「梅田牛駆け粽」の舞台を訪ねる(2) | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。


テーマ:

5月7日(月)午後、大阪区民カレッジ北校で
《梅田の「牛駆け粽」の世界
-大阪市北区の民俗-》を
講演するのため、
昨日2018年5月1日(火)、
「梅田牛駆け粽」の舞台を訪ねました。

 

前回は、「梅田牛駆け粽」の舞台となった
梅田道、あるいは梅田堤を推定しました。
「梅田」とは云え、福島との境目でした。
今日の北区と福島区の境界である
田蓑橋筋から北へ旧貨物駅と

阪駅北側の道路とが交叉する
踏切に至る道筋を梅田道と推定したのでした。

 

「梅田」と云えば、
JR大阪駅の東口の

歩道橋が架かる場所を想像します。
その一つが阪神百貨店のある「阪神梅田」です。

写真図1 「阪神梅田」

阪神梅田は工事中です。

現行の地名では「北区梅田一丁目」です。
この先、南に行けば梅田新道です。
ずいぶん、梅田は南東にも及びます。
 阪急梅田のある場所は「北区角田町」です。
写真図2 阪急うめだ本店

「UMEDA HANKYU BLDG」と見えます。
この「角田」は
室町時代の記録*「中島崇禅寺領目録」に
すでに「曾根崎/埋田之内角田」とあり、
「埋田」は「梅田」表記以前と解釈すれば、
「北区角田町」の場所は、梅田の領域となります。
  *「中島崇禅寺領目録」:大阪市史編纂所
            『大阪市史資料』第70輯2008年

 

JR線に架かる「梅田大架道橋」を抜けますと
「ヨドバシカメラ マルチメディア梅田」です。
写真図3 「ヨドバシカメラ マルチメディア梅田」

「Yodobashi -Umeda」と見えます。
現行の地名では「北区大深町一丁目」です。

 

このあたり阪急梅田駅を挟んで
北区芝田町、東に北区茶屋町にかけては
「梅田」が氾濫しています。

そういった中に
綱敷天神社御旅社が鎮座します。
現行の地名では「北区茶屋町」です。
写真図4 綱敷天神社御旅社

急な階段の登り口の案内表示板の末尾は
「・・・梅田の氏神さまとして祀られています」と
結ばれています。
本殿の左側(北側)の祠に
立派な牛の像が安置されています。
触ってお願いをすれば幸運が授かる
「撫で牛」です。

写真図5 綱敷天神社御旅社内の「撫で牛」

「牛と天神さま」という案内表示板を
読みますと
「・・・この梅田では・・・
「牛の薮入り(牛駆け粽とも)」という
行事がありました」と記されています。
続きを載せます。

 

◆その名残からか現在も
 左手の玉姫稲荷神社の例祭日(五月五日)には、
 この故事に倣い、
 神牛像に(花)飾りを付けて、
 ささやかながら晴れの日をお祝いする
 風習が伝わって、
 近世、まだ農村部だった梅田の
 歴史を唯一伝えている神事ともなっています。

 

「梅田牛駆け粽」の今日的伝承が、
神社に場所を移し、
語り伝えられているでした。

 

5月7日の講演に向けて、
ボクは5月5日朝には、
ツツジなどの花に飾られた
牛さんにお目文字するつもりです。

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 代表 田野 登

 

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