第5回 なぜ人間は、一人では幸せになれないのだろう?
私たちは誰もが、幸せになりたいと願っています。
おいしいものを食べたい。
好きなことをして暮らしたい。
豊かな生活を送りたい。
そんな願いを持つことは、ごく自然なことです。
でも、ここで一つ考えてみたいのです。
もし、欲しいものが何でも手に入り、何不自由なく暮らせたとしても、そこに自分以外の誰もいなかったら、私たちは本当に幸せなのでしょうか?
今回は、この不思議な問いについて考えてみたいと思います。
一人で味わう喜びと、分かち合う喜び
たとえば、とても美しい夕日を見たとします。
思わず息をのむほどの美しさです。
その時、隣に大切な人がいたら、どうするでしょう。
「見て! きれいだね!」
きっと、そう声をかけたくなるのではないでしょうか。
おいしい料理を食べた時も同じです。
「これ、おいしいよ。食べてみて!」
嬉しいことがあった時には、誰かに話したくなります。
なぜでしょう。
私たちは、自分の喜びを誰かと分かち合いたいと思う心を持っているからではないでしょうか。
もちろん、一人で過ごす時間にも大切な喜びがあります。
しかし、誰かと分かち合うことで、喜びがさらに大きくなることもあるのです。
愛情は、一人では完成しない
前回の記事では、愛情について考えました。
私は、愛情の本質の一つは、
「相手の喜びを、自分の喜びとして感じる心」
ではないかと思っています。
では、その愛情を表すためには何が必要でしょう。
それは、愛する相手の存在です。
どれほど大きな愛情を持っていても、愛する相手がいなければ、その愛情を相手に届けることはできません。
誰かを喜ばせたい。
誰かを幸せにしたい。
誰かの役に立ちたい。
そうした願いは、相手がいて初めて行動となり、喜びとなります。
つまり、
愛情は、相手との関係の中で初めて、その豊かさを発揮するのです。
親はなぜ、子どもの幸せを願うのだろう?
ここで、親と子どもの関係を考えてみましょう。
親は、生まれたばかりの赤ちゃんを抱きながら、何を願うでしょうか。
元気に育ってほしい。
幸せになってほしい。
笑顔の絶えない人生を送ってほしい。
多くの親が、そんな願いを抱くことでしょう。
子どもが初めて歩いた時。
初めて言葉を話した時。
何かを成し遂げた時。
親は、自分のことのように喜びます。
なぜなのでしょう。
子どもが歩けるようになったからといって、親が直接何かを手に入れるわけではありません。
それでも嬉しいのです。
愛する相手の幸せが、そのまま自分の幸せになる。
そこには、お金や物では得られない喜びがあります。
私は、こうした親子の姿に、人間が愛情を持つ意味を考える大切な手がかりがあると思っています。
人間は、何のために愛情を持っているのだろう?
ここで、もう少し深く考えてみたいのです。
人間には、自分を守ろうとする心があります。
自分の欲求を満たそうとする心もあります。
それだけでも、生きていくための行動はできるでしょう。
ところが、人間には、それとは別に、
自分以外の誰かを幸せにしたいと願う心
があります。
時には、自分の利益にならなくても、人を助けます。
相手が喜んでくれることを願って、時間や労力を使います。
そして、相手が喜んでくれると、自分も嬉しくなります。
なぜ人間には、このような心があるのでしょうか。
私は、人間が単に自分の欲望を満たすだけの存在ではなく、愛情を通して喜びを分かち合う存在なのではないかと考えています。
幸せは、独り占めするものなのだろうか?
私たちは、豊かさというと、お金や財産を思い浮かべがちです。
もちろん、それらも生活するうえで大切です。
しかし、どれほど財産を持っていても、心から信頼できる人が一人もいなかったらどうでしょう。
反対に、決して裕福ではなくても、家族や友人と助け合い、笑顔を分かち合える暮らしには、別の豊かさがあります。
ここに、我欲と愛情の大きな違いが見えてきます。
我欲は、
「自分だけが満たされればいい」
と考えます。
愛情は、
「あなたと一緒に幸せになりたい」
と願います。
我欲は喜びを独り占めしようとしますが、愛情は喜びを分かち合おうとするのです。
もし、社会全体が愛情を中心に動いたなら
ここまで考えてくると、一つの可能性が見えてきます。
もし、私たち一人ひとりが、
「自分だけが得をすればいい」
という考え方から、
「自分も幸せになり、相手にも幸せになってほしい」
という考え方へ変わったら、社会はどうなるでしょう。
家庭では、お互いを思いやる。
職場では、相手の立場を尊重する。
地域では、困っている人を助け合う。
国と国との関係でも、自国の利益だけでなく、相手の国の人々の幸せを考える。
もちろん、簡単に実現できることではありません。
しかし、愛情を中心にした人間関係を少しずつ広げていくことは、決して不可能ではないと思うのです。
幸せとは、誰かから奪って手に入れるものではなく、互いに分かち合うことで大きくしていけるものなのではないでしょうか。
では、愛情を中心にした社会を創るには?
ここまで5回にわたって、人間の欲望と我欲、そして愛情について考えてきました。
私が本当に考えたいのは、単に「愛情は大切です」ということではありません。
愛情を中心にした生き方を、どうすれば現実の社会に広げていけるのか。
ということです。
人間は一人では生きていけません。
家庭があり、地域があり、社会があります。
そして世界があります。
その一つひとつの関係を、我欲ではなく愛情を中心にしたものへ変えていくことができたなら、私たちの未来は大きく変わるかもしれません。
次回は、
「愛情を中心にした社会は、本当に実現できるのだろうか?」
という問いについて考えてみたいと思います。
最後に、あなたにも一つ質問させてください。
あなたがこれまでの人生で、最も幸せを感じた瞬間は、どんな時でしたか?
それは、自分だけが何かを手に入れた時でしょうか。
それとも、大切な誰かと喜びを分かち合った時でしょうか。
ぜひ、一度思い出してみてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
