ソコラ哲学。 -125ページ目

出雲旅行6日目『帰るところ父あり』

こう長々と書いてたので、ちょっと寂しいですが、本日は台風が一応過ぎたので大阪へ帰ります。まぁ…相変わらず風は強かったですが。

朝はゆっくりじぃちゃんたちと過ごして、それから母方のじぃちゃんちに行きました。…なんせ同級生なもんで近いんですよ。
じぃちゃんと別れるときはちょっと寂しかったです。でもまた年末に帰るからね。

母方の家を探索したあと、母方のおばあちゃんとお昼を食べにでました。オイラは…懲りずにまたうどん。…まぁいいやないか。
その後はワイナリーに。一応、ぶどうも栽培しててワインの産地でもあるんです、出雲。
で、ワインの試飲できたりお土産買えたりできる、赤レンガの建物。

島根ワイナリー

けっこうデカイ建物群でっせ。

そしてこんなポスター発見。

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そうそう、島根で唯一甲子園ベスト8(4やったかな?)になった浜田高校のエース和田君。地元出身としては珍しい。島根は県外の中学から選手を引っ張ってきて強化するのです。
まぁ高校野球のあり方としてどうかと思いますがね。その中でも地元の中学出身(んでもってどうもおとんおかんと同じ中学らしい…)で、ここまでエースになるのはすごいことですなぁ。

そら地元も応援しますわな。

そんな中を選挙カーが走っておりました。そうか。選挙近いな。ここは例の官房長官、細田氏と竹下登の弟、竹下亘氏がいるのである。まぁ、選挙区が違うのだが、出雲市は竹下氏、その出雲市に統合された旧平田市は隣の選挙区で細田氏、というおかしな地域なのです。
そもそも同じ出雲市で選挙区が違うとかおかしいし…。それなら平田市と合併する時に選挙区も変えるようにすりゃいいのに。
まぁ、そんな出雲市の中で、平田市とギリギリに接している我がじぃちゃんたちの地区は、どっちの選挙区の車も近くを通るのである。


まぁそれはいいとして、母方のばぁちゃんに出雲市駅まで送ってもらい、再びそこからバスで大阪へ。

なんとも寂しいですなぁ。帰りは大阪行きだからか、人も多かった。寝たりゲームしたりで、夜の7時半にはオイラんちの最寄の駅まで帰ってきたのです。というか、なぜかそこにバスが止まってくれるのです。
で、おとんが迎えに来てくれないかと電話すると、すぐ目の前にあるバス停におとんが!!!

なんて近距離で電話してんだお前らw

それにしてもタイミングよすぎやし。
ということで、おとんと友人と3人で晩御飯を食べてから帰りました。(友人はさらにバスに乗らなきゃいけなかったのですが…)




長いようで短い旅行でした。

こんな拙い文章ではあるけども、おそらくみなさんが出雲に行ったことがないだろうということで、自分なりに精一杯、出雲の良さをアピールしたつもりです。
少しでも出雲に行きたいと思ってくれれば幸いです。

是非旅行に来て地元活性化のために観光してください (ヲイ)

ともあれ、これないとしても、旅行記を読んで楽しかったよ、と思ったら、一言でもいいです、なにかコメントを残してもらえると嬉しいです。
その一言が、これからの日記を書く励みになります。


こんな〆切遅れな筆者ですが、今後ともよろしくお願いします。

長い旅行記でしたが、読んでくださったみなさん、ありがとう!!


 

出雲旅行5日目『居るところ難あり』

…朝からものすごいです。風。

台風が接近ということで…バスが運休(笑) 本日、大阪に帰れなくなりましたw


しゃあないから堤防の方に暴風を感じに散歩(ヲイ!)

はぁ~警報が出る台風真っ只中って風はこんなのかー。飛んじゃうな~。やべぇなぁー。


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前から思ってたんやけども、このマンホール、なんだかわからんけどかわいいんよな。ほら、「オシアゲ→」なのが(笑)


帰ってきて、何もすることがないのでまったりしてると、じぃちゃんにお客さん。こんな日にか?

