「まじめでいい人」
新潟で起きた女児殺害事件の容疑者が持たれていた印象だそうです。いったいぜんたい「まじめでいい人」の定義ってどこになるのだろう?と僕は疑問に思ってしまったのです。
※あの名古屋の“ゴミ屋敷”のおじさんも、喋ったらとってもいい人でした。
僕が国家資格を取得して、はじめに就職した整形外科にとある事件の被疑者の人が来ていました。ある年代にはかなり有名な人らしく、その人がクリニックに来るとモーゼの十戒の海のように人がサーッといなくなり、スタッフはスタッフで誰が担当をするかのなすりつけをしていました。
結局担当したのは僕。なぜなら僕にとっては“院に来た一人の患者さん”にしかみえなかったからです。
「人を見た目で判断しゃちゃいかん!」なんていう人がいると思いますが、世の中のほとんどの人が人をみかけで判断してしまっていて、その結果が先日のニュースでもあらわになっていたと思います。
黒髪で、静かで、挨拶もそれなりにして、身なりも気遣っていて、、、、まじめでいい人
金髪茶髪、ピアスつけてチャラチャラしてて、身なりも怖くて、、、、不真面目でダメな人
なのか知りませんが、実は僕はどっちの外見もしたことがあるんです。でも僕という人間はなんら変わっていない。
心が身なりに現れる、服装の乱れは心の乱れなんて言いますが、きちっとしたスーツをきた議員さんが事件を起こしたり、逆に不真面目だと言われる髪型や服装の人が人助けをしていたりなんてことは多々あるわけであって、人間の本質って外見よりも中身のほうが強い気がするのです。
そして、いつ誰がどんなきっかけで“変貌”するのかわからないのも人間だということ。
昨日は被害者だった人間が、明日には加害者になってるかもしれません。
「自分は普通だ」なんて思っていても、不可抗力で車で誰かをひいてしまうかもしれない。
目の前にある「当たり前」がいきなり当たり前じゃなくなるかもしれない。
そんな時の心の状態って、どう考えたって平静ではないと思うしみえてる世界も変わってしまうんです。
毎日のようにいろんなニュースが流れます。事件の結果を追求して裁くのももちろん大切なこと。
でも、なぜその経緯に至ったのか?どんな家庭環境や日常生活を送り、どんな心情の起伏があったのかまで掘り返して精査していかないと犯罪って減らないしなくならないのかなぁと感じるのです。
「この犯罪はあってはならない、許されざる犯罪ですね」そんなのは当たり前。
でも、いつなんどき自分がその立場になるのかわからないし、それを防いだり犯罪を減らしてくためにも
ルール規制とは別で接し方、捉え方、考え方、伝え方、教育の仕方、などの“ルート変革”もしていかなければいけないような気がしてやみません。
ブリーチ3回くらいして白に近い金髪にして、ピアス3つくらいあけてちゃらちゃら歩いてた時は、誰も人が寄ってきませんでした(笑)僕という人間に変わりはないのに。
今はおかげさまで誰も怖がらずに院にきてくれてますけど(笑)
不定期開催『小道の部屋』
〜小道のほぐし接骨院〜
1円以上いくらでも。
価値を感じた分だけお支払いください。
本院http://group.komichi-co.com/
福井院http://fukui.komichi-co.com/
LINE相談は↓からメッセージください。
https://line.me/R/ti/p/%40mon4390h
施術、カウンセリング、その他相談は↓
本院http://group.komichi-co.com/contact/
福井院http://fukui.komichi-co.com/contact/
野球を教えない野球レッスン
子供の指導などはこちらから↓
https://baseball-human-academy.com/



