飲みに出て機嫌よく女の子たちとエロ話を楽しんでたら

やすからメールが来た。

「タロウの連絡先もう消すつもりだったけど

なんとなくメールしちゃった。」

もうすぐやすは結婚するので

僕と連絡取り合うのはやめようと先日提案されたばかりだった。


「今日、酔っ払ってるけどあとから行っても良い?」と僕はメールする。

「考えてみる…」とやすから即効で返信がくる。


「考えてみる…」のメールに飲み屋の女の子からどよめきがおこる。

典型的な馬鹿っぽい飲み屋の女の子たちだから仕方がない。


僕は昼間にまみに大量の精子を吸い取られてたので

やすとエッチすることには気乗りがしない。


ありきたりの言葉も思い浮かばないので

しばらく放置してると

「タロウはいっぱい遊んでくれる女がいていいね」

と30分くらいしてテーブルの上に開いてた携帯が点灯する。


TUTAYAで借りたドイツ映画の「素粒子」に出てくる淫乱で

ヒッピーのお母さんのことが頭に浮かんできた。

しかも僕はこの映画の最後30分をみていない。

ドイツ人とヒッピーって違和感がありすぎるし

ドイツのミニシアター系映画にはあわない音楽に少しいらだちを覚えて

そんなこと考えてたら腹がたってきたので

隣に座って一緒にやすとのメールのやりとりを楽しんでた子の

おっぱいの柔らかさについて哲学的な見解を表現しあって楽しんだ。


朝、やすからメールが来る。

「連絡先消そうと思うからタロウも消してね」


やすは何を求めてるのか僕にはよくわからない。

ていうかいつまでたってもこんな関係が続いていくように思えてしまう。


それはそれで良いと思うし

もし僕が会いたくなかったらやすにメールをしないし

やすも会いたくなかったら僕にメールをしないだろう。

ただそれだけだ。


僕たちは物語を必要としているのかもしれないが

物語の中で僕たちは主人公になる必要はなく

僕たちの横顔が一瞬だけでも小説に登場することのほうが

物語的にはフィットするように思う。


ある評論家はそこに消化不良感を覚えるかもしれないが

僕たちはそれに満足するだろうし

いたって普通の恋愛で健康的だとも思うのだ。