出雲旅行4日目『世界遺産スペシャル』 | ソコラ哲学。

出雲旅行4日目『世界遺産スペシャル』

祝!世界遺産登録候補記念!ということでボリュームアップしてお送りしたいと思います。(単に写真がデカイだけ)

本日は台風の中、オイラが今回の旅行で最も楽しみにしていた石見銀山に行って来ました!というか、今日もじぃちゃんに車のっけてもらったんやけども。
石見銀山は島根県といっても、出雲からはだいぶ遠い西にあります。まぁ、江戸までは出雲の国、石見の国って分かれてたくらいだしな。

その石見の国の一番大事な場所といっていいのが、銀山。ここがあるからこそこの石見の国は注目されていたのです。

世界遺産候補 石見銀山ホームページ

基本的には大森地区のことを指します。というか、今一般の観光客が見学可能な間歩(まぶ)があるのがこの大森。
間歩というのが、要は銀を探して掘り進めた穴。唯一見ることができるこの龍源寺間歩に行って見たい!と思っていたのである。まぁ、心構えとしては鍾乳洞に入るのと同じ感じなのだが、人が掘っているってのが大事なポイント。
ほんまに人が掘ったんかい!ってくらいすごいんですわ。

でも、大森地区といっても、入り口にあたるの大森代官所跡(今は石見銀山資料館)から龍源寺間歩までは3キロ近く離れている。
⇒参照地図050905_map.JPG
クリックしたら別窓にとってもいい地図が出ますw(ほんまかい!)

…てゆうか、頑張ってスキャンしたから見てや。…無断で載せたらやっぱり怒られるかな?んーでも、石見銀山PRのためだ。許してもらおう。(ヲイ)
一応断りの表示もないし、……  もし関係者の人が見たら…こっそり連絡ください。
だって、この地図の方がわかりやすいんだもん。


実は、今日のためにオイラたち二人は銀山のことを勉強してきました。昨日の晩、じぃちゃんが銀山の資料というかクイズがついてるパンフレットを持ってきて、そのクイズを解きたいがためにめっちゃパンフレットに目を通したので、かなり銀山通になって今日の日を迎えたのです(笑)
だからこの地図を代官所近くの観光センターでもらったときも、「ああ、知ってる」という名前ばかりという、かなり変わった観光客でした。
じぃちゃんは地域のイベントなどで、何度か銀山に来たらしく、かなり詳しい…。

代官所跡から車で数分、龍源寺間歩まであとちょっとというところで、車が通れないところまで来たので、友人と二人で歩いて行くことに。じぃちゃんは車で待機しとるんやと。
やっぱり雨が降ってるからか、山奥だからか、とっても暗い。

そして、着いた先で見たものは…


050905_iwami1.JPG

間歩入り口

…正直、怖い。

入場料400円を払ったら、さぁ!入ろう…



050905_iwami2.JPG



…ほんまに?めっさ怖いねんけど、ここ。受付のおじさん一人で、あとは薄暗く雨の音がしとしと  そして山の中

今旅行中最大の恐怖スポットです、マジで。
ちょうど後ろに、大学生らしき男子3人組が来て、なんとなくほっとした気分で、でも意を決して入りました。


…さ、


寒ッ!!!!



夏だというのに何この寒さ!





半袖で入ったのを後悔して腕をさすりながら先へ進む。ほんまにRPGのダンジョンにいるくらい、何か出そうでした。そういう意味でも寒かった。

050905_iwami3.JPG


人が通っていいメインの通路のほかに、いくつもの分かれ道があり、四方八方に銀を求めて掘り進めた様子がわかる。
この写真も、そんな横穴の一つ。人一人が四つんばいで入ってぎりぎりという大きさ。草が生えてるあたりが妙にリアル(どういうこっちゃ)


怖いというわけではないが、じっくり観察しながら歩いていると、後ろの兄さんたちも追いついてきた。うーむ。安心すべきなのか、恐怖感が減って残念に思うべきか…。
まぁ…怖いのか寒いのか、友人は早く出口に行きたそうでしたけどー(笑)


これを人の手で掘ったというのがすごい…
むしろ、それだから世界遺産候補である。普通、まだ銀が出るとなると、いくら貴重な遺産でも、掘ってやる!!っていうダメな大人が必ずいる。
だからこそこういう銀山は世界遺産にあまりならない。つまり、現代機械(ショベルカーとか)の手が加わった上に、すぐ近くまで道路開発されてしまうからだ。しかし、幸か不幸か、石見銀山はそんな文明開化が起こる前に、銀がほとんど採れなくなってしまった。

そして、何万という人が何百年かけて手で掘った穴がそのまま放置されたのである。そして、その貴重な跡だからこそ、世界遺産登録候補なのである。
つまり、これは自然遺産でも普通の建築遺産でもない、「歴史遺産」なのだ。そのことは後でまた詳しく解説する。

真ん中あたりまで来ると、道が二手に分かれ、正面の道は、この通り。

050905_iwami4.JPG


…この先にはまだまだ生々しい人の掘った跡があるのだな…落石などの関係で入れないが、…むしろあまり入りたくない。
というか、ここで亡くなった人はほんとに多いと思う。          …出そう… (ぇ?)


