水郷海老江の今を探る | 晴耕雨読 -田野 登-

晴耕雨読 -田野 登-

大阪のマチを歩いてて、空を見上げる。モクモク沸き立つ雲。
そんなとき、空の片隅にみつけた高い空。透けた雲、そっと走る風。
ふとよぎる何かの予感。内なる小宇宙から外なる広い世界に向けて。

水郷海老江の今を訪ねての
マチ歩きをしませんか?
海老江で牛の薮入りが行われたことがあります。
写真図1 海老江の八阪神社での牛の薮入り

海老江のことなら
福島区歴史研究会会長の末廣訂氏です。
『なにわ福島ものがたり』同会発行2012年初版に
*拙稿「芦分紀行-近世の福島区域をめぐる-」に
末廣氏から聞いた話を載せています。
 *『なにわ福島ものがたり』
  2012年、福島区歴史研究会編集発行に所載

 

◇『摂州西成郡 海老江物語』の16
頁にご尊父の語られたことが記されていた。
 ●子供の頃、父親から「この道は地下(ジゲ)道や」、
 「この筋は井路川であった」とか聞いたことを思いだす。
 私の家の前は今では八メートルの道ですが、
 大正の末までは井路川で、
 明治三七年生まれの父親が若い頃は、
 家の小舟に牛を乗せて
 浦江の八反田にある田圃まで農作業に行ったという話を
 聞いたことがある。

 

「浦江の八反田」とは、
鷺洲小学校や八阪中学校のあるたりです。
八阪中学校の「八阪」は「八反」からの
命名であるらしい。
それはともかく、「小舟に牛を乗せて」とは、
西日本どこにでもある
田園風景です。

 

いかに海老江が井路が張りめぐらされた
「水郷」であったかは、
同氏作成の地図からも明らかです。
写真図2 末廣訂氏作成の海老江の井路川地図

海老江を歩いていて、
狐に摘ままれたように
迷路に入り込むことがあります。
井路川が埋め立てられた道路に
迷うのです。

 

海老江は、松瀬青々の
「草の春田は年々に家となる」の句に
詠まれるように
今から100年程前は
長閑な田園地帯でした。

牛を使役しての野良仕事ですが、
牛の薮入りの写真がありました。

 

場所は海老江の八阪神社です。
写真図1「海老江の八阪神社での牛の薮入り」を
ご覧ください。

郷土誌『上方』60号、
昭和8(1933)年6月号掲載の写真です。
「牛の薮入り」となれば梅田ですが、
当時、梅田では行われなくなり、
海老江では『上方』同人主催で
イベントとして開催されたようです。

 

それにしましても
本殿で修祓を受ける面々の
主役の牛さんは飾り立てられ
その面構えは分かりかねますが、
菅笠を被る人たちに
「田園」を感じてしまいます。

 

そのような海老江の今を歩きます。

どこに水郷を「発見」するかは、
参加者の皆さんの「直感力」です。

ボクのマチ歩きは、
原地形を探り、
見たことがなくても
郷愁をそそる風景を
想像するツアーです。

大阪あそ歩の海老江鷺洲コースは
5月5日(土)13:00、阪神野田駅スタートです。
大阪あそ歩海老江・鷺洲コースについての
詳しい情報、お申し込みは
大阪あそ歩事務局まで
  ↓ここをクリック
https://www.osaka-asobo.jp/course227.html

 

究会代表
『大阪春秋』編集委員
大阪あそ歩公認ガイド 田野 登