先日5月7日(月)大阪区民カレッジ北校で
「梅田の「牛駆け粽」の世界-大阪市北区の民俗」を
話しました。
阪俗研会友でもある聴講者の林晴夫さんに
感想を求めましたところ、
メールをいただきました。
「牛の薮入り」は田植え前か後かに
聴講の皆さんにもお答えせねばと思い、
あえて全文を載せます。
(以下「林レポート」と表記します。)
◇久方ぶりの田野先生の受講でしたが、
田野節、相変わらずの絶好調。
カレッジの事前案内によると、今回の講義は「梅田牛駆け粽」。
???、確か三年前のテーマは「牛の藪入り」だったが。
今回は「粽」がテーマの一つなんや?!
講義の序盤「北区の民俗」、教室のムードは「ふう~ん・・・」。
続く「梅田の場所」になると「ふむふむ!」。
後は午睡も何処へやらで、「粽の解説(?)」には「なるほど」の大納得。
アッと云う間の2時間でした。
以下、田野による書き込み。
ここまでは講義の雰囲気です。
これからの「独り言」に
ボクは踊らされたのです。
◇以下は独り言です。
三年前の受講時「5月5日なのに藪入り・・・、
農事は未だ忙しいのでは」と、
チョット頭の隅に引掛りあったのですが、
何せ当時は、初めての民俗学で
「まあ~そういう事なんや」で忘却の彼方。
でも、今回の受講で何となく合点が行きました。
資料文献の著者の多くは江戸時代の人、
ならば5月5日は旧暦。
成程「牛の藪入り」やったんや。
以下、田野による書き込み。
林レポートによれば
旧暦の5月5日に注目して「牛の藪入り」が
腑に落ちられたようですが、
田植え前か後かの問題では、
ボクは俄然、心穏やかでなくなりました。
すわ大事。
旧暦の5月5日は何の日?
子どもの日?端午の節供?
それがどうして「牛の藪入り」なのでしょう?
先ずは*『広辞苑』で「薮入り」の見当をつけましょう。
*『広辞苑』:新村出編2008年『広辞苑第6版』岩波書店
◇奉公人が正月および盆の16日前後に、
主家から休暇をもらって親もとなどに帰ること。(以下略)
これでは「奉公人が親もとなどに帰る」だけであって
「藪」が「親元」とでも云うのでしょうか?
語源に詳しい*『大言海』を繰りました。
*『大言海』:大槻文彦・大槻清彦著『新編 大言海』
1982年、冨山房
◇やぶ-いり(名)薮入
[遊山、踏青ト同意、藪ハ草深キ義、
都ヨリ草深キ田舎ニ帰ル意ナリ、
野径ニ逍遙スルヲやぶいりト云ヒケム、・・・
「藪ハ草深キ義」とあり、
都に対する「田舎」と読み取られます。
されば、誰が田舎に帰るのでしょうか?
『広辞苑』のごとく
「奉公人」で済ませて良いのでしょうか?
次回、『大言海』の記事を追います。
大阪民俗学研究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登