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像を喰った連中 科学と生命に関する一考察(1947年) 

  監督:吉村公三郎

主な出演:笠智衆 原保美 日守新一 安倍徹 神田隆 村田知英子 植田容子 文谷千代子 空あけみ 横尾泥海男

 

 

 

動物園の象・シローがバビソ菌なる病原菌に感染して死んだ。検死した細菌研究所の所員である馬場(原)、和田(日守)、渡辺(神田)、野村(安倍)らの4人は、こともあろうに死んだ象の肉をステーキにして喰ってしまう。自分たちだけならまだしも、シローと仲良しだった像使いの山下(笠)にもその肉を喰わせてしまうのだ。

菌に感染した象を喰っても大丈夫なのか?調べたところ、同じ症例で死んだ象を喰ったシャムの夫婦が30時間で死んだというケースが判明した。

不運にも研究所の小島所長(横尾)は新婚旅行中。残されたタイムリミットは30時間。それまでに血清を打たなければ5人の命が危ない。さんざん手を尽くしたところ、宮城県かどこかの研究所に血清があることがわかり、大至急、特急列車で輸送してもらう。

ところが送られた5本のアンプルのうち、1本が事故で割れていた。和田は自身が犠牲となる覚悟を決め、他の4人に当たりクジを引かせる。

ところがだ。30時間経っても和田の身体に何の異常もあわらわれない。おかしいなぁ、と不思議がっていたところ、小島所長から電話で、「バビソ菌は70以上で加熱すれば死滅してしまうから心配無用」との連絡を受け、皆、胸をなでおろす。

皆、美味そうに喰うねぇ〜!

 

この作品はパニック映画でも恐怖映画でもなく、あくまでもコメディ映画である。後に名悪役となる安倍徹さんと神田隆さんのコメディものもなかなか面白い。シリアス顔の原保美さんは、『ウルトラマン』のガヴァドンの回で土管のオヤジ役を演じたから、実はコメディ好きなのかもしれない。

しかしコメディ映画とは言え、人間が死を覚悟したときに、どのような行動に出るという点でか大いに考えさせられる。

 

ところで、戦時中に空襲で動物園の猛獣が逃げ出して被害が及ぶことを懸念して、国は殺処分を命じた。この映画を観て、「もしかして、殺した後に喰ったか?」と疑惑も浮かんだが、愛情をもって育てた動物を喰えるはずがない。

ドイツの空襲で象を疎開させる『脱走山脈』という映画があるが、これはなかなかの名作。

●永遠の人(1961年) 監督:木下恵介

主な出演:高峰秀子 佐田啓二 仲代達矢 加藤嘉 乙羽信子 野々村潔 石浜朗 田村正和 東野英治郎 戸塚雅哉 藤由紀子

 

 

阿蘇の農村を舞台にした、主人公さだ子(高峰)を取り巻く人々の愛憎劇。それほどの長編ではないが5部構成の作品で、約30年間にわたるさだ子の憎しみを綴った年代記。

 

第1章:昭和7年

阿蘇の小作人の娘・さだ子には、出征中の川南隆(佐田)という恋人がいた。さだ子に横恋慕する大地主の息子・小清水平兵衛(仲代)は片足を負傷して除隊した身だが、自らの立場を利用してさだ子を犯してしまう。さだ子は川に身を投げたが、隆の兄・力造(野々村)に助けられた。さだ子を売ったも同然の自身の行為に苛まれる父・草二郎(加藤)。やがて戦地から凱旋してきた隆は事情を知り、さだ子との駆け落ちを決心するも、村に残された人々への影響を憂い、独り行方をくらました。


 

第2章:昭和19年

さだ子は平兵衛と結婚、栄一、守人、直子の三人の子をもうけていた。一方の隆も結婚し、妻の友子(乙羽)と息子の豊と力造の家にいた。友子は平兵衛の申し出で家の手伝いとして働くこととなったが、さだ子と隆、平兵衛との関係を知り、四つ巴の壮絶な憎しみあいとなった挙句、友子は息子を連れて郷里に帰る。
 

 

第3章:昭和24年

隆は胸の病で村に再び帰ってきた。平兵衛の長男・栄一(田村)はさだ子が犯されたときにできた子だと知り、阿蘇の火口に身を投げて自ら命を絶った。息子を失ったことで、さだ子と平兵衛の憎しみあいは一層エスカレートする。

 

 