左の道に進むと、ゆるい上り坂になっており、途中に銀山についての説明が書いてあった。遠く先に光が見え、あ、出口だ、と安心する。出口につくころには、先ほどの3人組以外に、社会人らしき男女3人も合流。

…いや、お互い話さないのだが、なぜかまとまって歩いてる(笑)


そとは、ちょっとじめっとした感じ、だけど、やっぱり間歩から出たせいか暖かくて嬉しい。

ここは通り抜けなので、行きとは別の道を通り、途中でメイン道路につながる(地図参照―右上)

もちろん間歩は500以上存在するので、道を下っている間にも無数の穴(柵で入れないが)がある。そして、それぞれに発見順(たぶん)の数字が打ってある。

ちょっと怖い穴があったので紹介。

050905_iwami5.JPG

…言っておきますが、これは真昼間に撮影してます。いかに森の中で暗いかお分かりかと思いまする…
途中に香木師なる人の銀の店を発見しました。…もちろん江戸時代にタイムスリップした気分になる佇まいで。

050905_iwami6.JPG


なんとなく寄ってみると、ほんとに銀細工などが打ってました。当時使われていた銀貨とかも飾ってありました。
しばらく見ていると、畳に座って草をひらすら金槌で叩いていたおじさんが話しかけてきました。

それは何だ、これはこういうものだ、という解説から始まった。友人が家族のお土産に香り袋を買ったので、そのまま話続けて30分近く居座っていたような気がする…
間歩や石見銀山の歴史、そしてもちろん栄えた江戸時代の話など、ほんとに奥が深かった。
そして、おじぃちゃんが昨日鍛えてくれたおかげで、銀山通の我々二人はおじさんの話がスイスイ理解できたので、よけい盛り上がったのでした。
いつ発見されたのか、どうしてここまで栄えたのか、どんなことがあったのか


●毛利元就が石見の国を治めここを直轄地にしたこと
●鉄砲伝来に見られるような外国船の往来の目的はこの石見銀山の銀だったこと
●だから鉄砲伝来は偶然ではなく必然であったこと
●そして、その証拠に、スペインやポルトガルなど大航海時代の地図には日本の石見の国は書かれていても、江戸や大阪はかかれていなかったりすること  ⇒ポルトガル人の作った地図
●関が原ののち、幕府を開いて正式に江戸幕府が日本各地を統治するまで3年かかったというのに、合戦のたった3日後に家康が石見の国に来て「今日からここは我輩の直轄地だ」と宣言したというくらい重要視されていたということ
●最盛期の初代石見守、大久保長安は派遣されてきた当時すでに長野の金山で手腕を発揮していた引き抜き凄腕奉行であったこと
●下向きになりかけた頃、山師の安原伝兵衛が、夢に出てきた場所を掘ったら大量の銀が発見され、この身分では普通にはありえないのに家康に謁見できたこと(それくらい家康は銀山を大事にしていた)
●その謁見した時の服が今でも博物館に所蔵されていること
●外国との貿易で、レート的に金より銀が活躍して出回っていたこと、その世界で出回っていた銀の3分の1は石見産であったこと
●だからこそ、金の方が価値は高いイメージなのに、未だにおカネが集まる所を【銀行】と呼ぶこと


などなど…まだまだみんなに伝えたいことはたくさんあるけれど、ほんとに歴史の勉強になることばかりでした。

安原伝兵衛や吉岡出雲など、普通の観光客は知らんだろう人名を我々二人が知っていたのでおじさんも大喜び。おじぃちゃんが予習して行けって言ったから勉強してきたと言うと、おじぃちゃんは偉いと頷く。

『よく勉強してきたな。褒美としておぬしらにこれをつかわしてしんぜよう』
といって、なんと、おじさんが発見した銀鉱のかけらをタダでくれたのです!!!!



もうこれは一生の宝ですたい。勉強していってよかったーー!

