雲ひとつない青空へ  -19ページ目

雲ひとつない青空へ 

しがらみや矛盾のない世界にするためには、きっとしがらみの中で闘う人が必要で。で、あるならば、世界の抱えた最後のしがらみに、私たちはなりたいのです。

こんにちは。
年の瀬の邂逅、太郎です。

2週間続く腹痛の正体を探らないまま、年越しは海の近くで想いに耽る予定。



「『僕は知っているよ。ちゃんと見てるよ。頑張っている君のこと』」




不完全燃焼。

その一言で片付けられるんじゃないかな、と想うこの1年。

組織としては、伸びました。

成長角度もいい、およそ700%成長。

多分切り取ってみたら、そんなに悪くない1年だったはず。

でも、振り返ってみると気づかない内に壁と戦って、知らない内に足をとられていて、最後は自分自身の停滞と向き合った1年だったような気がします。





昨日、小栗旬さんの情熱大陸のDVDをたまたまBOOKOFFで見つけて、寝る前に眠気眼をこすりながら見ていて。

手にとったのも、なんとなく。

『リッチマンプアウーマン』の日向徹は大好きだけど、それ以外の「小栗旬」を僕はあまり知らなくて、なんか山田優さんほっぽいて遊んでるという噂を聞いていたり、なんか芸能界をぶっ壊すようなアツさを垣間見ていたり・・・そのくらい。

だから、本当になんとなく。





映像の中の小栗さんは同い年の24歳。

睡眠時間3時間でのハードスケジュールをこなす中にある若さと、役者としてのプロ意識に度肝を抜かれ、朝目覚まし代わりに2回目を見ました。

「だって、『小栗旬脱いだらカッコ悪いじゃん』って言われるの癪じゃないですか(笑)」に始まり、自分の24歳がまだまだいかに甘いかを突きつけられる始末。

空いた時間で筋トレかぁ、あんまり考えたこともなかったなぁとか。

うらやましかったのは蜷川幸雄さん始め、怒ってくれる人がいたところ、それもきっとクリティカルに怒ってくれる人がいたのだろうな、と。

わかっていても結局どうしたらいいのか難しい時こそ、自分一人で戦うのは結構辛い。

僕なんかもまだ一緒に戦える仲間がいるからいいけれど、自分の目の前のことに精一杯の仲間の視野を広くし、叱咤し、鼓舞する人間が自分の弱音を吐いてはいけないと恩師からの教えを貫いたのはよかったものの、結局今年最後の3ヶ月はなんだか一人相撲をしていたような、そんな気分。





