■マリコ先生の自己紹介
・東京都江東区で個別学習塾を25年経営
・小中高の学習塾の先生&経営者
・中央大学法学部
・児童心理カウンセラー
・進路アドバイザー
・ナリ心理学®︎認定心理アドバイザー
LINEセッションマスター
小6漢字ドリル(市販)
「先生、親不孝ってなんですか?」と生徒の質問を逆に「何だと思う?」って生徒に聞いてみると、
「親は、親自身が不孝になってはいけないってことですか?」って返ってきた。
大人は簡単に「親不孝はするな」と、子どもに言うけど、そもそも「親不孝」「親不孝者」とか簡単に使う言葉なんだろうか?
「親不孝」があって「子不幸」の漢字はない。
そもそも「親不孝はするな」とは何か?
まず一般的な意味から整理します。
親不孝はするな
→ 親を悲しませるな
→ 親に迷惑をかけるな
→ 親を大切にしろ
という【道徳的スローガン】です。昭和初期のような言葉に聞こえます。
ここには、暗黙の前提があります。
【親は正しい存在】
【親は子どものために尽くしている存在】
【だから子どもは感謝し従うべき】
この3点の前提がセットになっているのでしょう。
ここで大事なのは、子どもは
親を選んで生まれてきていません。
育て方を決めたのは親です。
環境を作ったのは親です。
つまり、
【責任の主体は親側にある】
にもかかわらず、「親不孝するな」だけが教えられると子ども側にだけ道徳的義務と罪悪感が乗ります。
これは構造的に歪んでいないのかな?と思うのです。
親不孝はするなと刷り込まれた子どもは、
🌷自分の人生を生きると(親の決めた志望校以外に行きたい)罪悪感を感じます。
🌷自分の幸せを選ぶと(留学したいけど経済的に無理だから我慢する)親を裏切った気がする子ども達がいます。
我慢して
我慢して
我慢して
我慢して
これが、大人になっても自分で決められない、「嫌です」が言えない我慢癖があるにつながります。
だから、
子どもは、親を幸せにするために生まれてきた存在ではないのです。ましてや、親が子どもを幸せにする側なのです。
したがって
親不孝はするなよりも、親は子どもを不幸にするなのほうが構造として正しいのです。
親の人生と子どもの人生は別物だし、
親が満たされるかどうかは
親自身の責任であり、
子どもは
自分の人生を生きていいのです。
子どもは親の機嫌取り要員ではない!
子どもは自分の人生を生きる存在!
時代遅れの道徳がそのまま残っている漢字ドリルなのです。
このブログ
みんなに読んでもらいたい。
ではまた。
■ちえチャンネルYouTubeはこちら

■読まれているブログ
Instagramたまに更新
Facebook毎日更新

















