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篠笛奏者:朱鷺たたら 笛吹き道中記

篠笛奏者:朱鷺たたらの公式ブログ。コンサート,スケジュール,プロフィール,篠笛教室。


13日 和太鼓×2 笛×2の四人囃子ライブ、おかげさまでたくさんのお客様に恵まれて、大いに盛り上がりました。
ありがとうございました!!

本番になると、太鼓もますます力が入り、耳に直撃します。
リハーサルで、ヤバイかも…と路子さんと耳栓をこっそり用意しようとして、すぐにハセさんにバレました。 
気のせいか、傷ついた顔をしはったような…

そのせいではないが、結局ナシでやることに。

このユニットでやった曲は、かなりの精度が要求され、わずかのズレが大きなズレに繋がるので。
ミクロな感覚を稼働してました。

耳栓がどう影響するか、恐ろしくて、耳やられるのも怖いけど、使えへんかったなあ。

ダブル太鼓で、メンバーがはせみきたさんに、小泉謙一さんときたから、凄っごい熱量。

「二人、よう合ってはるわ〜」と
リハーサル時、すっかり聴衆になってしまいました。

山田路子さんの笛は、キラキラしてて、お星さまが瞬くようです。
フルートだったら、金のフルートの音色かな。
風音、ブフォ〜ッは強烈にやらはるけど、えげつなくない。(たまにえげつない 笑)

笛同士とはいへ、ずいぶん音色が違うのは、声と一緒で、こんだけ身体が違うもんなあ、と改めて感じました。



我々メンバーも、精力注ぎ、めいっぱい楽しみ、そうして、たくさんのお客様に楽しんで頂き、この上ない音楽の喜びとともに終演しました。

実はこの日は、特別なお客様方がいらしてくださいました。
それは、歌手の神野美伽さん。
キリッと芯の通った歌声。
温かな情緒に溢れた歌でお馴染み、みなさんよくご存知の方です。

客席にお姿を見つけて、さすがに身の引き締まる想いでした。
もちろん、いつもどんな舞台でも、本気ですけど、プロ中のプロに聴かれるというのは、やはり緊張します!

さらに、伝説の営業マンとして、各種セミナーや書籍の出版も多い和田裕美さん。
そして、パティシエの鎧塚俊彦さん。


左から神野美伽さん。鎧塚俊彦さん。朱鷺。和田裕美さん。

第一線で活躍なさる方はパワフルで、本質を一瞬で見抜く心眼をお持ちですから、いまさら我が身を飾っても仕方ありません。

しかし、そんな皆様にライブを楽しんで頂けて、大変大きな力を頂きました。
ますます、音楽の道をまっすぐ!死ぬまで進もう、と思いました。

はせさんとのデュオユニットBOK・SUIで作るサウンドと、今回の四人で作るサウンド。
ずいぶん違って、またまた面白さが展開していきそうです。


終演後。
「路っちゃん、ピースはこうやるんやで。」



リハーサル
頑張る兄さん達。

リハーサル
譜面台に置いたら自撮り、出来た!
譜面台持ち歩いたらいいんや!(ちゃうやろ〜)















津軽笛セミナー参加後記 ~後編~

 



続きです。
休憩後、佐藤ぶん太、先生から津軽弁のテスト用紙が配られました。
小学校まではテスト結構好きだったので、なんだか楽しいなあ~

あれ?さっぱりわからんわ・・・

上にならぶ津軽弁の意味を下から選びましょう、という問題です。
正解率ゼロ。
昨年、アルメニアを訪れた際、真夜中に酔っ払いのトルコ人と15分ほど勢いでしゃべったのですが、
それと同じくらいわかりませんでした。
(ペルシア語だと思う、と通訳の方が言っていました。)

ここまで単語が違うとは。
かなり想像を超えていました。

ワイワイとみなで連想ゲームをした後のぶん太、さんからの言葉です。

「ねえ、わからないでしょう?外国語のようでしょう?
これくらい文化が違うってことなのー」

・・・なるほど!
違う文化のものを習っているんだよ、ということです。
メロディや運指に注目しただけでは理解できないよ、ということを
おっしゃたのです。

唱歌そのものの言葉に意味はありません。
今回習ったねぷた笛には、「ト」と「ロ」しかありませんでしたもん。
メロディを覚えることも大切だし、上手に吹けるようになるのも大切。
でも、一番心に留めて欲しいのは、
ねぷた笛の生まれた土地を知って欲しいということ、
とおっしゃいました。
リスペクトが必ず必要だ、と。

