家郷にて | 法橋太郎のブログ

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ポエム 第九回歴程新鋭賞受賞

2021年アラブ語圏にてゴールデンプラネット賞受賞

家郷にて
 H・F氏に

かれは大学を卒業してから、出版社に就職し
た。十年以上勤めて、プロジェクトのリーダ
ーになった。その仕事はシリーズ物の本を完
成させることだった。かれの毎日は熾烈を極
めるほど多忙だった。多くの先生方に原稿の
依頼を催促したり、美術品の写真を掲載する
ために、あちこちに足を運んだ。

そのシリーズを完成させたあとに、かれは出
版社を辞めた。その理由はかれに長子が生ま
れたことだった。東京で子供を育てるより、
家郷に帰って子供を育てることを選択したの
だった。かれはひかりをもとめて集まる夜の
虫のようになるのを嫌った。

かれは家郷でも出版社で出版を任された。副
島種臣が論語から引いたという言葉から、か
れはその出版社を出門堂と名付けた。かれの
本作りは丁寧で、よい本の売れない時代に、
本としての価格も価値も高かったから、売れ
行きはよくなかった。

その後かれは出版社だけでは生活してゆけな
くなったので、何かの縁で県庁に勤めること
になった。主な仕事は古文書の読解だった。
かれは書に通じていたので、その職に就くこ
とになったのだと聞いている。県庁の仕事は
かれにとっては、不本意なものだったらしい。
それでも県庁の出版物として、大隈重信をは
じめ、家郷の歴史的人物の伝記を出版してい
た。

かれは真直ぐな性格だったから、県庁の仕事
に不満も多かった。かれは本作りにその一生
を捧げようとしていた。自分の名をおおやけ
にすることを好まなかった。かれの若いころ
の夢が何だったのか聞くこともなかったが、
かれは少なくともみずからに誠実に生きよう
としたし、事実そういう生き方を通した。そ
れ自体がかれの夢だと言ってよかった。かれ
はここに書いた通り、この履歴書のような一
生を送ることになったのだ。