気づきは突然やってくる。心と体のコーディネーター、ちばつかさのブログ。

気づきは突然やってくる。心と体のコーディネーター、ちばつかさのブログ。

なんだかわからないうちに、気づいてたり発見すること。
心と体のコーディネーターが感じる日々のことを書いてます。

なにかの気づきやきっかけになりますように。

とある家族とスケートに行ってきたんだけど、

「そーいえば小学生の時にスケート行って、好きな女の子チラチラ見ながら滑ってたなぁ」

とモテない四十歳のおっさんが滑ってました。人生がスベってるね。

あけました。2021年になってました。

昨年からのコロナ騒ぎで働き方や生活スタイル、人間関係なんかがガラッと変わったのかもしれません。

僕自身変わったことといえば(あんまりコロナ関係ないけど。どっちかといえば年齢的にが強い)

  1. 引きこもり度合いが増した
  2. ブログ、SNSの発信が減った
  3. 減らすことが増えた

この三つが大きいかもしれないなぁ。

1.引きこもり度合いが増した
仕事自体あまり外に出るものじゃなくて、施術、カウンセリング&コーチング、コラム、YouTube、大学の勉強ばかりだし、スマホいじりながら証券口座眺めてニヤついてるくらいなので引きこもり度合いが増しました。

2.このブログやSNSをあまりしなくなった

人の投稿はざっとしかみないし、自分の生活もSNSであまり発信しなくなったなぁと。
もう、超気まぐれ。
名前を伏せたアフィリ向けのブログを書いてるから、そっちに認知資源使ってるからSNSとか私生活ブログに手が回らないのが現状かも。

3.減らすことが増えた

減らしたり減ったことが増えたなぁと。
飲み会、知人と食事、無駄に誰かに会うこと、SNSなど。

あとは支出。無駄な支払い減らすとお金のために働かなくていいから釣りに行ったり。

見栄とかプライドも減った。いや、なくなりつつあるかも。

そんな感じで相変わらずダラダラっとやりたいことをやって、断捨離しながら生きてるんだけど、若い時に抱いていた

最大値を目指し続けること

をやめたらスーッと楽になったなぁって思う。

SNSみたり、誰かに会って比較して嫉妬したりすることもないし、無駄に外出してお金が減ることもないし。

リングフィットで運動できるし。
それでも人は人恋しくなる時もあって、僕の場合は

家族がいてよかったなぁ〜
娘がいてくれて楽しめてるなぁ〜

と心から思うのです。

他力本願でダラシなくダサく生きている分、何か役に立てることがないか探しながら、生きてきたことをこれからは世間に還元しようって感じるようになりました。

だからYouTubeやら別アカブログなんかで誰かに届けたり、たまに行く仕事もかねたお食事なんかでお話を聴くことが増えてるのかも。

人生ほぼ半分。
残り半分使って勉強しながら、少しでも誰かの役に立てるように。

出来るだけ引きこもりながらね。

URL: youtu.be












そういえば先日、三女が二歳になった。
そういえば先日、四十歳の大台に乗った。

なんだかそんなことを忘れるくらい日々を淡々とやることやりながら過ごしていたら、毎日書きまくっていたブログも全然書いていなかったことに気づいた。

自分が思い描いていた四十歳とか、自分が思い浮かべていた“家族“ってものは全然こんな感じじゃなかったなぁと。

四十歳ってもっと大人かと思ったら大人っ気まったくないし、家族持つってめっちゃ大変なことなのかなと思ったら案外楽しかったりだし。

なんだかイメージと違うことだらけの人生なのです。

娘たちの習い事の発表やら大会が続いてそれも楽しませてもらったりね。

子どもたちを楽しませるもんだと思ってたら、楽しませてもらえるなんて棚からぼた餅レベルやね。
2020年も気づいたら年末だし、福井は朝起きたら雪だったりだし。

そして食べて飲んでしてたら太りそうだから、必死にトレーニングしたり。

きっと振り返ってみれば、すげー苦しいこととか泣きたくなるようなこととか、実際泣いたこととかあるんだろうけど、でも結局は“今、この時“に帰結するんだなぁって思うんです。

今が楽しけりゃ、過去がどんなだっていいじゃんか。
逆に過去が輝かしくても今がしんどいと

「なんのために生きてきたん?」
ってなっちゃうし。

それでも、瞬間最大風速的な嫌なことってのはそれぞれあるわけで、そんな時は

「あ、これはよいことの前触れじゃん」

って思うようにしてます。
リアルにそうだしたそう思うしかできないし、そう思うことでステップ踏めるし。

人間万事塞翁ってやつね。

なんだかすべてを楽しめるようになっている四十歳です。

ということで院のHPリニューアルしました。まだ作成途中だけど。



相変わらずYouTubeは撮っています。

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あとはコラム書いたり、ひっそり裏で別ブログ書いたり。
人の相談受けたりカウンセリングしたり施術したり。野球を教えない野球レッスンしたり。

また来年も宜しくお願いします!