まさにその通りだと思います。

20年近く前になりますが、鬼剣舞や早池峰神楽を観に東北を周ったことがあります。
その時、鬼剣舞の稽古を見学させていただく機会を得ました。
庭元と呼ばれる家元のような存在の方が、
歌いながら太鼓を叩き、稽古を付けていらっしゃいました。
江戸囃子なら「天ツク天ツク」と歯切れよく、甲高い太鼓がかんかん鳴るようなところ、
庭元は「ずんずくずんずく・・・とくぐもったような発音で、歌っていらっしゃいました。
そして、太鼓を聞いたとき、衝撃を受けました。

「太鼓が同じ言葉で歌ってる!」

これが土から生まれた芸能。
その土地の風土、その土地の人々の話す言葉。
それらと音楽は密接に繋がっており、楽器も同じ言葉でしゃべるんだなあ。
そう知ったのです。

ねぷた笛も全く同じです。
ねぷたを知ることは、その土地、そこに生きる人々、文化を知ることと同義です。

メロディをなぞるのはそう難しいことではありません。
ほいほいっとなぞって、五線譜上に音を記譜するのも難しくありません。
けれども、表面をかすって器用に吹けたところで、
それは一体何なの?
その土地の人が聴いたときに、その言葉通じるの?
と、いうことですね。

ところが、このように考えますと、
わあ、えらいこっちゃ!とても手が出せないなあー
思いつめたら、遠くから遠巻きに見るだけになってしまいます。

でも、それはちょっと残念だし、わたしなぞは限られた時間のなかで、
興味を持ったら、手を出してみてます。
手出してみて、ひっこめたり、もそっと伸ばしてみたり・・・。
なかなか覚悟を決めて取り組めるかというと難しいけど、
そんな風に考えずとも、
例えば今回だったら、ねぷた笛を出会った「人」、と思えばいいんじゃないかと思います。
出会った方に、お名前尋ねて、他には、ご出身、略歴、身長、体重…(違うか、聞きすぎやん!)
一通り簡単にお尋ねして5分後に、
「なあんだ、あなたのこと、すっかりわかりましたよ!」
等と言われたら、腹立ちますよね。

尊重なしに、関係は築けませんよね。
そういうことだと思います。


ぶん太、先生の印象に残った言葉のなかに、
もうひとつ。

「笛に人間が出る」

芸能に対する態度も、人に対する態度も結局同じだと思います。
その人の想いが、その人の言葉に出ます。
音楽は言葉です。
だから、笛にその人が出る。
そんな風にわたしは思います。

ぶん太、先生の講義は私自身の想いと重なるところ多く、
勝手に親近感を寄せて聴き入りました。
大切なことをぶん太、さんの目を通して、鮮やかに見せていただいた想いです。


 

9月1日和の笛 体験プログラム「津軽笛ねぷた」セミナー(日本篠笛協会主催)が開催されました。

講師は佐藤ぶん太、先生です。
13時半から少しの休憩をはさみ、16時半を過ぎるまで、
とても濃密な時間でした。
ぶん太、先生、そして参加者のみなさま、
ありがとうございました。

その濃い中身について、ぜひご報告を兼ねてご紹介します。
前半はねぷたの旋律を教わりましたが、
まずは「歌う」ことが大切。
指付け譜として、指遣い図解されたものは示されましたが、
そこにメロディがあるわけじゃないよ、と。
指遣いが上手くできても、それは簡単なこと、
そこから先が大変なのよ、と。

それは本当にその通りで、わたしも日頃から感じていることと全く同じでした。
お囃子に限らず、西洋音楽でも同じです。

もし、楽器が笛でなく、「歌」だったらどう?と考えたらすぐにわかることです。
知らないメロディ、イメージできない旋律をたとえ一音でも歌うことができるでしょうか?
誰にもできないですよね?
それなのに、楽器だと、その示された音の通りに鍵盤を抑えたり、
指を抑えて音を出す、といったことはできます。
音は出ます。
でも・・・?
ただ、作業した結果、音が鳴った、というだけで、
歌った、という感覚はないはずですよね?
違いますか?

そんな状態で、笛を吹いた、と思いこんでも、
歌には聞こえるはずがありません。
吹いてる本人ですら、歌ってないんですから!

