欲望は、本当に悪いものなのだろうか? | 「人は、何のために生きるのだろう?」

「人は、何のために生きるのだろう?」

「自分だけの幸せ」ではなく、「誰かの幸せを自分の喜びにする生き方」にあるのではないか。
我欲ではなく、愛情を中心に生きる。
そんな生き方を、歴史や社会、身近な出来事、そして人生の「なぜ?」を通して、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

 

 

欲望は、本当に悪いものなのだろうか?

前回の記事では、

「なぜ人間は、豊かさを求めながら『奪う』ことをやめられないのか?」

ということを考えてみました。

人間は幸せになりたいと願っています。

豊かになりたい。
もっと便利に暮らしたい。
自分や家族を守りたい。

その一方で、人類の歴史を振り返ると、その「豊かになりたい」という思いが、時として争いや支配、そして「奪う」という行為につながってきました。

では、その原因は「欲望」なのでしょうか。

欲望さえなくなれば、人間は争わなくなるのでしょうか。

私は、そうではないと思っています。

欲望がなければ、人間は生きられない

考えてみれば、私たちは毎日たくさんの欲望を持って生きています。

お腹が空けば、食べたいと思います。

疲れれば、休みたいと思います。

寒ければ、暖かい場所へ行きたいと思います。

もっと知りたい。

もっと成長したい。

家族を幸せにしたい。

夢を実現したい。

これらも広い意味では、すべて「欲」です。

もし人間から欲望が完全になくなってしまったら、私たちは生きようとすることさえできなくなるかもしれません。

つまり、

欲望そのものが悪いわけではない。

問題は、その欲望がどこへ向かうのかではないでしょうか。

「もっと欲しい」の先にあるもの

一つ手に入れると、もう一つ欲しくなる。

もう一つ手に入れると、さらに良いものが欲しくなる。

お金。

地位。

名誉。

物。

便利さ。

そして時には、人からの評価まで。

人間の欲には、不思議なところがあります。

「これだけあれば満足だ」

と思っていたはずなのに、手に入れると、しばらくしてまた次のものが欲しくなる。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

向上心も、夢も、文明の発展も、「もっと良くしたい」という思いから生まれてきたのでしょう。

しかし、その「もっと」が、

「自分だけ、もっと」

になった時、何かが変わります。

欲望と「我欲」は同じではない

私は、ここを分けて考える必要があると思っています。

「幸せになりたい」

という願いと、

「他人がどうなっても、自分だけ幸せになればいい」

という願いは、同じではありません。

「豊かになりたい」

という願いと、

「誰かから奪ってでも豊かになりたい」

という願いも違います。

前者を単純に「欲望」と呼ぶなら、

後者は**「我欲」**と呼べるのではないでしょうか。

つまり我欲とは、

自分の欲望を満たすために、他者の幸せを顧みなくなった状態

だと私は考えています。

同じ「欲」でも、向きが違う

ここで、二人の人を想像してみてください。

一人は、

「もっとお金を稼いで、自分だけ贅沢な生活をしたい」

と考えています。

もう一人は、

「もっとお金を稼いで、家族を幸せにしたい。困っている人の役にも立ちたい」

と考えています。

どちらにも、

「もっとお金を稼ぎたい」

という欲があります。

でも、その先に見ているものは違います。

一方は自分だけを見ています。

もう一方は自分と誰かを見ています。

私は、この違いがとても大切だと思うのです。

愛情にも「欲」がある

「愛情」と聞くと、欲望とは正反対のもののように感じるかもしれません。

しかし、愛情にも強い願いがあります。

親が子どもを見て、

「この子に幸せになってほしい」

と願う。

大切な人が苦しんでいれば、

「助けたい」

と思う。

誰かが喜んでくれれば、

「もっと喜ばせたい」

と思う。

これも、一つの「求める心」ではないでしょうか。

ただし、我欲とは大きな違いがあります。

我欲は、

「自分が喜びたい」

で終わります。

愛情は、

「あなたにも喜んでほしい」

と願います。

「自分か、他人か」ではない

ここで誤解してほしくないことがあります。

愛情を中心に生きるということは、

自分を犠牲にして、他人のためだけに生きる

という意味ではありません。

自分も幸せになる。

そして相手も幸せになる。

自分の喜びと、相手の喜びがつながっていく。

私は、そこに本当の愛情があるのではないかと思っています。

親しい人が喜んでいる姿を見て、自分まで嬉しくなった経験はないでしょうか。

子どもの笑顔。

家族の笑顔。

友人の笑顔。

自分がしたことで誰かが喜んでくれた時、私たち自身も嬉しくなります。

不思議ですね。

人間には、

「誰かの喜びを、自分の喜びにできる心」

があるのです。

問題は「何を欲するか」

だから私は、

「欲を捨てなければ幸せになれない」

とは考えていません。

むしろ大切なのは、

自分は何を求めているのか。

ということではないでしょうか。

自分だけの満足なのか。

それとも、自分と誰かが一緒に喜べるものなのか。

同じ「欲」でも、その向かう方向によって、結果は大きく変わります。

もしかすると、人間が克服しなければならないのは「欲望」そのものではなく、

自分だけを中心にしてしまう「我欲」

なのかもしれません。

そして、ここで新しい疑問が生まれます。

では、なぜ人間には「我欲」が生まれるのでしょうか?

誰かを愛する心を持っているのに、

なぜ私たちは時として、自分のことばかりを優先してしまうのでしょう。

私は、この問いの中に「人間とは何か」を考える大切な手がかりがあるように思います。

次回は、

「なぜ人間は、自分を一番に考えてしまうのか?」

について、一緒に考えてみたいと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。