いや、むしろこんな日だからこそ、暇なんだろう。(ヲイ)


おばさんが来てたんだが…

また言われました。


「ほんにはーちゃんにそっくりやねぇ」(微笑み)




もういいっす…。なんだかんだ言って、この旅行中に3回は言われました。そのセリフ。


あ、そうそう、昨日の話ですが、もし、昨日のオイラの日記で少しでも石見に興味持ってくださった方!ありがたいですなぁ。
よければこの本を読んでみてくださいな。雑誌の特集なんで、もしかするともう店頭にはないかもしれないけども…
おいらももちろん持ってます

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狐くんクリックするとホームページにいきます。この自遊人シリーズ、前から気になってるのですよ。けっこう粋なのが多くて。


夕方近くになって、じぃちゃんが近くの遺跡につれていってくれると。…もちろん青木遺跡ではなくもうちょい遠いところで。
車で10分ちょいだったかなぁ。

荒神谷遺跡、実は10月に博物館がオープンするんです。その入り口のホールにだけ入れて、少しだけ展示物を見ることができました。

↓後日見つけた記事

荒神谷遺跡に博物館 国宝21年ぶり地元で展示

 国内で最多の銅剣が出土した島根県斐川町の荒神谷遺跡に10月6日、博物館が開館する。国宝に指定された銅剣や銅鐸(どうたく)など計60点が1月9日まで特別展で展示される。
 地元での展示は発掘から21年ぶり。博物館は地元住民や企業から約3億5000万円の募金が寄せられ、起債などもして建設された。
 荒神谷遺跡では1984年、向きをそろえ埋められた358本の銅剣が出土。全国での出土総数を上回った。
 翌年には国内で唯一、銅矛(どうか)と銅鐸が一緒に埋納されているのも見つかり、銅剣は九州、銅鐸は近畿とされていた弥生時代の青銅器の出土分布を塗り替えた。
 藤岡大拙館長は「ようやく悲願がかなった。展示物だけでなく古代の雰囲気を残す発掘現場をぜひ見てほしい」と話している。(了)
(共同通信) - 9月28日18時26分更新



まぁそこで、銅鐸のレプリカとか当時の剣の再現したものとか触れるわけですよ。けっこう重くていいですよ。ずっしりしてて、早く振り回したいって思った☆(ちょっと危険思想)

そして、近くに公園がありまして、遺跡と同じくらいの年代の家を再現したり、周りには子供が遊べるような遊具を木でつくったりしてあります。


…といいつつ、最初に撮った写真がコレ

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ボケ。



…こういうネタ探し癖、なんとかせなあかんな。


これがその竪穴式住居再現。

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大きさをわかりやすくするために比較物体をば。…オイラのじぃちゃんw

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入り口狭いけど、中は結構広かったですよ。

んで、もって、ここは飯盒炊爨ができるキャンプ場にもなってるようで、広い流し場がありました。


…すると…どこからともなく、ネコの鳴き声がする…
どこからだろうと探すと、工具置き場と壁の間でした。まだ小さい子猫。しかも…エサが欲しくて鳴いてるようだが、呼んでも出てこない。出ようと身を乗り出すが、出れないようだ。

…弱ってるのかなぁ、と思っていると、かわいそうに思ったのか、友人はネコをそこから出してやって、水道のところから水を運んできました。
…でも飲まない。 まぁ、こんだけ雨降ってんだから喉は渇いてないかもな。


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しゃぁない、ここらへんなら食べるもの(自然のもので)あるやろし…と思ってあきらめようとしたところ、なんと、みゃーみゃー鳴きながらついてきてしまいました。

しばらく、丘の上やらを散歩してたのだが、階段もしっかりついてきてみゃーみゃー。ほんまにおなかすいてて、ご飯くれると思ったのでしょうか。
友人をお母さんか何かと思ったのでしょうか。

もう、まるで













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親子。


しかし、おじぃちゃんに呼ばれて、丘から降りて戻ろうとすると、下りの階段を下りきったところでまったくついてこなくなりました。
ずっと悲しそうな目でこっちを見てるんです。 


このときほど、自分の無力さを感じたことはありません。(いや、そんなことはないけども)
自分だけできていたなら、拾ってあげれたかもしれない。毛並みは悪くないし、きっと捨て猫です。
おやつを忍ばせていたらあげれたかもしれません。これから台風が一番近づいてくるというのに、あいつは飛ばされないだろうか。
でもおじぃちゃんの家につれていくわけにもいかない。


とっても悲しくなりました。
もちろん友人も泣きそうな顔でした。

どうしてついてこなくなったのか。
おじぃちゃんのところに行くのをみて、ついてきちゃいけないと悟ったのか
何かのナワバリから出たからか
ただ単に「こいつらエサくれねぇよ」と思ったのか


できれば最後のであってほしいです。くれねぇなら今晩は自分で探すっきゃねぇな ぐらいの図太いやつであってほしいです。そうすればあのあ台風の中でもたくましく生きているはずだから。


今度行ったとき、またアイツがいたら、どれくらいたくましくなってるか見ておこうと思います。

…その帰り、道路に轢かれた野良ネコが横たわっていました…





…賢くなってこうならないように生きろとほんまに思いました。


なぜか人生の辛い部分を学んでしまったようなボーナス1日でした。


 

