わが国の農業について、衰退の歯止めとして国策として「農業の大型化」が進められようとしている。農業従事者の高齢化、後継者不足の現実を前に農地の遊休地化・荒廃に歯止めをかけるためには農業の大型化は重要な施策であると言えよう。しかし、現実問題として中山間地など狭小であったり不便な農地においては忌避されて大型化は不可能である。
しかしながら、先祖伝来の農地を守ろうとする農業従事者、農業に従事することで生きがいを持って生きている小規模・零細の農業従事者(高齢者がほとんどだが)も現実には存在する。あるいは、農業に興味・関心を持ち農業に従事したいという若者や都市から農村部への移住者も多くはないが存在する。そのような小規模・零細の農業従事者も希望通り農業に従事できる方向での施策も必要であると考える。
重要なのは、農業を通しての「働きがい」と「経済的自立」である。われわれはものもらいではなく、農家への個別の補助金を要求しているのではない。工夫もせず汗もかかないのに補助金に頼ろうとする補助金頼みの農業を求めているのではない。そうではなくて、生産や流通・販売の面での指導・サポートを求めているのだ。われわれ農業従事者は「農業に従事したい」のであり、好んで先祖伝来の農地を手放したくはないのである。しかし、ごく一部を除いて1ヘクタール未満の小規模・零細農業経営者は実年収50万円以下であって、ほとんどはバイトやパートの方々の年収以下で何とか赤字を出さずにすめばありがたいというレベルである。我々が求めるのは、工夫し汗をかけば食べていけるのだ、という行政のサポートが欲しいということです。
わが国から食糧生産の根幹である農業の火を消さないために、農業従事者の後継者不足に歯止めをかけるためには、農業従事者個人個人に補助金などを恵んでくれと言うのではなく、何らサポートもせずに従事者個々の自己責任でやりなさい、といって放置しておくのではだめだと言いたいのです。国家繁栄のために国策として第2次産業、とりわけ重化学工業への偏重がひいては農業などの第1次産業の軽視・切り捨てのしわ寄せとして第1次産業の低迷が生じ、都市部への人口流出と農山漁村部の人口減少・後継者減、地方の経済的低迷を引き起こしているわけですから、「地方創生」を言うなら、農山村部の活性化・経済的復興を国として(経済的繁栄は犠牲にしても)喫緊に取り組むべきだと考える。
「臭いニオイは元から絶たなければだめ」なのであって、日本農業の低迷、農業従事者の激減、人口の都市流出・地方経済の衰退、地方の高齢化・限界集落の増大等に歯止めをかけなければならないし、歯止めをかけるには、このような状況に陥った原因を取り除いていかねばならないことは自明のことである。そのためには思い切った政策転換が必要である。そこに国家行政が乗り出せない・乗り出さないというならば、これらの地方衰退に本気で歯止めをかける気がないのだと思わざるを得ない。
上記の主張は以前からブログでも述べてきたが、今日1月27日の神戸新聞の記事で<たんば商業協同組合理事長>の畑道雄氏が述べておられることが私の主張したいことをより的確に表現しておられ、嬉しくなったので長くなるが引用させて頂く。
「……農業のチャレンジに幅を広げ、小規模でも<美しい農業文化><農村、風土、風景>を守る意識を持ちながら続けることのできる農業が大切だと思う。地方では人と人の絆の深さ、穏やかさからくる人柄、助け合い、真に地元愛を守り続ける心、それらを見失うことなく発展してこそ、地方創生なのではと思う。」
そう、私もそういうことが言いたかったのです、ということです。口先だけの「地方創生」などもう不要です。国であろうと地方公共団体であろうと「政治」に関わる政治家ならば本気で何とかしようと知恵を絞り汗をかいて頂きたい。
過日に続いて同内容のことを述べていますが、私よりも的確な表現に出会ったもので、引用・ご紹介しました。
それでは今日はここまでで…… ごきげんよう。