アイドルでもあったようだ。しかし、巴淵などということばを聞くと 彼女の 寡黙でひたむきな姿が浮かんできて、奥ゆかしく、《眉かくしの霊》のお艶さんと リンクしてくるあたり、う~ん、さすがは鏡花!てな感じだすなあ。
唐十郎の 《透明人間》に「喋らないヤツは、喋るヤツをためしてる」という台詞がある。唐独特の、脅迫観念の 現れだと思うが、そうした観念には 鏡花も捕らわれていたと思う。喋らない女の姿というのは、まさしく母親であると同時に 男にとって都合のいい娼婦でもあろう。…平成の世に延長してみれば、巨乳で童顔の アニメの 紙に描かれた喋らない幼女になる。しかし、女のヒトは、むしろ 喋る存在であるから、そこがアンビバレンツ…巴の淵は、とても深い流れとみた。
とりやまだもの-100716_141052.JPG
やはり 梅雨は開けたようだ…今日は 学生時代の友と マリンstadiumです!



タマシイ・ダンス

言葉のちからを信じる二人の詩人、新井高子さんとジェフリー・アングルスさんによる、高子さんの詩集 《タマシイ・ダンス》のリーディングをききに、六本木へ…
朝の子 と wheelsが よかったです、高子さんの事情にかかわる言葉は 人の心をうちます。ジェフリーさんも アメリカの方だが、鏡花や乱歩に興味をもたれてて、さすが、言葉を大事にする人らしい…
渡会久美子嬢が、着物でいらしてました。
とりやまだもの-100716_185017.JPG

関町あたり

とりやまだもの-100716_132123.JPG
…夏らしくなってきた…梅雨あけ?…

DVDチラシ

完成 ですっあせる
とりやまだもの-100716_025659.JPG
とりやまだもの-100716_025739.JPG
鬼へいでは ありません…
チラシ裏面も おたのしみ です!ビックリマーク

玉川上水part2

夕暮れどき…
とりやまだもの-100715_182530.JPG
せせらぎ 風…ときどき、ひぐらし
とりやまだもの-100715_225907.JPG
ムギの欠伸 撮影成功…こわい…
とりやまだもの-100715_175455.JPG


旅公演…いまでは諸々の事情で 大阪 水戸だけだが、二十年まえには 福岡 広島 岡山 神戸 大阪 京都 名古屋 豊田浜松都内2か所 水戸 福島 仙台
盛岡 新潟 長野と ほぼ三か月にわたっての巡業…今の唐組メンバーには考えられないだろうが、本番→バラシ→移動→仕込み→本番→バラシ…などという無茶なことを24時間いないで、三十人の劇団員、4トントラック2台、乗用車3台、計5台でやっていた。その間に制作部の女の子は、自炊もしていたように思う。九州公演でお金がなく、カップ麺四つが、三十人分のご飯で…下の人間はスープをすすれればよい方…コンビニもない時代…あまりひもじいので、海に浮いた海草をとってきて調理したのだが、おなかを全員が壊した…という話は、全くの事実である。どの場所にも、お世話してもらった人の思い出と 忘れがたい出来事が…あるビックリマークそれぞれに、例えば 稲荷の記憶として あればいいだろう。下宿のある東京を捨てて旅公演に出ると めくるめく 非日常と 唐十郎の絶対的な詩の世界…役者も 観客も そして世話人もひとつになる、どこにもない、我々だけのロマンチックワールドビックリマークだが、祭りがおわり、ひとり下宿に戻れば、電気も
水道も止まってて、公園で歯を研く日常…なのだが 全員が そうなので、それもまた、詩として成立する…若さの絶対的優越ビックリマーク だが…ほとんどの人間は夢から醒めていなくなり、残った何人かの人間も かなりアラフォ~…夢を次に繋げる立場に…いつの間にか…
少なからず私には 唐さんの詩と 鏡花の詩の世界がある…芝居は やるものだと自認しているが、続けるためには、その下地を育てなくては…それもまた、仕事である。非日常に どっぷりつかる若き頃の楽しみを、いつか伝えられる 立場になりたい…
とりやまだもの-100703_191117.JPG
とりやまだもの-100710_201306.JPG