出雲旅行4日目『世界遺産スペシャル』

祝!世界遺産登録候補記念!ということでボリュームアップしてお送りしたいと思います。(単に写真がデカイだけ)

本日は台風の中、オイラが今回の旅行で最も楽しみにしていた石見銀山に行って来ました!というか、今日もじぃちゃんに車のっけてもらったんやけども。
石見銀山は島根県といっても、出雲からはだいぶ遠い西にあります。まぁ、江戸までは出雲の国、石見の国って分かれてたくらいだしな。

その石見の国の一番大事な場所といっていいのが、銀山。ここがあるからこそこの石見の国は注目されていたのです。

世界遺産候補 石見銀山ホームページ

基本的には大森地区のことを指します。というか、今一般の観光客が見学可能な間歩(まぶ)があるのがこの大森。
間歩というのが、要は銀を探して掘り進めた穴。唯一見ることができるこの龍源寺間歩に行って見たい!と思っていたのである。まぁ、心構えとしては鍾乳洞に入るのと同じ感じなのだが、人が掘っているってのが大事なポイント。
ほんまに人が掘ったんかい!ってくらいすごいんですわ。

でも、大森地区といっても、入り口にあたるの大森代官所跡(今は石見銀山資料館)から龍源寺間歩までは3キロ近く離れている。
⇒参照地図050905_map.JPG
クリックしたら別窓にとってもいい地図が出ますw(ほんまかい!)

…てゆうか、頑張ってスキャンしたから見てや。…無断で載せたらやっぱり怒られるかな?んーでも、石見銀山PRのためだ。許してもらおう。(ヲイ)
一応断りの表示もないし、……  もし関係者の人が見たら…こっそり連絡ください。
だって、この地図の方がわかりやすいんだもん。


実は、今日のためにオイラたち二人は銀山のことを勉強してきました。昨日の晩、じぃちゃんが銀山の資料というかクイズがついてるパンフレットを持ってきて、そのクイズを解きたいがためにめっちゃパンフレットに目を通したので、かなり銀山通になって今日の日を迎えたのです(笑)
だからこの地図を代官所近くの観光センターでもらったときも、「ああ、知ってる」という名前ばかりという、かなり変わった観光客でした。
じぃちゃんは地域のイベントなどで、何度か銀山に来たらしく、かなり詳しい…。

代官所跡から車で数分、龍源寺間歩まであとちょっとというところで、車が通れないところまで来たので、友人と二人で歩いて行くことに。じぃちゃんは車で待機しとるんやと。
やっぱり雨が降ってるからか、山奥だからか、とっても暗い。

そして、着いた先で見たものは…


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間歩入り口

…正直、怖い。

入場料400円を払ったら、さぁ!入ろう…



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…ほんまに?めっさ怖いねんけど、ここ。受付のおじさん一人で、あとは薄暗く雨の音がしとしと  そして山の中

今旅行中最大の恐怖スポットです、マジで。
ちょうど後ろに、大学生らしき男子3人組が来て、なんとなくほっとした気分で、でも意を決して入りました。


…さ、


寒ッ!!!!



夏だというのに何この寒さ!





半袖で入ったのを後悔して腕をさすりながら先へ進む。ほんまにRPGのダンジョンにいるくらい、何か出そうでした。そういう意味でも寒かった。

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人が通っていいメインの通路のほかに、いくつもの分かれ道があり、四方八方に銀を求めて掘り進めた様子がわかる。
この写真も、そんな横穴の一つ。人一人が四つんばいで入ってぎりぎりという大きさ。草が生えてるあたりが妙にリアル(どういうこっちゃ)


怖いというわけではないが、じっくり観察しながら歩いていると、後ろの兄さんたちも追いついてきた。うーむ。安心すべきなのか、恐怖感が減って残念に思うべきか…。
まぁ…怖いのか寒いのか、友人は早く出口に行きたそうでしたけどー(笑)


これを人の手で掘ったというのがすごい…
むしろ、それだから世界遺産候補である。普通、まだ銀が出るとなると、いくら貴重な遺産でも、掘ってやる!!っていうダメな大人が必ずいる。
だからこそこういう銀山は世界遺産にあまりならない。つまり、現代機械(ショベルカーとか)の手が加わった上に、すぐ近くまで道路開発されてしまうからだ。しかし、幸か不幸か、石見銀山はそんな文明開化が起こる前に、銀がほとんど採れなくなってしまった。

そして、何万という人が何百年かけて手で掘った穴がそのまま放置されたのである。そして、その貴重な跡だからこそ、世界遺産登録候補なのである。
つまり、これは自然遺産でも普通の建築遺産でもない、「歴史遺産」なのだ。そのことは後でまた詳しく解説する。

真ん中あたりまで来ると、道が二手に分かれ、正面の道は、この通り。

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…この先にはまだまだ生々しい人の掘った跡があるのだな…落石などの関係で入れないが、…むしろあまり入りたくない。
というか、ここで亡くなった人はほんとに多いと思う。          …出そう… (ぇ?)


