マウントについての、私の勝手な考察です。
ほんまかどうかはしらないけども。

先日、優愛ちゃんと話していて、気がつきました。

ついつい無意識にマウントしがちな私ですが、
そんな私に、優愛ちゃんはこんなことを言いました。

「マウントきょうこが行きますよ〜って
先に宣言しちゃえばいいんだよ」

思わず笑ってしまいました。

そして、それがどんな風になるのか、
優愛ちゃんは話している時に、
実際にやってみせてくれました。



だけど、

全然マウントされた、とは感じられませんでした。

マウントされた、って感じるときって
どういう時かなぁとちょっと考えてみたんです。

マウントされたって感じる相手って
自分が好きじゃない相手だったり、
ちょっと気に食わないと感じる相手みたい。

自分が好きな相手だと、
全然マウントされたとは感じないですもん。
言われても、「あぁ、そうなんや」とか
「なるほど」と思うし。

そう考えると、
マウントされたと感じることは、
受け手の側の捉え方、感じ方によるところが大きいのかなと思う。

同じことを聞いても、
その場にいる何人かの人が
全員マウントされたとは感じてなくて、
マウントされた、と感じる人もいれば、
全くそうは感じない人もいるんじゃないかな。

そう思うと、
マウントされた、って感じるのは
相手との関係性によるんだなって。

優愛ちゃんのブログは
自分の気持ちを正直に表現するということをやっているだけあって、
本当に「読むサプリ」なんです。

死んだら生きれない。愛する自分の人生を生き生きと生きるために。
↑優愛ちゃんのブログ

そして、
今の自分、めっちゃかまってちゃんやなぁって感じていたから
やってみたいと思ってた「あなたのかまちょはどれくらい?かまちょ診断」
あなたのかまちょ度はどれくらい?
優愛ちゃんの無料診断なんだけど、
やってみたら、なんと優しい。
いろんな項目があって、
その項目がイエスだった時は、
ちょっとこうしてみたらいいんじゃない、っていう
優しいアドバイスもメールで教えてくれるんです。

なんか、めっちゃベストタイミングで診断できた。
え?私?
中かまちょだったよ。
(10点満点の5点だった)
自分振り返りをあらためてやっていますが、
ちょっと気持ちも落ち着いたので、
ようやく、友達に話を聞いてもらいました。

当事者ではなくて、
客観的に見てもらえる友達に。

そうしたら、
やっぱりちゃんと私がどんな人間なのか、
理解してもらっていました。

「うん、きょんちゃんが、人の話とって、自分の話にすり替えちゃうの、わかってることやん」
「きょんちゃんは、実はおバカなんやけど、
何でも知ってるってみんなに思われるから、返って教えてもらえないんだという損をしているw」
「もうこの際やから、マウント恭子がいきますって言うたら、面白いやん」

「ほんで、深刻はいらんと思う」

「きょんちゃんはマウントのときもあるんやろうけど、知らん人に教えてあげたいっていう思いが人よりも強いねん
ただ、この違いが自分でもわからないんやと思う。」

「だから、最初に「はーいマウントきょうこがいきますよー」っておせっかい焼いたらいい」

「思いを明確にして違いをつくってくだされ、おせっかいきょうこちゃん、私は好きやで。」

「きょんちゃんは、実はこういう失敗(ていうていいのかやらかし?)が実は絶対少ないんだと思うんだ。」

「みんな、きょんちゃんのやらかしよりいっぱい分母あるんだよ、失敗の。」

「例えばその中で自覚あったことが、分母だよね。」

「分母増やして。」
「この世で一人きりには絶対ならないから。」
「世界を信用しておくれ、わたしがおる。」

優愛ちゃんと話をして、
本当にホッとしました。

ありがたいなぁ。
ちゃんと等身大の私を見てくれてて、
理解してくれてて、
ありがたいって思いました。

気持ちが落ち込んでしまっている時って、
ネガティブ思考ばかりになってしまうし、
友達に、話聞いてーってやると、
自分が辛いーーーーのネガティブモンスターになっちゃってるので、
話を聴く側もしんどくなってしまうと思うので、
一番きつい時には、あえて、友達にすがりませんでした。

ちょっと落ち着いてから、
話を聞いてもらえてよかったなぁと思います。

私が、ついついマウントをとってしまうという話をしたら、
優愛ちゃんが、「これ、マウントな」って前置きして、話してくれました。

その言葉を聞いて、
私には
全くマウントには聞こえなかった。

面白い現象が起こっていました。

マウントだと感じるかどうかは、
言葉を発した方じゃなくて、
受け手の判断なんだなぁと。

マウントの話は、またあらためて記事にします。

こうやって、ブログに書くことで、
自分でも落ち着くことができるのと、
また、読んでもらって、
ちゃんと助言してもらえる友がいてくれること、
ありがたくってしょうがありません。

優愛ちゃん、ありがとねーーーー。
前の記事で、「私は嫌われる人間」って書いて、絶賛落ち込み中なんだけれども、
独り落ち込んでいたところで、誰も喜ばないし、いいことないので、
なんでそうなったのか、
ちょっとじっくり振り返っています。