生きる、のは簡単。



でも、



活きた感覚は、難。





自分自身で改善できるところに対しての改善については自信があるけれど、とうとうその枠を超えた失敗にもなってきて、あらまぁ兎角難しいのです奥様。

結論として上がってきたもの、それは、自分の器が結局まだまだ小さい。

組織を次のステップに行かせるためには、自分が殻を破らなければならない。





みんなにずっと言ってきたんです、今年。

「自分の殻を破ろう」

って。





でも、これはもう自分の殻を破らねば先はない。

自分が進化を止めてしまったら終わりだ。

イチローさんは毎年バッティングフォームを変えるらしいですね。

すなわち、安住は、ない。

僕はあと何回脱皮したらいいのだろう。








・・・考えるだけでわくわくしてきますね。笑








ビジネスの世界に足を踏み入れてからというもの、これほどに無力感を味わい続けたことはありません。

でも、それでも少しづつ乗り越えてきたのも事実。

年の割に、少しは考え進んでるかも知れない。

少しは視野広いかも知れない。

少しは心広いかも知れない。

少しは愛に溢れているかもしれない。

少しは志が高いかも知れない。







褒めてくれる人だっていて、結果だってまあまあ出ていて、調子に乗ろうと思えば多分いくらでも乗れるし、来年はもっときっと調子に乗れるはず。





でも、そこじゃない。

そこじゃないんです。





孫正義さんも、イチローさんも、上杉鷹山さんも、宗次徳二さんも、小栗旬さんも、みんなすごいんです。

周りの経営者さんもみんなすごいし、同い年とか同じくらいの年のみんなも、経営者とかサラリーマンとか関係なく、みんな頑張っていて。

ただ、問題はそういうことじゃないし、誰かになりたいわけでもないし、誰かと比べるわけでもなくて。

僕は僕の中の僕と、神原太郎の中にある神原太郎の理想像と常々戦い続けていて、そうすべきで、この3ヶ月、僕は初めて大敗を喫したと感じている、そういうことなのです。

それは、目に見える結果とかの問題だけでなく、純粋に自分の実感として、悔しさとふがいなさがにじみ出る感覚、そういうことなのです。





でも、その無力感、敗北感を持って、ブレイクスルーが起こること。

そのことも僕はよく知っていて。





それを乗り越え続けた先に、きっとやっと見えてくるわけで。







あと10日くらい欲しかった今年に名残惜しいけど別れを告げて。

来年は帝国の逆襲ならぬジェダイの帰還、ならぬ・・・なんだろう。笑

神原太郎のなんちゃらを誰より自分自身に見せることのできるように。





年末年始は知らない土地で瞑想します。





でも大体答えは見えていて。

それはとても喜ばしいことなのです。






守りたいものが増えれば増えるほど、
日に日に僕の背中の重みは増していく。

大好きなバンドの歌詞を少し思い出しながら。






きっとこの方がね。

頂上にたどり着いた時、思い切り笑えるんだぜ。





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こんにちは。
大乱闘スマッシュブラザーズ!、太郎です。

ふぁるこんぱあーんちっ



「僕らはいつだって『痛み』から逃げようとしてしまうんだ」

認めること、ってとても痛い、そう想います。

社内では、誰かの痛いところを付く役割も担わなければならないので、いつでも研ぎ澄ました刃とその刃傷を拭う優しさとのせめぎあいの中に己の身を置いて、絶えず刃寄りに傾けながらメンバーと精進を続けています。

ただ、自分が自分への「痛み」を感じる瞬間ってあんまりないんですよね、立場上。

元々、あまり失敗も多くはない方だし(大きな挫折は何度か、その度乗り越えて今)、自分を甘やかそうと思えばいくらでも甘やかせるわけなんですが。

ここ3ヶ月くらいは、個人的には反省しっぱなしで。

「本当は自分だけが悪いわけじゃないのだろうけど、結局自分の責任として捉えるしかないもの」であれば、そんなものの尻拭いはもはやお手の物だし、そんなことはどうでもいいのですが、いざ自分の決断やら何やらの「失敗」が浮き彫りになると、なかなか受け入れることも難しいもので。

大きく見ると自分の失敗で、小さく見てみれば自分の不手際とはとりにくいような事実ほど、プライドがなかなか邪魔をしてくれるような、そんな話。

金ケ崎の退き口の信長のように、命からがら逃げ帰る話とは今の資本主義社会じゃ随分色味が違いすぎて、これはなかなかその温さが難しいものだとも想います。

がしっと行きたい、そのために来期のことは「知略の限りを尽くす」と決めて。

写真が愉快であることがせめてもの救いです。





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こんにちは。
正気の沙汰じゃない、太郎です。

あ、寒さの話です、最近の。



「その表情を知っているから、受け止めてあげられるだけ」

自分が打開したい「なにか」を持っている時ほど、最近の僕は人には頼らないのだなぁと認識していて、その「なにか」を打開する方法を先を行く人のいろんなエッセンスや、また今他の「なにか」にぶつかっている人の問題を一緒に解決してあげることで帰納法的に考えてみることが多いのです。

土曜日はここ最近にしては珍しく、半日程度の時間を他人のために費やして。

今は、誰がために時間を費やすより先にやらねばならぬことがあるので、自分のため、仕事のための時間を大きくとらねばならぬことは明白で、むしろそれだけでよくて。

根本的に自分の何が変わったわけではなくとも、それが今やるべきことだというだけの話なのですが。

ただ、自分にも今超えたい壁がある、自分にも今拓きたい道がある、からこそ、同じようにそれらを抱えている後輩たちに時間を作ったような、そんなイメージ。

「人に教える」「人を導く」ということ自体、僕はあまり好きではなくて、むしろ1mmの喜びも覚えないもので。

ただ、それを通じて、その人が幸せになってくれるならそれはとても嬉しいけれど。

だってね、僕はまだ知らないことがたくさんあって、自分を高め、自分がスケールし、自分がよくなっていかねばならぬ青臭いガキなわけなのですから。

そんな他人様のためだけの行動をとるべきフェーズの人間ではない、自分のことはそういうふうに捉えています。

僕は経営者(の卵)ですから、やることは、「経営」、それだけ。






でもね、その土曜日の半日を通じて6人くらい会ったのかな?、すごく想ったことがたくさんあったのです。

みんないろんな違うものを抱えて僕のところに来たわけなのですが(その前に久々会った仙台の女帝は、あいつはまた妙なエピソードばかり抱えて特に会いに来てくれただけだったけれど。笑)、その根本にある原因が見えるわけです。

それはまるで透けて見えるかのような話で。

学生の頃からそんなことばかりやっていたから、特段それがスペシャルなことであるわけではないのですが、その時に一番感じたことは「ああ、これ俺知っているからわかってあげられるんだよな」ということ。

「人が人の気持ちを理解できる」なんてのは戯言にすぎなくて、100%なんか天地がひっくり返ってもわかってあげられるはずもなくて、それでも100%理解しようと苦しんでいる人たちと、それを気にもとめない0%の人たちが世の中の大多数を占めていて。