左の道に進むと、ゆるい上り坂になっており、途中に銀山についての説明が書いてあった。遠く先に光が見え、あ、出口だ、と安心する。出口につくころには、先ほどの3人組以外に、社会人らしき男女3人も合流。

…いや、お互い話さないのだが、なぜかまとまって歩いてる(笑)


そとは、ちょっとじめっとした感じ、だけど、やっぱり間歩から出たせいか暖かくて嬉しい。

ここは通り抜けなので、行きとは別の道を通り、途中でメイン道路につながる(地図参照―右上)

もちろん間歩は500以上存在するので、道を下っている間にも無数の穴(柵で入れないが)がある。そして、それぞれに発見順(たぶん)の数字が打ってある。

ちょっと怖い穴があったので紹介。

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…言っておきますが、これは真昼間に撮影してます。いかに森の中で暗いかお分かりかと思いまする…
途中に香木師なる人の銀の店を発見しました。…もちろん江戸時代にタイムスリップした気分になる佇まいで。

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なんとなく寄ってみると、ほんとに銀細工などが打ってました。当時使われていた銀貨とかも飾ってありました。
しばらく見ていると、畳に座って草をひらすら金槌で叩いていたおじさんが話しかけてきました。

それは何だ、これはこういうものだ、という解説から始まった。友人が家族のお土産に香り袋を買ったので、そのまま話続けて30分近く居座っていたような気がする…
間歩や石見銀山の歴史、そしてもちろん栄えた江戸時代の話など、ほんとに奥が深かった。
そして、おじぃちゃんが昨日鍛えてくれたおかげで、銀山通の我々二人はおじさんの話がスイスイ理解できたので、よけい盛り上がったのでした。
いつ発見されたのか、どうしてここまで栄えたのか、どんなことがあったのか


●毛利元就が石見の国を治めここを直轄地にしたこと
●鉄砲伝来に見られるような外国船の往来の目的はこの石見銀山の銀だったこと
●だから鉄砲伝来は偶然ではなく必然であったこと
●そして、その証拠に、スペインやポルトガルなど大航海時代の地図には日本の石見の国は書かれていても、江戸や大阪はかかれていなかったりすること  ⇒ポルトガル人の作った地図
●関が原ののち、幕府を開いて正式に江戸幕府が日本各地を統治するまで3年かかったというのに、合戦のたった3日後に家康が石見の国に来て「今日からここは我輩の直轄地だ」と宣言したというくらい重要視されていたということ
●最盛期の初代石見守、大久保長安は派遣されてきた当時すでに長野の金山で手腕を発揮していた引き抜き凄腕奉行であったこと
●下向きになりかけた頃、山師の安原伝兵衛が、夢に出てきた場所を掘ったら大量の銀が発見され、この身分では普通にはありえないのに家康に謁見できたこと(それくらい家康は銀山を大事にしていた)
●その謁見した時の服が今でも博物館に所蔵されていること
●外国との貿易で、レート的に金より銀が活躍して出回っていたこと、その世界で出回っていた銀の3分の1は石見産であったこと
●だからこそ、金の方が価値は高いイメージなのに、未だにおカネが集まる所を【銀行】と呼ぶこと


などなど…まだまだみんなに伝えたいことはたくさんあるけれど、ほんとに歴史の勉強になることばかりでした。

安原伝兵衛や吉岡出雲など、普通の観光客は知らんだろう人名を我々二人が知っていたのでおじさんも大喜び。おじぃちゃんが予習して行けって言ったから勉強してきたと言うと、おじぃちゃんは偉いと頷く。

『よく勉強してきたな。褒美としておぬしらにこれをつかわしてしんぜよう』
といって、なんと、おじさんが発見した銀鉱のかけらをタダでくれたのです!!!!



もうこれは一生の宝ですたい。勉強していってよかったーー!

