「牛の薮入り」は田植え前か後か?(2) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


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前回、「『大言海』の記事を追います」と記しました。
「やぶ-いり(名)薮入」の[ ]内に記された
語原の記事を続けます。


◇(七月十六日ノつといりニ関係アルカ)
 或ハ云フ、孤独、又ハ、遠郷ノ者ハ
 藪林(寺)ニ入リテ遊息シタルニ起ルト、

 

( )内の記事は書き入れとみます。
「七月十六日ノつといり・・・・」がそれです。
「つといり」は同書に「突入」とあって
「・・・入リ込むコト・・・」の記述がありますが、
無視します。

 

前回、誰が田舎に帰るのかを問いましたが、
「孤独」「遠郷ノ者」が挙げられています。
「孤独」は、この文脈では
 老いて子の無い者でしょう。

 

語原の記事を続けます。
◇又、大坂北辺ニテ、
 陰暦五月五日、
 牛ヲ野ニ放チテ遊バシムルヲ、
 牛ノやぶいりト云フト云フ、是等語原ナルベキカ]

 

なんと牛の薮入りを「語原」の一つに挙げています。
慥かに牛にとって「野」は「草深き田舎」に
相当する場所ではありますが、
はたして語原と言い得るでしょうか?
むしろ派生した語句ではないでしょうか?

 

『鷺洲町史』1925年刊行の「牛駈」についての記事の
「牛駈」の割り注に次の記述があります。
◇牛駈
 〈割注:摂陽落穂集に牛の藪入と書せり。
  今古老の語る所に従ひ牛駈と改む〉

 

「牛駈」に書き改めた謂を記しています。
これによれば、
「牛の藪入」は「摂陽落穂集」に書かれたことばで、
「牛駈」は、大正末当時の古老の語ったことばと
解釈されます。

書き言葉と話し言葉の位相の問題が挙げられます。

「牛の藪入」「牛駈」の表記に注目します。

 

梅田の「牛の藪入」に関連する記事を
時系列に沿って列挙します。

①牛の薮入の事:
 『摂陽落穂集』浜松歌国 文化5(1808)年序 第二
②梅田牛駆け粽:
 『神社仏閣願懸重宝記』浜松歌国 文化13(1816)年
③牛の薮入の事:
 「摂陽見聞筆拍子」浜松歌国 発刊年未詳
④牛の藪入り:
 『浪華の賑ひ』暁鐘成 安政2(1855)年刊行
⑤牛薮入:
 『摂津名所図会大成』暁鐘成 安政年間未刊
⑥梅田の牛駈け:
 『浪華百事談』著者未詳 1895年頃 
⑦牛駈:
 『鷺洲町史』1925年刊行
⑧梅田の牛の藪入り:
 『上方』30号 上方郷土研究会編集部 1933年

 

8項目のうち①③④⑤⑧の5項目が「牛の藪入り」で
過半数ですが、『鷺洲町史』に記すように
『摂陽落穂集』に書かれたもので、あるいは、

この書物に追随した表記であると推測されます。
これに対して「牛駈」系は
②の「牛駆け粽」、⑥の「牛駈け」と
該書⑦の「牛駈」です。

「牛駈」系は、話し言葉「かけ」に
漢字を宛てたもので、
「駆」と「駈」の表記の違いが見られまが、
いずれも、早く走らせる意味です。

 

それに対して「牛の藪入り」は
最初から書かれた言葉です。
はたして、「薮入り」の語源と云えるでしょうか?
「牛の藪入り」は
『摂陽落穂集』の著者・浜松歌国による
むしろ造語というべきでしょう。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登

 

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