やるな!ダイジロー。
さてさて、
先日のまかない当番は
随分、
手際もよくなってきた



【ダイジロー】
何を作っているのか
聞いてみると…。

この一件で
【ダイジロー】が、
かなりの
“とろけるフェチ”
だったことが判明。

しかも、
調理にも慣れてきたのか
僕が、
少し目を離している隙に
まかないを作っている
この短時間の間に!
ま、まさか!?



密かに
ドミノ倒しの
世界記録に
挑戦しているとは!

やるな!!【ダイジロー】

そうこうしている間に
時計を見ると。


“10分前”
トレードマークのメガネを
かけなおして、

「そろそろですか。」
【ダイジロー】が本気をだした
その時!!

【オオヒラちゃん】は
英単語の暗記に夢中だった。

よくわからんが、
負けるな!【ダイジロー】

そんなこんなで無事。

【ダイジロー☆ハヤシライス】完成!!
おつかれさまでした。
また次回、
宜しくお願い致します。
先日のまかない当番は
随分、
手際もよくなってきた



【ダイジロー】
何を作っているのか
聞いてみると…。

この一件で
【ダイジロー】が、
かなりの
“とろけるフェチ”
だったことが判明。

しかも、
調理にも慣れてきたのか
僕が、
少し目を離している隙に
まかないを作っている
この短時間の間に!
ま、まさか!?



密かに
ドミノ倒しの
世界記録に
挑戦しているとは!

やるな!!【ダイジロー】

そうこうしている間に
時計を見ると。


“10分前”
トレードマークのメガネを
かけなおして、

「そろそろですか。」
【ダイジロー】が本気をだした
その時!!

【オオヒラちゃん】は
英単語の暗記に夢中だった。

よくわからんが、
負けるな!【ダイジロー】

そんなこんなで無事。

【ダイジロー☆ハヤシライス】完成!!
おつかれさまでした。
また次回、
宜しくお願い致します。
林檎のタルト争奪戦。
さてさて、
先日またしても、
素敵なウェディング・ケーキから
濃厚なチョコケーキまでも
作れてしまう

【patisserie nico (パティスリー ニコ)さん】から
御土産で
美味しそうな
林檎のタルトを頂きました。

ようやく
念願の“御土産ジャンケン”に
初参加できる

【大二郎】
しかし、
この日は僕をいれて
男性スタッフばかり4名

1人は食べれないことになります。

それでは、
早速。
じゃんけんぽい!

もう一回!
あいこでしょ!!

結果は、
といえば…。

初参加だったのに
残念ながら一人負けしてしまった
【大二郎】
ついつい、
自分の手を
見つめてしまう。

勝者組は
といえば、
あまりの美味しさに
瞳孔が開いている

【坂田君】と
ほおばりながら食べる

【武田】と
その様子を
ひっそりと眺める

【大二郎】
美味しい御土産を
どうもありがとうございました。
タパスオキ・スタッフ一同。
patisserie nico (パティスリー ニコ)
福岡県北九州市小倉南区平尾台1-6-1
093-451-2523

先日またしても、
素敵なウェディング・ケーキから
濃厚なチョコケーキまでも
作れてしまう

【patisserie nico (パティスリー ニコ)さん】から
御土産で
美味しそうな
林檎のタルトを頂きました。

ようやく
念願の“御土産ジャンケン”に
初参加できる

【大二郎】
しかし、
この日は僕をいれて
男性スタッフばかり4名

1人は食べれないことになります。

それでは、
早速。
じゃんけんぽい!

もう一回!
あいこでしょ!!

結果は、
といえば…。

初参加だったのに
残念ながら一人負けしてしまった
【大二郎】
ついつい、
自分の手を
見つめてしまう。

勝者組は
といえば、
あまりの美味しさに
瞳孔が開いている

【坂田君】と
ほおばりながら食べる

【武田】と
その様子を
ひっそりと眺める

【大二郎】
美味しい御土産を
どうもありがとうございました。
タパスオキ・スタッフ一同。
patisserie nico (パティスリー ニコ)
福岡県北九州市小倉南区平尾台1-6-1
093-451-2523

シーボルト事件。
さてさて、
先日、
御客様から
またしても
御土産を
頂いてしまった。

【おたくさ】
なんでも、
長崎の銘菓で
文政11年(1828)
長崎に渡航した
シーボルトが
帰国する直前、
当時幕府により
国外に持ち出すことが
絶対禁制とされていた
日本地図と一緒に
この御菓子が見つかり
国外追放処分となるも
泣きながら、
「このスゥィーツだけは
家族にお土産として
テイクアウトしたい。」
と、
哀願したという。
これが俗にいう
【シーボルト事件】である。
その後、
安政5年(1858年)の
日蘭修好通商条約の締結により
追放が解除となり、
翌安政6年(1850年)に
念願の再来日を果たしたシーボルトが
出島にて、
この御菓子を満面の笑みで
買い占める姿を
多数の人から目撃されている。(うそ)
まぁ、
そのくらい
美味しい御菓子です。
いつも、
お気遣い頂き
本当にありがとうございます。
タパスオキ・スタッフ一同。

【フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト】
/Philipp Franz Balthasar von Siebold(1796-1866年)
先日、
御客様から
またしても
御土産を
頂いてしまった。

【おたくさ】
なんでも、
長崎の銘菓で
文政11年(1828)
長崎に渡航した
シーボルトが
帰国する直前、
当時幕府により
国外に持ち出すことが
絶対禁制とされていた
日本地図と一緒に
この御菓子が見つかり
国外追放処分となるも
泣きながら、
「このスゥィーツだけは
家族にお土産として
テイクアウトしたい。」
と、
哀願したという。
これが俗にいう
【シーボルト事件】である。
その後、
安政5年(1858年)の
日蘭修好通商条約の締結により
追放が解除となり、
翌安政6年(1850年)に
念願の再来日を果たしたシーボルトが
出島にて、
この御菓子を満面の笑みで
買い占める姿を
多数の人から目撃されている。(うそ)
まぁ、
そのくらい
美味しい御菓子です。
いつも、
お気遣い頂き
本当にありがとうございます。
タパスオキ・スタッフ一同。

【フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト】
/Philipp Franz Balthasar von Siebold(1796-1866年)






