ちなみに、この吉岡出雲の関係で吉岡隼人、調べたらマップにも載ってる清水寺(せいすいじ―舞台から飛び降りるところではない)の記事が出て、中の文章を載せますと

 清水寺の熊谷弘孝住職の妻百合子さんは、格天井に「私の実家の家紋もあります」と教えてくれた。百合子さんは、江戸初期、優れた鉱山師として活躍した吉岡隼人(はやと)を祖とする吉岡家から嫁いだ。家紋は梅。格天井は、ともに銀山開発に打ち込んだ長安と地役人の吉岡らが奉納したとみられる。
参照サイト

これ見て笑った。高校時代の友人ならわかってくれるかな?うちわネタです。

まぁ、これを見てもわかるとおり、この石見銀山というところは、他の世界遺産、自然遺産と違って、【勉強してきて初めて】その価値がわかるところです。中学生の修学旅行で来るようなところではありません。
子供連れで来てもとっても退屈でしょう。

しかし、ちゃんと勉強してくると、その奥深さに感心してしまいます。みなさん!しっかり勉強してから観光に来ましょう!


そして、先ほどの話になりますが、これらのようなことからもわかるとおり、歴史遺産である。歴史的な価値が高いのである。
だからこそ、昔の佇まいのままであってほしい。

先日、同じように候補の平泉にもいきました。そして、世界遺産になって困っている屋久島や熊野、そして自然が破壊されてしまうのではないかという知床。
日本の世界遺産登録は観光名所になるだけで、保護にはならないと思うのです。人が来るということは汚れること、そう思ったほうがいい。
むしろ東北旅行で見た日光。(日記かいてないよね…ゴメン。頑張るw)

あれはショックでした。どこが世界遺産だと言いたい。あんな観光地に成り下がるだけなら登録されない方がいい。地元の人は有名になっていろんな人に知ってもらえるから登録を願っておられるが、おいらはむしろ石見は登録されない方がいいと思う。
あの人の少なさ、昔の佇まい、車が通れない山道
駐車場ができて車が上まで上がってこれるようになったら終わりなんです、あの風景は

めんどくさくてもあのクネクネ道を自分の足で登って人がいなくて怖い入り口を入って静かな間歩を寒さに震えながら通る

だからこそ当時の様子が体験できるんです
山を下りながら、ここはこのままがいいんじゃないかとずっと考えていました。みんなもできれば世界遺産になる前にここを訪れるべきだと思います。

下る途中に
佐比売山神社 というところにも寄りました。寂れた感じがまた良いです。ていうか、この辺の遺跡は雨の日に入らないほうがいいのではというくらい、怖い。滑るという意味でも…


…のんびりしてると、下に心配そうに待っているじぃちゃんがいました。

…しまった。ごめんじぃちゃん。すっかり忘れて観光してた。
じぃちゃん合流後、山吹城をちらっとみて、先ほどの偉いお方・大久保石見守のお墓もおまいりして、車でぐぐっと代官所跡まで帰ってきました。
台風なのですぐ帰らなければならず、この間の遺跡などは見れずに残念。また絶対きて、報告したいと思います。
最初の観光センターで、雨の日は傘を貸してくれるんです。結構大きくて丈夫な傘。行きに借りて大変重宝しました。ちゃんとお返しして、近くの古い町並みを少し見て回りました。


すると



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…病院。…


一瞬、自分が明治期にいるのかと思いました。いや、大正か、昭和の風景か。とにかく、となりのトトロ気分。(昭和やんけ)
こんな風景に出会えるなんて、とってもハッピーです。今日はタイムスリップしてばっかりです。

さらに代官所の横に、城上神社というのがあります。⇒参考までに

ここには鳴き龍の伝説があり、中でこうやって一人ずつ真ん中に座って手を叩き目を瞑って拝むと、龍の鳴き声があなたにだけ聞こえる…というところ。

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天井にもこうやってあからさまに鳴き龍
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オイラもやってみました。真ん中に座って拍手。目を瞑って……

…確かに、拍手の響きが独特なんです。あれが龍の鳴き声に聞こえるかどうかは別として。でもおもしろいです。やる価値はあります。もちろんじぃちゃんも楽しそうにやってました。



再び車で揺られること1時間以上。じぃちゃんちに帰ってきました。それからは…

お・ん・せ・ん☆

温泉ですよー! 前回行ってからやみつきになっている温泉。じぃちゃんちの隣町に今年できて、さっそく繁盛してるところ。
確か日記にも載せたな。例のゆらりです。⇒8月14日の記事


きもちよか~~

そしてそのままその温泉のところにあるバイキングで晩御飯w めっちゃおいしいもんばかり食べてるこの旅行。


こうして、オイラたちの出雲旅行全日程は終わったのでした。
…ああ、あまりに充実してて不安すぎる(笑)