姓名鑑定をされている藤田覚成先生に新しい名前をつけていただきました。

「畠山泰世 はたけやまやすよ」です。

本名の恭子は変わりませんが、
活動名を変えます。

新しい名前と仲良くなるために名前書きをやってるの。


新しい名前をひたすら楷書で書いて書いて。
気が済むまで書いて。
書いてて気づいたんだけど、
写経と同じで、瞑想状態になれる。

だから書いててとっても心地いい。

ブログの名前も泰世に変えました。
どうぞよろしくお願いします。

新しい名前になると、
エネルギーが変わるね。

新しい名前が降りてくるタイミングが
なんだかもういろいろバッチリすぎて、
びっくり。

今までの畠山恭子という名前は
表に出さないほうがいいっていうアドバイスも
別のところから教えていただいていたので、
うれしいタイミングだったの。
(このアドバイスの話はあらためて書くね)

これでやっと本来の自分を表現していけるなあって感じてる。

まだまだ人を無意識に見下していた!っていう自分に気付いて
ちょー落ち込んでいた私に、

これあげるってメッセージが来た。


(あ、画像じゃ小さくて読みにくいやんかぁ、気付けよ自分)

堕落の伝道師⭐︎サトルンさんがFBページで発信している言葉。
「完全堕落マニュアル」
FBやってない人は見られないので、ちょっとシェアするね。

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【他人は無条件に見下そう】
 
こんにちは。堕落の伝道師☆サトルンです(*☻-☻*)
 
「他人に対しては尊敬の念を持って接しましょう」
「他人を見下すのは悪いことです」
 
「意識高い系」の人とかが言ってそうなことですが、
 
 
他人は無条件に見下しちゃいましょう✨
 
 
 
そんなね、立派な人なんてそうそういないから(笑)
どいつもこいつも一皮むけば何かしらクソみたいな部分は持っているわけですよ。
 
なので「この人は素晴らしい人に違いない」って思ってるとだいたい失望するし「人間は素晴らしい存在であるべきだ」って思ってるほどに絶望する羽目になる。
 
「人間は基本的にクソである」
 
そういう前提を持ちましょうФωФ
 
 
ただね「他人を見下して自分を高いところに置いておく」ってのはお勧めしないです。だってクソになった方が楽しいし(笑)
 
むしろね、「他人よりもどれだけクソになれるか?」ってところで勝負したらいいんすよ。クソになるほど強く自由になってくので。
 
逆に、自分を「高いところ」に置いてる人間は弱いのです。だって落ちたら死んじゃうから(笑)
 
 
なので、自分のことは特に「高いところ」には置かないで、逆に地面を掘って掘って掘りまくって最底辺を目指せばいいです。
 
その地中の奥深くにはきっと黄金が眠っているはず✨✨✨
 
 
知らんけど。
 
 
――
 
投稿をシェアして君もウンコにならないか?✨(*☻-☻*)

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わろた。

うん。

そやねんな。

「あんた、なんでそんなに上から目線やねん」

って言われたんやけどな。

(指摘されたら、ああ、そうやったかなぁ、そう見えるんやわ。
んでも、自分じゃ上からなんて全然思ってないし、相手のことを下に見てるってこともないんやけどって思ってた)

よう考えるとさ、
上から目線って、誰だってやってるやん、って思うんやもん。

ネットでニュースやなんかに、批判的なコメント入れてるのも、
誰かや、出来事をツイッターで批判的に呟くのも、
それって上から目線で書いてると思うねん。

家の中でも、友達の間でも、
知り合いに喋る時でも、
自分が正しいって自論振りかざす時って、
上から目線やってるんやと思うねん。

だから、
きっと、
みんな、
大なり小なり、
やってるやん。

てなことを思ってたん。

そしたら、
友達から、
このメッセージ。

なんかなぁ、
気が抜けたっていうか、
安堵したっていうか、
気持ちがかるぅなった。

みんな、お互い様なんやろなぁ。
相手の欠点を指摘するのって
まぁ、あんまりええことないよなぁ。
だけども、
指摘する方も、上から目線やなって思うし。

そしたらさ、
お互いに、上から目線を、やったりやられたり、やってるんやと思うねん。

だから、
お互い様や。

そう思てん。

9月の終わりの日曜日から、ちょっと凹むことがあって、

自分振り返りをしていて、

メンタル的には、かなりキツかった。

 

その時には、すごく落ち込んでいたけれど、

日にちが経つと同時に、

思考も落ち着いてきた。

 

もちろん、友達に話を聞いてもらったことも、

起きた出来事を客観視する手助けになって、

本当にありがたいと思った。

 

今回の落ち込みも、

なんと言うか、恥ずかしいんだけど、

自分の思い込みで、マイナス思考になってしまってた。

(そういうところも、母にそっくりだ!)

