仕事で女の子とお話した。

1台のPCの画面を二人でくっついて眺めてると

良い香りが漂ってきた。気持ちの良い香りだ。


僕はその良い香りのする女の子が

どんな顔だったか確かめる。

ちらっと見てみる。

期待はしてなかったけど

やはりあまりかわいくなかった。

(知ってたけど)


良い香りのする女の子は看護士さんで

背が高くて生まれつきの痩せ方で

歯が気持ち出っ歯で笑うと歯茎が少し目立つ。

隠す努力によって上唇がだらしなく下に垂れてしまうタイプの顔だ。

歯茎や唇については健康的なので僕敵には全然問題ない。


昔、男2女2で長野にスキー旅行いったときの

女の子の一人が良い香りのする女の子と似てたことを思い出す。

エロいゲームなんかして、僕と良い香りのする女の子に似た子が

ベッドに入ってイチャイチャしてたら濡れていたので挿入しようとしたら

「付き合ってくれると言ってくれないと入れちゃだめ」

と言われたので僕は「そんなこと言えないよ」と断ったら

その子がちゃんと舐めてくれて、上手かったので僕はすぐに射精してしまった。

あの子は今なにしてるんだろうと懐かしくて優しい気持ちになった。


良い香りのする女の子とその後もPCの画像をチェックした。

僕の勘違いかもしれないが段々距離が縮まってくる。

こんなのをラポールっていうのかなと僕は一人笑いながら考える。

究極のラポールとは幸せを願う気持ちなんだと

自己啓発系のCDかなにかで聞いたことが頭の中でこだまする。

匂いのラポールも想像してみよう。


僕はもう一度良い香りのする女の子の顔をじっと見つめる。

やはり長野のスキー場の近くのホテルのベッドでの子、

付き合うこと=挿入の女の子が思い浮かび離れない。

匂いは絶対に違うはずなのに。


付き合うこと=挿入の女の子は確か柑橘系の匂いだったように思う。

さわやかだけどすっぱい匂いだ。

出会い系で遊びつかれた主婦のせつなさが漂う香りだ。


甘ったるくて柔らかくて幸せなお菓子の匂いに

猫が喉をゴロゴロ音をさせながらすりすりするように甘えたい。

今日はそんな気分だ。


時々、臭くなりきってる僕の体を丁寧に舐めてくれる女の子もいるが

僕はその感情についてはまったく理解不能だ。


アメリカのモールに入った瞬間に嗅ぐ強烈な甘い香りに惹きつけられる。

シナモンロールと僕は結論する。

なにかとてつもなく僕に期待を持ちかける能力がある匂いなのだ。

素粒子
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素粒子とは物質を構成する最小の単位で

この映画はそこらへんがテーマになっている。


支配欲と性欲が素粒子レベルで関係し

結局行き着く先は無意識レベルや

霊魂とかそんなレベルのことなのだと僕は解釈している。


意識や霊魂が物質かどうか僕は定義できないが

限りなくそれらに近づいていくと仮定すれば

やはりそこらへんが素粒子になるということだろう。


性欲におぼれる兄と遺伝子の研究者で童貞の弟の物語で進んでいく。

母親はヒッピーで瞑想的で父親は別々で、はじめて紹介する場面が象徴的だ。

滑稽さや悲劇さも適切で性欲と悲劇性がいかにもフィットしている。


お兄さんのブルーノは「Little Miss Sunshine」のスティーブ・ガレルに

そっくりで僕は大好きだ。賞をとることもうなずける演技だった。

彼女役は僕がアメリカで昔付き合ってたドイツ人の子にそっくりだったので

僕はブルーノと同化してしまう恐怖から逃げるように

この映画に深入りしたくはないという気持ちが芽生えてしまった。


愛している人の自殺や壊疽。

審判を下さなければいけない状況がどこからともなく発生する。

無意識レベルでは自分で判断が出来るはずはないし

最初から物語りは出来上がっている。


誰かをせめるべきではないし

最終的には許す権利のみが人間に与えられている。


愛液と精液は素粒子レベルではまったく同じもので

あふれ出てくる別々の液体にまみれた男と女は同化し

その部屋にもそれらの同化した液体が同化していく。

二人はその部屋を去っても同化してしまった素粒子は

その部屋に永遠に生息し続ける。

そんな映画だ。




飲みに出て機嫌よく女の子たちとエロ話を楽しんでたら

やすからメールが来た。

「タロウの連絡先もう消すつもりだったけど

なんとなくメールしちゃった。」

もうすぐやすは結婚するので

僕と連絡取り合うのはやめようと先日提案されたばかりだった。


「今日、酔っ払ってるけどあとから行っても良い?」と僕はメールする。

「考えてみる…」とやすから即効で返信がくる。


「考えてみる…」のメールに飲み屋の女の子からどよめきがおこる。

典型的な馬鹿っぽい飲み屋の女の子たちだから仕方がない。


僕は昼間にまみに大量の精子を吸い取られてたので

やすとエッチすることには気乗りがしない。


ありきたりの言葉も思い浮かばないので

しばらく放置してると

「タロウはいっぱい遊んでくれる女がいていいね」

と30分くらいしてテーブルの上に開いてた携帯が点灯する。


TUTAYAで借りたドイツ映画の「素粒子」に出てくる淫乱で

ヒッピーのお母さんのことが頭に浮かんできた。

しかも僕はこの映画の最後30分をみていない。

ドイツ人とヒッピーって違和感がありすぎるし

ドイツのミニシアター系映画にはあわない音楽に少しいらだちを覚えて

そんなこと考えてたら腹がたってきたので

隣に座って一緒にやすとのメールのやりとりを楽しんでた子の

おっぱいの柔らかさについて哲学的な見解を表現しあって楽しんだ。


朝、やすからメールが来る。

「連絡先消そうと思うからタロウも消してね」


やすは何を求めてるのか僕にはよくわからない。

ていうかいつまでたってもこんな関係が続いていくように思えてしまう。


それはそれで良いと思うし

もし僕が会いたくなかったらやすにメールをしないし

やすも会いたくなかったら僕にメールをしないだろう。

ただそれだけだ。


僕たちは物語を必要としているのかもしれないが

物語の中で僕たちは主人公になる必要はなく

僕たちの横顔が一瞬だけでも小説に登場することのほうが

物語的にはフィットするように思う。


ある評論家はそこに消化不良感を覚えるかもしれないが

僕たちはそれに満足するだろうし

いたって普通の恋愛で健康的だとも思うのだ。