2024年05月11日(土) 晴
【横浜】最高気温 25.2℃ / 最低気温 16.3℃
鎌倉駅から京急バスに乗って、終点の「大塔宮」で下車。
そこから10分ほど歩いて、瑞泉寺を目指します。
13:24 瑞泉寺
ここから長い階段を上って境内へ。
13:27 やっと山門に着いた~(ゼイゼイ)
『一群の托鉢僧や五月晴 子規』
今日のお天気にぴったりな子規の句が門に掲げられていました。
瑞泉寺にやって来た目的は、「名称 瑞泉寺庭園」
夢窓国師が作庭。
夢窓疎石(1275年 - 1351年)は、鎌倉時代末から南北朝時代、室町時代初期にかけての臨済宗の禅僧・作庭家。
禅庭・枯山水の完成者として世界史上最高の作庭家の一人であり、天龍寺庭園と西芳寺庭園が「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。
13:29
夢窓国師は鎌倉石の岩盤に地形に応じ、地質に即して巧みに彫刻を施しました。
※鎌倉石は鎌倉市および藤沢市周辺に分布する凝灰質砂岩(砂に火山灰が混じって固まってできた岩石)で、柔らかく火に強い。
岩壁の正面に大きな洞(天女洞)を彫って※水月観の道場となし、天女洞の前に池を掘って貯清池と名付けました。
※水面に映る月(水月)を観想する修行法が大乗仏教には存在し「水月観」という名で呼ばれている。
天女洞の東側には座禅のための洞がうがかれています。(岩壁はほぼ垂直なのに、その洞にどうやって辿り着くんだろ?)
貯清池の中央は掘り残して島となしました。
垂直の岩壁は滝、その上方を辿れば貯水槽があって天水を蓄え、要に応じて水を落とすしつらえとなっている。
右側の建物が本堂
池の西側には二つの橋がかかり、これを渡ると池の背後の山を辿る園路に導かれる。
園路を登り錦屏山(きんびょうざん)の山頂に出ると、そこには大きな庭がある(非公開)。
(園路は勾配が急で、登るとしたらかなりキツそう。非公開だから諦めがついて良かった。)
この庭園は、池をはじめ埋没、荒廃していたのですが、昭和44~45年に発掘復原されました。
夢窓疎石の、初期の作庭遺構であり、書院庭園のさきがけをなすものであり、鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園です。
と、凝灰質砂岩が織りなす「岩庭」を楽しみ、そして池に泳ぐカルガモをウォッチング。
軽井沢の川で鴨ウォッチングしてから、ちょっとだけ鴨に興味が湧いてきました。
手前の黒っぽいのがオス、奥の白っぽいのがメスですね。
濃い過眼線、白~クリーム色の顔、嘴は黒で先端は黄色、羽の下部が白い三列風切(さんれつかざきり)といったカルガモ特有の特徴があるので、間違いなくカルガモですね。
庭を鑑賞した後、地蔵堂を見て、みんなで「ほこりだらけで掃除が行き届いてないわね。」「ダスキンをさ~っとかけるだけでも違うのに。」と姑根性を発揮し、富士山ビューポイントで休憩。
13:36 私が撮った雪を被る富士山(ほとんど分からない)
Sくんが撮った富士山。
なんとなく分かる。
「画面をタップして、ピントを合わせれば良いのよ。」
そうなの!? 知らなかったわ~。
写真を撮った後、ベンチに座っておしゃべりタイム。
アバウトな予定しか立てず、ランチのお店も予約していなかったけど、行き当たりばったりで、大いに楽しめる。
鎌倉って良いなぁ~。
学生時代を一緒に過ごした仲間って良いな~。
H子が御朱印が欲しいというので、本堂へ行って申込み。
全員「御朱印帳持って来なかった~。」けど、全員御朱印の申込み(初穂料 500円)
14:20 記念になりますものね。
瑞泉寺は階段がキツいから、そうとう覚悟を決めないとまた来ることはなさそうだし。
家に帰って御朱印帳に貼ろうとしたら、
はみ出しているわ。
やっぱり御朱印帳はしっかり忘れないようにしようと心から誓う。
14:25
上りはキツかったけど、下りを新緑の美しさを堪能しながら瑞泉寺を後にしました。