 

「あなたは嫌われてる」

と言われて、

周りの友達すべての人から「嫌われてる」

と勘違いしてしまったし。

(嫌われている、のは言った当人から嫌われているだけ、と認識しろよ〜、自分)

 

この被害妄想っぽく思ってしまうところも、

母にそっくりだって気がついちゃった。

 

いや〜〜、

今回、振り返れば振り返るほど、

母と瓜二つの自分に驚いた。

 

母と自分は違うって思っていたのに、

 

偉そうで、傲慢で、人の気持ちが分からなくて、

鈍感で、素直にすぐに謝れないし。

 

母の嫌いなところ、みんな自分も持ってた。

 

だけど、

そういう短所を持っていると意識してると、

少しは変わっていけるかもしれない、

って思う。

 

そして、

必要以上に自己嫌悪することもいらないなぁと。

 

ちゃんと自分のメンタルが浮上できるっていうことも、

信じるってのも大事だよね。

 

感情に振り回されるのも

めっちゃエネルギー使うから

本当、しんどいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

マウントについての、私の勝手な考察です。
ほんまかどうかはしらないけども。

先日、優愛ちゃんと話していて、気がつきました。

ついつい無意識にマウントしがちな私ですが、
そんな私に、優愛ちゃんはこんなことを言いました。

「マウントきょうこが行きますよ〜って
先に宣言しちゃえばいいんだよ」

思わず笑ってしまいました。

そして、それがどんな風になるのか、
優愛ちゃんは話している時に、
実際にやってみせてくれました。



だけど、

全然マウントされた、とは感じられませんでした。

マウントされた、って感じるときって
どういう時かなぁとちょっと考えてみたんです。

マウントされたって感じる相手って
自分が好きじゃない相手だったり、
ちょっと気に食わないと感じる相手みたい。

自分が好きな相手だと、
全然マウントされたとは感じないですもん。
言われても、「あぁ、そうなんや」とか
「なるほど」と思うし。

そう考えると、
マウントされたと感じることは、
受け手の側の捉え方、感じ方によるところが大きいのかなと思う。

同じことを聞いても、
その場にいる何人かの人が
全員マウントされたとは感じてなくて、
マウントされた、と感じる人もいれば、
全くそうは感じない人もいるんじゃないかな。

そう思うと、
マウントされた、って感じるのは
相手との関係性によるんだなって。

優愛ちゃんのブログは
自分の気持ちを正直に表現するということをやっているだけあって、
本当に「読むサプリ」なんです。

死んだら生きれない。愛する自分の人生を生き生きと生きるために。
↑優愛ちゃんのブログ

そして、
今の自分、めっちゃかまってちゃんやなぁって感じていたから
やってみたいと思ってた「あなたのかまちょはどれくらい?かまちょ診断」
あなたのかまちょ度はどれくらい?
優愛ちゃんの無料診断なんだけど、
やってみたら、なんと優しい。
いろんな項目があって、
その項目がイエスだった時は、
ちょっとこうしてみたらいいんじゃない、っていう
優しいアドバイスもメールで教えてくれるんです。

なんか、めっちゃベストタイミングで診断できた。
え?私?
中かまちょだったよ。
(10点満点の5点だった)
自分振り返りをあらためてやっていますが、
ちょっと気持ちも落ち着いたので、
ようやく、友達に話を聞いてもらいました。

当事者ではなくて、
客観的に見てもらえる友達に。

そうしたら、
やっぱりちゃんと私がどんな人間なのか、
理解してもらっていました。

「うん、きょんちゃんが、人の話とって、自分の話にすり替えちゃうの、わかってることやん」
「きょんちゃんは、実はおバカなんやけど、
何でも知ってるってみんなに思われるから、返って教えてもらえないんだという損をしているw」
「もうこの際やから、マウント恭子がいきますって言うたら、面白いやん」

「ほんで、深刻はいらんと思う」

「きょんちゃんはマウントのときもあるんやろうけど、知らん人に教えてあげたいっていう思いが人よりも強いねん
ただ、この違いが自分でもわからないんやと思う。」

「だから、最初に「はーいマウントきょうこがいきますよー」っておせっかい焼いたらいい」

「思いを明確にして違いをつくってくだされ、おせっかいきょうこちゃん、私は好きやで。」

「きょんちゃんは、実はこういう失敗(ていうていいのかやらかし?)が実は絶対少ないんだと思うんだ。」

「みんな、きょんちゃんのやらかしよりいっぱい分母あるんだよ、失敗の。」

「例えばその中で自覚あったことが、分母だよね。」

「分母増やして。」
「この世で一人きりには絶対ならないから。」
「世界を信用しておくれ、わたしがおる。」

優愛ちゃんと話をして、
本当にホッとしました。

ありがたいなぁ。
ちゃんと等身大の私を見てくれてて、
理解してくれてて、
ありがたいって思いました。

気持ちが落ち込んでしまっている時って、
ネガティブ思考ばかりになってしまうし、
友達に、話聞いてーってやると、
自分が辛いーーーーのネガティブモンスターになっちゃってるので、
話を聴く側もしんどくなってしまうと思うので、
一番きつい時には、あえて、友達にすがりませんでした。

ちょっと落ち着いてから、
話を聞いてもらえてよかったなぁと思います。

私が、ついついマウントをとってしまうという話をしたら、
優愛ちゃんが、「これ、マウントな」って前置きして、話してくれました。

その言葉を聞いて、
私には
全くマウントには聞こえなかった。

面白い現象が起こっていました。

マウントだと感じるかどうかは、
言葉を発した方じゃなくて、
受け手の判断なんだなぁと。

マウントの話は、またあらためて記事にします。

こうやって、ブログに書くことで、
自分でも落ち着くことができるのと、
また、読んでもらって、
ちゃんと助言してもらえる友がいてくれること、
ありがたくってしょうがありません。

優愛ちゃん、ありがとねーーーー。