今回の講義では、オノマトペ(擬態語)による唱歌を
教えていただき、まず参加者みんな声をだして歌いました。

きっと、ぶん太、先生にとっては、
あらー、全然足りないよねー、もっと声でないの?といった
感じだったかもしれませんけど、
「旅と笛の恥はかき捨て!」という新しい(!)力強い教えの元、
頑張りました!

おかげで、はじめてトライした参加者全員、前半でなんとかそれっぽいフレーズを吹くことができました。
ぶん太、さんがしばしば吹いてくださるので、
その本物の音のシャワーを全身に頭っから浴びることで、
毛穴から
「ああ、これね、これ!ここを目指すんや!」という意識が生まれたのでした。
目の前で、生で本物の音を浴びるの、とっても大事です。
このことを改めて痛感しました。

 



休憩をはさみ、後半はなんと津軽弁クイズから!
はっきりいって、本気で全くわからへんねんけど~・・・
そして、このクイズは実はただのお楽しみではなかったのです。
その心は?
(後半の講義後談については次の記事へ続く・・・・)


 

一般社団法人 日本篠笛協会から発しているメルマガにわたしが書いたものですが、

会員さんへの限定された記事ですので、ここへ転載します。

 

リズムが苦手・・・こういうお悩みを聞く事があります。
音の長さの違いを正確に感じ取って、その通りに笛を奏するのって、
実はとっても複雑な作業の集積ですから、なかなか思い通りにいかないですよね。
そんなとき、ひょっとしたら助けになるかもしれないアイディアがあります。
「オノマトペ」(擬態語」です。
雨がざあざあ、風がピューピューといった、ものの様子を表した言葉です。
これを音に当てはめてみてください。

例えば、3連符。
3つ均等に連なっていかないといけませんね。
3つで出来た言葉、「サラダ」と言ってみる。
3連符が2つ連なっているなら
「サラダサラダ」でもいいし、「トマトサラダ」でもいいですよ。
「サモササラダ」は言いにくいから却下ですよ。
こうして、音に言葉を当てはめていってみると、
「タカタタカタ」と3連符のリズムが取りにくかったのに、
「トマトサラダ」はさらっと言えてしまいませんか?
そして、トマトの初めのトを強く、サラダのラも強く、発音してみてください。
なんだか、複雑なリズムが生まれている・・!

なんでもいいのです、言いやすい言葉に置き換えてそして、発音してみてください。
一連の音の流れを必ず口で唱えて(ここ大事!)掴んでしまいましょう。

まあ、これ、実は先人から受け継いだ智慧でして、「唱歌(しょうが)」といいます。
伝承の音楽には楽譜はありませんでしたが、こうした言葉で伝える唱歌で、リズムやメロディライン、
ニュアンス(アクセントなど)も総合的に伝えられてきました。

お囃子や能楽囃子の能管にも、雅楽の龍笛にもそれぞれ独自の唱歌がありますよ。
ご興味おありの方は、調べてごらんになるとよろしいですね。
 

フルーティスト編纂のTsuru-no-Sugomoriに挑んでいます。

五線譜と、そして編纂者ご自身(Will Offermansさん)の演奏が揃っているので、なんとかなる!と目をらんらんと輝かせて臨みました。

 

なんじゃこれは・・・びっくりびっくり

ほおお~・・・ニヤリ

尺八、すご!笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き

 

というワードがぐるぐると回りながら。

古典に独奏曲を持たない篠笛というのは

先人からの遺産を持たない、ということに等しいのですが、

それに対して尺八の遺産の豊かさと言ったら!!

羨ましい~~

管楽器の奏法として、さまざまなものがふんだんに、

たった一曲のなかにも投入されています。

例えばフラッタータンギングは、鶴の鳴き声の描写に、

やたらめったら出まくります。

トゥルルルルルル・・・・

と、本当に鶴が鳴いてる感じが出ます。

タンギングなんて、下品!(意味がわからん)とある古典の演奏家に言われたことがありますが、ただのタンギングどころじゃありません。

フラッターですよ。

舌を高速で回すようにして行うタンギングの1種です。

それを、連発。

尺八という古くからの竹笛にフラッタータンギングが使われていた、ということ、わたしも今回学びました。

 

タンギングひとつとっても、このように

諸先輩方からの智慧と工夫、詰め込まれていました。

尺八を海外の方に解説していただいていますけれども、

伝わってきます。

 

フルートでの演奏を篠笛にそのまま同じ実音ではめると

「音域足りない」とか

「指のその動き、無理すぎて、目指している効果出せない」

とか問題がわんさかと湧いてきました。

 