重い話が嫌な人は、読まんと帰ってね。

自分がとっても傲慢で偉そうで、人を下に見てる。

自分じゃそう思ってないのに、
無意識でやってた。

思い当たるのは
子供の頃に言われた母の言葉
「(あんたを無視したり、意地悪する相手は)勉強で見返したらいい」

その言葉の裏の意味もよくわからないままに、
母の言葉通り、素直に母の言うことを聞いて、
勉強することは苦ではなかったので、(あぁ、この言い回しもなんだか偉そうだ)
その通りにしちゃったんだなぁ。

その言葉だけじゃなくて、
母の人に対する考え方も
相手を常にジャッジする見方だとか、
自分の生まれに対するプライド高さとか
(母の生まれた家は、戦前は地主で、先祖は藩の刀鍛冶で、名字帯刀を許された家で、祖母の生まれた家系は江戸時代の藩の家老だった)
子供の頃はお嬢様で、気位が高くて、普通に偉そうだったし。
そんな母の実家は戦後の農地改革で土地を失い落ちぶれていった。

人を下に見る、ジャッジして見るという母のものの見方や考え方も
それがいいか悪いかもわからないままに、
生まれた時から母のベースになっていたんだと、
今振り返ってみると理解できる。

そんな母の考え方がおかしいっていうのに気が付いたのは
私の双子の娘たちが、いじめられた時に
母と同じ言葉を子供たちにかけそうになった時に
初めて気が付いたのだけれども。

それまでの子育ては母のやり方をそのまま踏襲していて
ここままじゃヤバイと感じて
母の子育てのやり方から必死で変えて、
今までやってきた。

だけど、
自分自身の考え方のベースが
母と全く同じで、
自分が嫌っていた母の考え方から
変わることができてなかったというのが
本当に情けなくて。

今回、自分自身のやったことで、こんなにショックだったのは
大切に思っていた仲間の中で、
自分が相手より優れているとか、
自分を大きく見せる必要もない仲間の中で
自分が虚勢張って、マウントとって、
偉そうにして、場の空気を読めずに
色々やらかしてしまっていたことを
指摘されるまで、全く気が付いてなかったこと。

また、やってしまった。
中学時代、一年生の頃と三年生の頃にやってしまった時と
全く同じことをしてしまっていたこと。
全然経験から学習せず、やってしまったこと。

あかんやん、自分。

この時に友達に言われたのは、
「勉強熱心ですごいのに、なんで自分を大きく見せるために、それを使うん?」
って言葉。

自分の興味が湧いたことについて、
知るのが楽しくて、色々調べることが好きで今までやってきたけれど、

他人より上になりたくて、
それがモチベーションで調べたり、勉強していたとしたら、
(自分が小学校高学年から中学時代にかけてやってきてたことやけど)

あかんやんねぇ、自分。

そんなこんなで、自分の自撮りを見直してみると、ドヤ顔ばっかり。

アメブロのプロフの写真、
その中でもドヤ顔のエネルギー乗ってないやつに変更した。
自然体っての、めっちゃ難しいなあ。

今日のブログは、かなり重たい話になるので、重い話は読みたくないって人は読まずに飛ばしてください。


自分がどんな人間なのか、
私の周りにいてくれる人は、
「何をいまさら」ってな話かもしれないのですが、
私ってこんな人間です。

私って、偉そうで、傲慢です。
周りの空気は読めないです。
上から目線で人を見ていて、
言動も上から目線です。
人を尊重する、尊敬するということがわかりません。
私、知ってる知ってる、と人の話を横取りします。
自分を大きく見せようと虚勢を張ります。
人に対して、マウントとってしまいます。
人を馬鹿にしています。

こんな自分だったことに
まったく気が付いていませんでした。
ここに書いたこと、
無意識でやってしまっていました。


何をどうしゃべっても、書いても、
やっぱり上から目線の言葉になってしまいます。

自分ではまったくそんなつもりはなかったんだけど、
どうしようもなく、そうでした。

今まで、いろいろと不愉快にさせてしまって
ごめんなさい。

これから、気を付けたいって思うけれど、
治せるかどうか、自信はありません。

今までの自分の言動を振り返ると、
情けなくなるんだけど、

こういう人が目の前に来た時に、どうしたらいいのかって
いろいろ記事を目にすると、
「こういう人は、なおらないから、距離を置いて、離れるしかありません」
って書いてあります。

自分でも、確かにこんな傲慢で偉そうで、マウントとりにくる
鼻持ちならない奴はあかんやろって思う。

で、
人が去っていく。

自業自得やんね、って

本当にそう思うんだけど、

じゃ、
自分がそんな人間なんだって
気が付いたら、

どうやったら
そんな自分を矯正できるのか、ってことは
探しても、見つからなかった。

ついつい、そんな自分なんやってこと、
能天気にも忘れてしまうので、
自戒をこめて、
カミングアウトすることにした。

なんかなぁ、
こんなことを書くのも
「かまってちゃんやん」
って思われるのも、わかる。

53歳にもなって、そんなことも気が付いてなかったんかってのに
情けなくなるし、どうしようもないんやけども。

毒親の母親のせいやって
責任転嫁してれば楽かもしれんけど、
自分の中にある、ベースの部分が歪んでいたら、
自分で直していかんとしゃあないもんなぁ。

ということで、
絶賛自己嫌悪中。