これまた、ずい分昔に書いた話なんですが、私の師匠から伝授された話です。
「いいか、成田。生まれて初めて、『塩』と言う物に出会う人間が居たとしよう。
その人間に、砂糖を出して『この甘いのが塩だ!』と教えたら、その人間は、
その後、一生、塩は甘い物だと思い込んで生きて行く事と成ってしまうわなぁ」
いやいや、先生、チョッと待って下さいよ。いくら何でも、砂糖と塩が分からん
人間なんて居ないでしょう。そりゃチョッと飛躍し過ぎですよ。「じゃ聞くがなぁ、
おまえが初めて、印刷会社に入社した時、おまえは印刷に関する知識を少し
でも持っていたか?」・・・いや、デカい印刷機を見るのも初めてで、ましてや、
印刷の知識どころか、紙の知識すら皆無でした。
「だろ。その時にな、紙の話をされて、『A判四つ切の事を、A4と言う。』と教え
られたら、どうだ?」・・・何も知らない状態ですから、そりゃ信じるしかないです。
(本当はA判四つ切は、A3ですよね)「ほらみろ、砂糖を塩だと、間違った事を
教えられても、何も知らないのだから、信じるしか無いって、分かるだろ。」
・・・なるほど。
「我々、教える側の講師はな、絶対にこうした事を起こしては成らん。砂糖を
塩だと思い込んでいる人を、正しい方向に導くのが我々の仕事であって、その
我々が、砂糖と塩と胡椒を、ごちゃ混ぜに教える様な事が有ってはイカン。」
私が二十歳の時、工業指導所さん主催の、中期研修会って言うのに参加させ
て頂いていました。三か月間、毎週1回の授業で印刷全般の勉強をさせて頂い
ていたのですが、今から考えると、まぁ間違いが多かったですわ。当時、先生を
して下さったのは、役職名は忘れましたが、いわゆる、業界内のお爺ちゃん達
です。・・・当時のお年寄りは、カタカナに弱かった~(笑)。
その当時は、刷版が「PS版」に成って間もない頃でした。「PS版とは、ポスト・
センシタイズド版の略で・・・」なんて言う解説を、工業高校・印刷科の教諭の
方から教わったんですが、これは完全な間違い。「プレ・センシタイズド」って
言うのが正解なんですよ。和訳では「すでに塗布された」と成ります。
あと、おもしろかったのが、「スターターゲット」。単純に和訳すれば、星形標的
って感じですかね。「スター」で切って「ターゲット」ならば、そう言う訳に成るの
ですけれども、お爺ちゃん先生は、「スターター」で区切ってしまったんですよ。
「印刷をスタートさせる時、汚れやインキ盛り等の目安に成る指標で、この指標
が良好であれば、印刷を開始出来る。印刷のスタートをゲット出来るので、そう
呼ばれています」 なんつって語っておられましたわ。(あ、これ間違いですよ。
星の様な形をした、指標なので、スター・ターゲットです)
私自身、二十歳の時に、「塩と砂糖」を、逆に教えられてしまっている事が沢山
有ったワケです。これは21歳で、2級技能検定の勉強をしている時に気付いて
「なんや、あのジジイどもは、間違いばかり教えやがってッ!」と成ったんですが、
専門の講師や、学校の先生までもが、塩と砂糖を、教え間違ってしまっていた。
当時の印刷業界ってね、その程度のレベルだったんですよ。
専門講師や、現役の高校教諭が間違う時代ですからね、現場の先輩さん達が
間違って、塩を砂糖だと教えてしまうくらい、そんなの日常茶飯事ですわねぇ~。
一番の問題はね、間違って教えられた事に、何の疑問を持たず、信じ込んで
しまって、何年も何年も、間違いを続けてしまう事なんですよ。
例えばね、中途採用で、それまで他所の印刷現場で働いていた人が、そんな、
間違いだらけの現場に入って来たとしましょう。この人は、塩と砂糖を正しく把握
出来てる訳ですから、「なんじゃ君らはッ!何でこれを塩と、言っとるんじゃッ!」
って話に成って、正しく是正するキッカケに成り得ますよね。
ところが、新卒者しか採用しない。中途採用は一切行わない。講師等の指導も
全く受けない。と言う現場では、永遠に、砂糖と塩を間違ったまま、時が流れて
行ってしまうんですよ。・・・何度となく引き合いに出していますが、ヤレ紙千枚の
現場さんが、その典型です。
普通、印刷の立ち上げの時って、試し刷りで20枚刷って、チョッと多目で50枚
刷って見当や色調を合わせて行くじゃないですか。まぁ、ヤレ紙を100枚通して
色調の変化を見るって人も居るでしょうが、精々、その程度ですよね。
ヤレ紙千枚の現場さんは、本当に毎回、ヤレ紙を千枚通して、見当や色合わせ
をして行くんですよ。そんな事を5回も繰り返せば、既に5千枚も刷り込んでいる
事に成るのですが、何度も印刷してインキで真っ黒、パウダーで真っ白に成った
ヤレ紙を、そんな大量に通したら、こりゃ最悪ですよね。
そんな事をしてるのは日本中でも、この現場だけだよ。と、忠告しても、この現場
の人達は、長年、これを「砂糖」だッ!と信じ込んでやって来た訳ですから、今更、
「いや、これは砂糖ではなく、塩だよ。」と言われても、簡単には直りません。
「輪転機は、水を多目にしないとパイリングする」 「汚れやすかったらエッチ液を
多目に入れろ」 「インキは軟らかめの物を使った方が良い」 ・・・どれもこれも、
私に言わせれば、砂糖と塩を間違えてしまっている考え方なんですわ。皆さんも、
自分自身の手法等を、今一度、見直して、砂糖と塩を間違えてしまっていないか、
じっくり考えてみる機会を作ってみて下さいな。