曲の解釈から、目指している表現を重要視して、新たに再創造(は言い過ぎですね)編纂する、という作業になりました。

篠笛でやるとこうなりました、という姿です。

ですから、尺八の方が聴くと、

「それは鶴の巣籠りじゃないよね」ときっとおっしゃるかもしれません。

かといって、わたしの作曲というわけでもないので、

「篠笛版 鶴の巣籠り 朱鷺たたら編」というお題が適当かなあと思っています。

 

そういうわけで、知的探求心を満たす作業が終わりまして、

篠笛版鶴の巣籠りの楽譜が完成しました。

数字譜で記譜しました。

五線譜で記譜するよりも合理的に伝わるだろうし、

伝える側もやりやすい、と考えた結果です。

 

わたしに教えてくれたのはフルーティストのWill先生だったというのが、邦楽のいまの現状を端的に表しているように思います。

海外を経由して、自国のお隣さんの楽器のことを学びました。

記譜が互いに全く違うので、一度共通言語を経由しないと、

まるっきりわからないんです。

Willさんにしたら、日本人同志ならすぐに教われるだろうになあ、羨ましいなーなんて思ってらしたかもしれませんけど、いやいや全く・・、です。

ほとんど暗号ですから。

 

いつか、邦楽器も記譜法が一律になるのでしょうか・・?

個人的には、それぞれの独自の記譜法と、五線譜の両方を読める、というバイリンガル状態が望ましいなと思います。

そうでないとアンサンブルの楽しみははるか彼方に霞んでいます。

西洋楽器とのアンサンブル時において、邦楽器演奏家が五線譜読めない場合は、西洋楽器の演奏家から寄り添ってもらうばかりの一方通行になってしまいます。

それでは、邦楽器のくせ、魅力を十分に伝えるのはきっと難しいでしょう。

いまや、五線譜は珍しくなく、義務養育過程で習えるので、バイリンガルになる道は開かれていますしね。

そういう理由で、自分の門下生はみな五線譜を学び、数字譜との併用を行っています。バイリンガルです。

 

記譜法に話が及びましたが、一番感嘆したのは、独奏曲を古くから持っている楽器の世界の豊かさです。

多くの演奏家がいらしたんだなあと思いました。

篠笛は同じ竹笛ですから、尺八の奏法に学べるところも多く、

有難いです。

 

 

 

 

中野区哲学堂公園にて今週末篠笛体験教室があります。

親子でご参加いただけますよ。

もちろんアダルトの方々のご参加も大歓迎です。

お待ちしています。


日時:平成30年4月29日(日)10:00~12:00
場所:哲学堂公園 宇宙館
対象:小学4年生以上の方
参加費:大人(中学生以上)1,100円
     小学生  700円
     親子で参加(ふたり)1,500円
定員:先着20名 *笛は貸し出し
講師:朱鷺たたら

お問い合わせ:03-3951-2515(哲学堂公園)

アクセス:哲学堂公園へはJR中野駅北口より運行している
「江古田駅」「池袋」行のバスで、「哲学堂」で下車されるか、
「練馬駅」「江古田の森」行いのバスで「哲学堂下」で下車ください。



尺八本曲に挑みました、の続きです。
色々な尺八演奏家の演奏を聴き、
楽曲の姿が一定でないことに混乱した私は、
生徒さんが手に入れた楽譜を開きました。
鶴の巣籠りを吹きたい、というその生徒さんは、
自身でなんとか楽譜を探そうとフルートの専門店に問い合わせ、
楽譜を入手していたのです。(エライッ!)
「Tsuru-no-Sugomori」とローマ字表記です。
アレンジはWill Offrmansさんという方です。

なかなか難解な楽譜です。
でも五線譜です。
わたしにとっては共通言語キタ~!
よし、これなら、と思いましたが、なかなかもって難解。
フリーテンポだもんで、よくわからない。
しかし、何て便利な世の中でしょう。
youtubeにご本人の演奏が披露されていました。

楽譜の通りに演奏してくださっていて、
おお~、なるほど!と大変明快。

というわけで、尺八は置いといて、
海外のフルーティストから尺八本曲を学ぶことにしました。
これなら、わかるわかる~~
鼻歌交じりのわたしでしたが、
むむむ・・・こ、これは一体・・。
一筋縄ではいきませなんだ。

さて、なにが起こり、そしてどう対処したのかは
次回に続きます♪



 

