前回
「次回は《農神「のうがみ」「のうじん」》を地名総覧から検証し、
「野神」の祭神を遡及する予定です」と予告しました。
はたして「祭神」にまで行けるやら?
前回、高知県の「野神」について少し触れましたが、
今回は船路の紀行文で有名な「土佐」で大阪からは遠そうで近い所に
貴重な資料を見つけましたので、其処に没頭することになります。
タイトルは「五月五日」です。
前回の175話では、此の日の行事について挿絵にも載せました。
明日、迎える「こどもの日」以前の行事で、それは陰暦での事です。
まず、*『地名総覧』の「農神」から結着を付けましょう。
*『地名総覧』:『角川日本地名大辞典 別巻Ⅱ 日本地名総覧』1990年
「のう」の付く項目のうち「農神」の「農」は、「農人町」。
それに大阪の東横堀に架る「農人橋」(のうにんばし)といった
農民による開拓に因む地名が多数載せられます。
大阪の農人橋は『摂津名所図会大成』に
「農人橋はいにしへ川西船場の地に田圃多くして、
上町より農人かよひて耕作をなす。
往来のため掛し橋ゆえ斯はなづくとぞ」とあります。
(『角川日本地名大辞典 27大阪府』1983年)
写真図 手前(南)農人橋上からの前方(北)本町曲りの眺め
左(西)船場、右(東)上町 2021年10月18日撮影
懸案の*「農神」は、兵庫県赤穂市に見えるだけでした。
見出し語は「のうがみちょう」でなく*「のうじんちょう」でした。
*「農神」:『角川日本地名大辞典 28兵庫県』1988年
◆のうじんちょう 農神町〈赤穂市〉
[近代]昭和53~現在の赤穂市の地名。もとは赤穂市上仮屋・加里屋の各一部。
地名は明治後期まで地区内に農神社があったことに由来する。
「農神社」が由来とのこと、「のうじん―しゃ」なのか「のう-じんじゃ」とも読め、
ルビがありませんので分かりません。
「のうじん」探しにカウンターの*『歴史地名辞典』にも当たりました。
*『歴史地名辞典』:『兵庫県の地名』日本歴史地名大系第29巻Ⅱ、1999年、平凡社
「赤穂城下」「上仮屋町」の項に現行行政地名に農神町[ルビ:のうじんちょう]の
記載はあるものの近世~近代にかけての記事に
「農神信仰」はおろか「農神社」すら見えません。
*歴史学者による記事を頼りにしました。
*歴史学者:『和歌森太郎著作集』第9巻、1981年、弘文堂、「日本民俗学概説」
◆農神、ノウガミといふ言葉は東北にひろく行はれてゐるが、
関西ではノガミといはれるものがある。
東北のノウガミは関西ではノガミと云うのに戻ってきました。
一文飛ばして引用します。
◆ノウガミはこのノガミのノが伸びたにすぎぬもので、
常民において農業の神といふやうな端的な概念が
本来成立してゐたとは思はれない。…
「農神」とは重箱訓みで、
抽象的で暮らしに息づいた言葉とは到底、思えません。
『日本国語大辞典』と同じ小学館出版の
『日本方言大辞典』1989年に当りました。
◆のーがみ の年取(としと)り
①1月16日。青森県三戸郡083
②12月16日。《のかみさまのおとしこし》[―御年越]青森県上北郡082
◆のーがみさま の御祭(おまつ)り陰暦 6月15日、
この日は畑に出ることを忌む。岩手県気仙郡100
「のーがみさま[農神様]」の項に
「田野、牛馬など農事に関する事柄をつかさどる神。
農業の神」を載せています。
それであっても「方言」とした
「野神」の用字は見当たりません。
久々に民間信仰の権威である学者の*著述に出くわしました。
著述:櫻井徳太郎『民間信仰の研究 下』「第二節 ノツゴ神と野神」
(『櫻井徳太郎著作集 第四巻』1990年、吉川弘文館
◆香川県、徳島県下に分布するノツゴ神を検討するときに、
われわれに大きな衝動を与えるのが
『南路志』に記載されてあるノツゴ神と野神とである。
野神とか野宮が、
ノツゴとどういう関係にあるのか。
その点に少しく触れてみたいと思う。
「大きな衝動」を与えられたとされる『南路志』に
ノツゴ神と「野神とか野宮」とあります。
此処では「野神」と「野宮」が併記されています。
読み進みますとタイトルの「五月五日」が冒頭に見えます。
◆五月五日に牛の健康を祈るために野神へ参るという信仰は、
すでに『南路志』の記載するところであり、
四国地方のノツゴ祭りにおいても、つぶさに実見してきたところである。
「五月五日」は端午の節句です。
「『南路志』の記載するところ」とある*『南路志』の記事に
「五月五日に牛の健康を祈るために野神へ参るという…」に対応する記事を探しました。
*『南路志』:『南路志上巻』闔国之部第9之3「安芸郡下」「宝永風土記」
「馬ノ上村」高知県文教協会、1959年、国立国会図書館所蔵
◆野神三ヶ所有 此所極森迄何之云伝なし
三月三日五月五日九月九日牛馬所持仕者節句祝ひ持参仕候。
『南路志』には「牛」だけではなく「牛馬」、
「五月五日」だけではなく三節句「三月三日五月五日九月九日」が
他にも何カ所か記述され、
櫻井徳太郎と同じ記事は『南路志』には見当たりませんでした。
ともあれ『南路志』には「野神」および関連語彙には、
畿内における野神信仰を説く貴重で豊かな近世の文献です。
暫く焦らず、取り上げ、
やがて懸案の浦江の「野々宮社」に辿り着こうと考えています。
「南国土佐」の近世には、
拙著『水都大阪の民俗誌』2007年、和泉書院において
取り上げた世界との糊代がありそうです。
次回は『南路志』の書誌紹介から始めます。
大阪民俗学研究会代表 田野 登