どちらが正しいわけでもない。





昔から人の気持ちがわからないことが多くて、100%わかってあげようとしてなかなかうまくいかなかった日々が、いい塩梅に今の僕の感覚を理論武装していて。

なんだかそれはすごく、とても、ちょうどいい。

悩みの発端など、必ず自分の不足による思考と現実に間に生じた誤差のせいであって、そういうものがなければ人は「考える」「諦める」というソリューションを最初から持っているわけです。

にっちもさっちもいかない事実は笑い飛ばしてあげるしかないし、鋭く尖って今にも人を傷つけそうな感情は包んであげるしかないし、自分の中に渦巻くこの大切な迷いもまた愛してあげるしかないな、と。





でも、そうやってできるのは、結局理論の話じゃなく、同じ目をした人を知っている、同じ響きのある台詞を知っている、だからわかってあげられるだけなんですよね、これが。





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こんにちは。
ハッピーターンを投げつけろ、太郎です。

つまらない顔しているやつにはハッピーターンが投げつけられます、弊社。


(*22歳の春)

「まだまだケツの青いガキんちょには変わりないが」

いろいろ変わったなぁ、と。笑

1.昔なら怒りそうなシーンで自然と笑みがこぼれることに気づいた瞬間
→ムッとする場面なんて、本当はたくさんあるはずで。でもなんかその一つ一つに一々ムッとしていたら本当にもったいなくて。自分の感情をコントロールできるようになったら、無駄に失うものもなくなって。笑っていられる時間も自ずと長くなったような気がして。激情に身を任せることのあった時期に比べたら器用に生きれるようになったなぁと。

2.昔なら泣きそうになりそうな時に自然と笑みがこぼれることに気づいた瞬間
→同じようなことなんですが、泣きそうになる瞬間がなくなって。最近、すごいポエムなことを連ねれば(笑)、涙ってすごく綺麗なもんだなーと想うようになりました。すごく純粋で。いろんなことがあるとなんだか一つ一つにいろいろ感じないものじゃないですか。ただ、「ああ、昔はこういう瞬間に涙したなぁ」と懐かしく笑うだけ。

 もう1つ、壁にぶつかってキツい時とかにそれを楽しめるのも大人になった証拠かなぁと。自分から負荷を楽しめるようになって初めて見えてくる世界って、大学4年生の時に初めて垣間見たのですが、今はどっぷり浸かっていて。もっともっとよくなりたい、そんでもっと組織をよくしたい、そんな気持ちに溢れています。

3.自分勝手に生きれるようになったなと気づいた瞬間
→昔は他人の目を気にして、他人に嫌われないように、他人に合わせて頑張って生きようとしていた時期もあったと想うのです。今は自分勝手ですね、とても。笑 それが逆に大人になった証かな、と感じています。自分の信念以外何も気にならないわけなので、あえて蔑ろにする何かもあるけど、随分楽しく生きているのは無駄に社会’s チルドレンになっていない証拠なのかなぁとか想うこともありますね。






一言でまとめると「己」を大事にできるようになったのかな、と。





他人でも感情でもなく、揺るぎない「己」を。






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こんにちは。
厚切りハムカツ、炒飯おにぎり、唐揚げ棒、太郎です。

朝食、もうちょいまともなもん食べなきゃですね。笑



「志高く」

来年、来期に向けた構想の真っ只中です。

最近、やっと本当の意味で「戦略」のなんたるか、というものを理解してきた気がします。

「戦略」がちゃんと立っていて経営されている方って意外と少ないし、いざとなった時の新しい展開が確信犯でできていなかったりします。

僕らもそんな感じだと想っていて、ただそんな子供な経営はもう卒業しなければならないなぁと、僕の中でも改めて勝負時だなぁと想うここから年末年始にかけての時間。

新規事業に関しても、せっかく協力してくれる方がいるのだから確信犯で攻め抜きたい。

なんかまずは自分の失敗の箇所とか、自分の不足の状態をしっかり受け止めることが大事だなぁと、むしろそこに尽きる。

当たり前のことだけど、いつでも自分が一番正しいわけない、そんな自分中心に世界を回している人はいつかその世界が滅ぶと想うのです。

自分ができていないこと、わかっていないこと、なんて死ぬほどあるし、今まで少し間違えてきたことだってあって、ただそれを自分で認めて改善にかかれれば道は開けると想いますし、逆にそうじゃなかったらそういう人間のまま生きていくわけで。

なかなか人に怒ってももらえないし、なかなか人に意見してももらえないし、意見してもらったと想ったら結構とんちんかんな方向だったりすることも多くて、受け止めるけれど受け入れるほどではなかったりするもので。

でも、そんなことだけやっていたら僕もきっと頭固いプライドだけ高い嫌な大人になっていっても仕方ないような気がします。





自分のプライドは自分でぶち壊して、イケてる大人に脱皮し続けていくのだ。





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