今日は『エロマンガ先生』を少し離れて、まじめな話をします。


ポール・グライスというイギリス出身の哲学者は、言語学で言外の意味を研究している人たちの間でよく知られています。



グライスによると、ふつうの会話では、その目的や方向性が会話の参加者たちの間で共有されており、参加者たちそれぞれの発言はその目的や方向性に貢献する形で行われるということです。これを「グライスの協調の原則」と呼びます。

目的や方向性に貢献するように発言するというだけでは、漠然としていてよくわかりません。そこでグライスは、協調の原則をさらに4つの決まりごと(公理)に分けました。

1つ目は「偽と信じていること、十分な証拠のないことを言わないこと」というもので、嘘をついたりあやふやなことを言ってはいけないということです。これは発言の質(正しさ)に関わる決まりごとなので「質の公理」と呼ばれます。

2つ目は「必要とされるだけの情報を提供し、必要以上に多くの情報を提供しないこと」というもので、言葉足らずであったり、しゃべりすぎであったりしてはいけないということです。これは発言の量に関わる決まりごとなので「量の公理」と呼ばれます。

3つ目は「関係あることを言え」というもので、直前の発話と関係ない話をしてはいけないということです。これは発言の、直前の発話との関係についての決まりごとなので、「関係の公理」と呼ばれます。

最後の4つ目は「はっきりと明確に言うこと」、つまり「不明瞭な言い方を避けよ、あいまいな言い方を避けよ、不必要に冗長な言い方を避けよ、順序立てて述べよ」ということで、発言の仕方(様態)に関する決まりごとなので「様態の公理」と言います。

これら「質の公理」「量の公理」「関係の公理」「様態の公理」というのは、ふつうの会話では守られます。逆の言い方をすると、守られることによって会話が一つの目的や方向性に沿ったものになるのです。

ツンデレな人、口下手な人というのは、これらの守るべき公理をうまく守れないために、人に驚かれたり誤解されたりしてしまうのです。

ところが、そのような振る舞いによって、あるキャラが人に驚かれたり誤解されたりしてしまう様子は、端から見ている人にとっては、ふつうの会話の仕方とずれているため、面白おかしく感じられます。

『エロマンガ先生』の多くのキャラに見られる、端から見ればギャグになるような発言はいずれも、このような守るべき公理を守らず、ふつうの会話の流れからずれているため、滑稽だと言えるでしょう。

今後は、会話が読者や視聴者にとってギャグになっている例に関して、公理がどのような破られかたをしているのかを、さらに別種の例で見ていきます。