そういえば僕は、先生だったんだ。
ってことに久しぶりに気づいた。
っていうのも、一年ぶりに僕の院に訪れたクライエントさんが
「先生!」って呼ぶもんだからそれに気づくのも無理はない。

でも決して僕は「先生」なんていう崇高なものでは全然なくて、ただただ施術して、カウンセリングして、野球を教えない野球レッスンして、コラム書いて、YouTube撮ってるだけの人間。

それを「先生」と呼ぶのなら、先生ってものは実は崇高なものじゃないってことがわかる。

まぁそんなことはどーでもいいんだけど。

一年ぶりにきた素敵な女性のクライエントさん。

初めて僕のところに来たとき、骨折して手術した後で肩が挙がらない状態だった。

きっとブログを辿っていくと出てくるかと思うんだけど、何ヶ月もリハビリに通ったのに挙がらなかった肩が、僕のところ来てから挙がるようになったのだ。

なんとも素晴らしい腕前!
神!先生!ゴッドハンド!

と言いたいわけではない。(少しだけ言いたい)

言いたいことは、僕と一緒に二人三脚で
”治してくれた”ってこと。

つまり、僕だけの力じゃなくて

本人の努力×僕の施術

で治ったってことだ。

あっ、当時の写真が出てきた。
これ2回目くらいだったかな。最初90度くらいだった気がする。
何をどうしたらよいのか?

というのは経験と知識を使って必死に考えるんだけど、それをどう施術やカウンセリングに落とし込むかっていうのはクライエントさんあってこそのもの。

だから、僕は先生なのかもしれないけどクライエントさんがいて初めて先生になる。

あなたがいて、僕は先生に初めてなれるのだ。

って言っててもまだ「先生」には違和感しかない。

自信ってのがなんだかわからないんだけど、

治したい、治ってほしい、楽になってほしい 人生よりよくなってほしい

その気持ちだけは誰にも負けない。
そこだけは”先生”に負けないと思うんだ。

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どれがお子さまかわからないけど、お子さまみんなでひと休みしたIKEAのベンチ。

毎年11月23日は、長女のドラムの発表会が東京で開催されるから福井に引っ越してからは毎年こうやって東京に行くわけです。

3歳から始めたドラム。
発表会も7回目の出場に。

始めた頃はバスドラムに足が届かなかった。
トトロの「さんぽ」を叩いてた娘が、今回はXJAPANの「Rusty Nail」を叩くまでに。

“やりたいことをやる“という判断はすべて子どもの意思に任せていて、やりたいなら全力でサポートしながら僕も妻も楽しんじゃえばいいやってスタンス。

そのせいもあってか、「やめたい」って言ったことは一度もないんです。

よく習い事を無理やり親がやらせることがあるんだけど、モチベーションが低い習い事ほどしんどいものはなくて、そんなものに限って長続きしないことが多いです。

うまく洗脳することができれば将来子どもが

「あのとき習い事を無理にでもやってよかった」

ってなるんだけど、そうなるためにはそれなりの「結果」は必須になります。

子どもがやりたいのか?
親がやらせたいのか?
親が子どもがやるのをやりたいのか?

この違いって結構未来に影響するんじゃないかなって。

この先娘たちがなにを言い出すかわからないけど、いろんな選択肢をむせた上で
「やりたい」っていうことは全力でサポートしながら、夫婦で楽しんじゃいたいなって思うのです。

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日曜日。

小学校では”学習発表会”なるものがあったけど、陸上の大会と日程が重なって。

どうやら一般的には

学校を選択

するみたいなんだけど、子どもたちに

「どっち行きたい?」

ってきいたら、長女も次女も

「陸上!」

って言ったので、陸上を選択しました。

「前回のリベンジをしたい」「自分の力を試したい」そんなきちんとした理由があったから、なおその選択に納得感があったんです。

でも、その選択は学校をざわつかせたみたいで。

長女は学校で担任に、学校ではなくて陸上に行くことを嫌味っぽく言われたり、
学校からわざわざ電話までかかってきたり

どうやら

普通と違うこと

を選択すると、「普通」を教える学校ではざわつくみたいです。

長女は僕の遺伝子を見事に受け継いで、学校で毎日哲学をしているので、彼女の頭の中ではこの

普通しか受け入れられないような空気感

が窮屈で仕方ないし、宿題の多さに無意味さを感じて

やらなきゃいけないという葛藤と
無意味さへの葛藤と
答えを出せないモヤモヤへの葛藤と

で、授業に出れなかったりイラついたりしてます。

そんな長女も、そして次女も
学習発表会を”サボって”陸上の大会に出たことを誇りに思っているみたいです。

三女は朝早すぎて座りながら寝てたけど笑
「普通」の擦り込みはのちに社会に出たときに葛藤の種になるんだけど、でもその「普通」を知らないとズレ具合もわからないから大切なことなんです。

でも正直、この世の中に「普通」なんてなくて…っていうのは社会に出ると誰もが感じることなのかな。

だって、「普通」の吸い込みが強すぎてみんなそこに吸い込まれそうになったり吸い込まれたりして苦しむんだから。

らしくていい

をもっと気持ちよくできる世の中になったらいいなって子どもの教育を見てて思いました。

あなたはあなたらしく。
僕は僕らしく。

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