「鶴の巣ごもり」

ご存知ですか?
尺八の古典本曲として名高い曲です。
これがどうしたんか、というと、
生徒さんが吹きたい、と言ってこられたんです。

私の教室ではそれぞれの方が吹きたいものを
吹けるように指導していく、というのが主眼ですが、
正直、ヤバいのがきた、と思いました。
まず楽譜ですが、あったとしてもどうせ暗号になってるはず、と。
ロツレチ譜と呼ばれる尺八に特化した記譜法で書かれているに違いないからです。
これは指使い譜、つまりタブ譜です。
ロ、ツ、レ、チ、はそれぞれ音の高さを表しているので、
これらを移動ドでいうところのある音に当てはめて見ることもできますが、だからといって、これで譜面が読めるわけではない。
記譜してない部分に、大事なところがわんさかある、と思った方がよい。
直に師匠から口伝でないと伝わらないものの方がデカい・・・。
だからして、移動ドに置き換えて読めたからといって、
読めないよりはいいけど、という程度なのです。

1.思い切って尺八に入門する
2.尺八の専門家の友人に教えてもらう
3.youtubeでまず色々聴く

①の選択肢は、今生では時間足りないので、まず③の選択肢から。
色々演奏聴いてみました。
あれ~、なんかずいぶんバージョンがある・・?
演奏者によって、だいぶ違うんやけど。
クラシック音楽の場合、曲の解釈によって、
もちろん演奏は違いますが、

曲そのものが違うってことはない。

まさか、あれってバッハだったの?なんてことにはなりませんわね。

誰がいつ、どこで演奏しても、その曲自体は変わらない、というのが、

五線譜の持つ普遍的な力だと思いますが、

ところが、鶴の巣ごもり。

君は一体なにもの?

いくつバージョンあるの?

もはや曲が違う?くらいのレベルで違う。
これ、どう解釈したらよいのじゃ!?
(続く)


 

満開の桜に気もそぞろな春の頃です。
花が風に散るのも風情があって、いいものですね。
小学生の息子は全く意に介しておらず、
一体何才ごろから、桜を気にしてみたりしだすのか、と思います。
と思えば、歩道橋の上から、一輪摘んで、
「はい、おかあ~」と差し出してくれたり。
これでつい、
なんて、可愛いねん!
とカードを買ってやったりしてしまうのだから、
親バカ街道まっしぐらです。

さて、来月はフランスから、長年の友人である
Creasion Katsuraさんが帰国します。
彼女は尺八演奏家です。
高校の同窓で、フルートを同門で学んだ仲です。
彼女は留学し、フルートの学びを深めて、いつしか尺八にたどりつき、
わたしは自分のflute人生の終わりを悟り、武道から篠笛にたどり着きました。
気がつくとお互いに、
「あんた、なんで竹の笛吹いてんの?」という状況になっておりまして。
面白いものです。

そんな彼女が帰ってくるんですから、一緒に演奏したい!
ということで、4月21日(土)
竹の木の出会い春LIVEと称しまして、ライヴします~♪



竹はわかった、木って何やねん?
竹も木やけど?
そうですね、たぶんピアノのことかな・・・(題はKatsuraさんが付けてくれたから)
あ、違う?違うこともないね、でも、
他にも、あるな。
じゃあ、琵琶かな?
そういえば、チェロも、
あ、パーカッションも木やん。

そうなんです、たくさん楽器あります。

篠笛、能管、尺八。
そして、琵琶、ピアノ、チェロ、パーカッションと
贅沢な編成なんです!!

琵琶とピアノ、そして歌も歌ってくれるのは、
高畠亜生さん。
Katsuraさんの双子のお姉さんで、本業中の本業は作曲。
またこれが、彼女の書く曲、美しいのですよ・・・。
作曲家がライヴメンバーにいてくれるのって、
なんて心強いんでしょう。
おんぶにだっこというわけじゃありませんけど、
もどかしい譜面に書ききれない想いを、専門家がすぐ横で、サポートしてくれるんです。
有難いでえ・・・

チェロもまたなんちゅう素敵な方とわたし、出会ってしまったんでしょう。
薄井信介さんです。
みなさまに早く聴いていただきたい!
チェロって音域は5オクターブもあるんですよ。
びっくりや、なんでもできるやん、そんな凄い楽器やったん?
実は、中学生のころ、チェロやりたいなーと淡い恋心をチェロに抱いていました。
今回とても楽しみです。

そして、めちゃパワフル!&ハイテクなパーカッショニスト、田中まさよしさん。音楽性豊かで、色々な要求にハイレベルで応えてくださる、凄い方。
この総勢5人でお贈りします。

続けたいけど、きっと、とりあえず、1回きりのライヴです。
ぜひぜひいらしてくださいませ。
お待ちしています!
楽屋さんですよ、神保町の方ですえ~!
中目黒ちゃいますよ~!