ちなみに、この吉岡出雲の関係で吉岡隼人、調べたらマップにも載ってる清水寺(せいすいじ―舞台から飛び降りるところではない)の記事が出て、中の文章を載せますと

 清水寺の熊谷弘孝住職の妻百合子さんは、格天井に「私の実家の家紋もあります」と教えてくれた。百合子さんは、江戸初期、優れた鉱山師として活躍した吉岡隼人(はやと)を祖とする吉岡家から嫁いだ。家紋は梅。格天井は、ともに銀山開発に打ち込んだ長安と地役人の吉岡らが奉納したとみられる。
参照サイト

これ見て笑った。高校時代の友人ならわかってくれるかな?うちわネタです。

まぁ、これを見てもわかるとおり、この石見銀山というところは、他の世界遺産、自然遺産と違って、【勉強してきて初めて】その価値がわかるところです。中学生の修学旅行で来るようなところではありません。
子供連れで来てもとっても退屈でしょう。

しかし、ちゃんと勉強してくると、その奥深さに感心してしまいます。みなさん!しっかり勉強してから観光に来ましょう!


そして、先ほどの話になりますが、これらのようなことからもわかるとおり、歴史遺産である。歴史的な価値が高いのである。
だからこそ、昔の佇まいのままであってほしい。

先日、同じように候補の平泉にもいきました。そして、世界遺産になって困っている屋久島や熊野、そして自然が破壊されてしまうのではないかという知床。
日本の世界遺産登録は観光名所になるだけで、保護にはならないと思うのです。人が来るということは汚れること、そう思ったほうがいい。
むしろ東北旅行で見た日光。(日記かいてないよね…ゴメン。頑張るw)

あれはショックでした。どこが世界遺産だと言いたい。あんな観光地に成り下がるだけなら登録されない方がいい。地元の人は有名になっていろんな人に知ってもらえるから登録を願っておられるが、おいらはむしろ石見は登録されない方がいいと思う。
あの人の少なさ、昔の佇まい、車が通れない山道
駐車場ができて車が上まで上がってこれるようになったら終わりなんです、あの風景は

めんどくさくてもあのクネクネ道を自分の足で登って人がいなくて怖い入り口を入って静かな間歩を寒さに震えながら通る

だからこそ当時の様子が体験できるんです
山を下りながら、ここはこのままがいいんじゃないかとずっと考えていました。みんなもできれば世界遺産になる前にここを訪れるべきだと思います。

下る途中に
佐比売山神社 というところにも寄りました。寂れた感じがまた良いです。ていうか、この辺の遺跡は雨の日に入らないほうがいいのではというくらい、怖い。滑るという意味でも…


…のんびりしてると、下に心配そうに待っているじぃちゃんがいました。

…しまった。ごめんじぃちゃん。すっかり忘れて観光してた。
じぃちゃん合流後、山吹城をちらっとみて、先ほどの偉いお方・大久保石見守のお墓もおまいりして、車でぐぐっと代官所跡まで帰ってきました。
台風なのですぐ帰らなければならず、この間の遺跡などは見れずに残念。また絶対きて、報告したいと思います。
最初の観光センターで、雨の日は傘を貸してくれるんです。結構大きくて丈夫な傘。行きに借りて大変重宝しました。ちゃんとお返しして、近くの古い町並みを少し見て回りました。


すると



050905_iwami7.JPG


…病院。…


一瞬、自分が明治期にいるのかと思いました。いや、大正か、昭和の風景か。とにかく、となりのトトロ気分。(昭和やんけ)
こんな風景に出会えるなんて、とってもハッピーです。今日はタイムスリップしてばっかりです。

さらに代官所の横に、城上神社というのがあります。⇒参考までに

ここには鳴き龍の伝説があり、中でこうやって一人ずつ真ん中に座って手を叩き目を瞑って拝むと、龍の鳴き声があなたにだけ聞こえる…というところ。

050905_iwami8.JPG

天井にもこうやってあからさまに鳴き龍
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オイラもやってみました。真ん中に座って拍手。目を瞑って……

…確かに、拍手の響きが独特なんです。あれが龍の鳴き声に聞こえるかどうかは別として。でもおもしろいです。やる価値はあります。もちろんじぃちゃんも楽しそうにやってました。



再び車で揺られること1時間以上。じぃちゃんちに帰ってきました。それからは…

お・ん・せ・ん☆

温泉ですよー! 前回行ってからやみつきになっている温泉。じぃちゃんちの隣町に今年できて、さっそく繁盛してるところ。
確か日記にも載せたな。例のゆらりです。⇒8月14日の記事


きもちよか~~

そしてそのままその温泉のところにあるバイキングで晩御飯w めっちゃおいしいもんばかり食べてるこの旅行。


こうして、オイラたちの出雲旅行全日程は終わったのでした。
…ああ、あまりに充実してて不安すぎる(笑)