 

津軽三味線の木之下真市さんとお話ししたときに、
楽器の選び方について、面白い話を伺いました。
笛の場合、試奏して選びます。
ところが三味線は、皮を貼った状態にはなっていないので、
試奏はできないというのです。
(木の枠だけがある状態、見たことあるわ~!)

木の枠を選んでから皮を貼るそうです。
買って初めて音を聴けるのか、と思いましたら、
さらに段階がありました。
一旦お師匠さんに預けて、師匠に弾きこんでいただくというのです。
一年くらいとおっしゃったかな・・・。
楽器に、いい状態を覚え込ませる、というんでしょうか。

木之下さんに一年も弾きこんでいただいたら、もう確実に名器でしょう!!
科学的には知らんけど、そんなん証明できなくても、わかるわ。

しかし、そうなると可愛がってもらってる弟子とそうでもない弟子(!)の差が大きく出るなあ、なんて思ったりしましたが。

 

へえ!とか、うへえ~!の連続でしたが、一緒にお話ししていた音響さんから、音響機材でも同じようなことがいえる、と言われ、
さらにピアニストの新澤さんからも、
フルコンサート用のいいピアノは、納品前にピアニストが弾きこんで
調子を整えるんだ、という話も出て、
これは、もうあれですよ!

村上天皇の御代、内裏の火事のときに、
「玄象」という名の琵琶に足が生えて勝手に逃げ出したという話しは、
ただのオカルト話じゃないな、と。
玄象は、手入れが悪いと腹を立てて鳴らないというし、弾き方が不味くても鳴らないとか。
楽器、ただの道具じゃない・・・
日頃から感じていたが、やはりあやつらは・・・・。

以前、生徒用に選んだ笛に、3か月も経ってから文句をつけられて、
訴えるだのという事態になったことがあります。
訴えの内容は、
「誰かが吹いただろう、新品じゃない!」(新品やけど、竹は3年乾かしてあるで)
「ほんのちょっと曲がってるじゃないか」(竹やしな・・)
「漆器塗の職人に見せたら、漆塗りがこれじゃだめだという話じゃないか!」(食器だと思ってたんか~い!)
というもの。

笛師も調律のためにも試奏しますし、
わたしもピッチや鳴り具合、楽器のくせを知るためにも、
かなり試吹きします。

フルートだって、調整のとき、必ず試奏します。

少なくとも勤めていた三響フルートではそうしていました。
くせを知っておくと稽古の際に、役立ちます。
生徒のくせと楽器のくせを頭に入れておくのです。

試奏できない津軽三味線は、師匠に選んでいただかないと、どうしようもない。
高価なものでもあるため、本当に師匠と楽器屋さんへの信頼がないとできません。
わたしの上記の場合は、信頼関係が築けていなかったことに起因しているんだろうと思いますが、一方の側からでなく、お互いが信頼し合えないと関係は構築できません。
そこから稽古が始まっている、ということなんやなあ。
木之下さんのお話しから、改めて「教える&習うこと」の
大切なところを気付かせていただきました。

 

それから、他人の楽器を無闇に触ってはいけません、と音楽高校出身のわたしはずいぶん厳しく教育されてきていますが、さもありなん、です。

同じお金出したからといって、同じものが手に入らへんし。
楽器はただの道具ちゃう。

銘が付けられるのも、よくわかります。

とはいへ、わたしは*刀にしか名前付けてないけど、(付けてるんかい!っていうか刀持ってるんかい!)

*刀の名前は「讃哲剣(ざんてつけん)」である。

もちろん、ルパンの五右衛門からパクった。

哲学専攻の学生であったしな、ま、なんというか、うん、ダジャレや!文句あるか~

 

笛は結局、本数で呼んでるな。

6本!とか8本!とか。

なんだか名前付けて呼ぶのが少女趣味な気がしていたんだが、

刀に銘つけるのは少女趣味でもないな・・・

ふむう・・・・

オタクという共通項しか見えなくなってきたので、この辺でやめておく。