第4章:昭和35年

隆の息子・豊(石浜)と平兵衛の娘・直子(藤)は愛し合う仲だったが、親の事情で結婚できるはずがない。そんな2人を不憫に思ったさだ子は彼らを大阪に逃がしてやった。このとき、平兵衛の次男・守人(戸塚)は安保反対デモに参加したことで逮捕状が出ていた。守人から連絡を受けたさだ子は草千里まで会いに行き、金を渡して彼の逃走を助けた。その途中、さだ子は偶然にも友子と出会う。息子の豊に会いたいと願う友子に大阪の居場所を教えた。

 

第5章:昭和36年

隆は胸の病気が悪化し死の床についていた。さだ子は隆を安らかに送るために、平兵衛を30年ものあいだ苦しめていたのは私であることを認めるから、これまでのことを隆に謝ってくれと懇願する。最初はさだ子の頼みを拒否した平兵衛だったが、さだ子のあとをおう平兵衛。長年の憎しみと苦しみがようやく解かれた形で物語は終わる。

 

『永遠の人』とは永遠に愛する人ではなく、「永遠の憎しみ」を表現したもの。オリジナルのフラメンコ調の音楽と歌詞の内容が、一層の悲しさと非情さを掻き立てている。

しかし現実的な問題、憎しみに支配された人生では、いずれ精神が崩壊してしまう。そう思うのは、私が幸せな人生を送ってきたからかもしれない。いずれにしても私には重いテーマ。

 

阿蘇が舞台だけあって、熊本弁の台詞が徹底されている。

特に平兵衛の次男役の戸塚雅哉さんがしゃべる熊本弁は、絶妙なニュアンスといい、ネイティブの臭いを感じる。

●大曾根家の朝(1946年) 監督:木下恵介

主な出演:杉村春子 長尾敏之助 徳大寺伸 三浦光子 大坂志郎 小沢栄太郎 賀原夏子 増田順二 東野英治郎

 

 

母・房子(杉村)と子供たちの大曾根家は、亡き夫の影響から家族全員がリベラルな気風を持つ。昭和18年のクリスマス、長女・悠子(三浦)の婚約者・實成(増田)の出征を祝っていた最中、長男・一郎(長尾)は自身の書いた論文がもとで思想犯として逮捕される。兄の逮捕により、陸軍大佐である叔父の大曾根一誠(小澤)は、悠子と實成との婚約を一方的に破棄するばかりか、自分の地位のため悠子を軍需工場の社長の息子との縁談を強いる。

 

 

そんな中、画家を志す次男・泰二(徳大寺)が召集を受け出征。さらに三男・隆(大坂)は、海軍予備学生を志願する。

空襲で自宅が焼けた一誠は妻の幸子(加原)と大曾根家に身を寄せるが、居候でありながら我が物顔で振る舞う。さらにはいち早く敗戦を知り、大量の食料品や物資を大曾根家に運び込む恥知らずな一誠に対し、ブチ切れた房子は、「この家から出ていけ」と怒鳴る。

次男と三男は返らぬ人となったが、戦争が終わり、實成の復員と一郎の釈放が、大曾根家にとって明日への希望の光となる。


 

戦意高揚映画として製作された『陸軍』(1944年)が軍部から批判されたことで、映画界を干されていた木下恵介監督が戦後初にメガホンをとった作品。

その無念と戦争や軍部に対する怒り、さらには日本のあるべき姿を、以下の八巻画伯(東野)の台詞に込められている。

「日本なんて国はつまらん野心なんぞ起こさんで、穏やかな内福な国として立っていけば良いんだよ。風景が奇麗なのだから、観光事業でも盛んにしてね。 (中略) 軍需生産に使っている電力を農村に振り向ければ、収獲物はかならず倍化できる。それによって国土の狭さを補うのが眼目だ」

現代の日本人に痛感してもらいたいメッセージである。

 

ところで、實成役を演じる増田順二さん。前に紹介した木下作品『わが恋せよ乙女』にも出演した。あまり目立たない俳優さんだが、中村登監督や小津作品でも良い役を演じている。

個人的にはテレビドラマでよく見かける印象があり、いま衛星放送でやっている松原智恵子さん主演ドラマ『別れて生きる時も』で大学生の父親役で登場する。

 

●東京の宿(1935年) 監督:小津安二郎

主な出演:坂本武 岡田嘉子 飯田蝶子 突貫小僧 末松孝行 小島和子 笠智衆

 

 

職工のクチを求めて東京の工業地を彷徨い歩く父子・・・ 喜八(坂本)とその息子の善公(突貫)と正公(末松)の3人だ。野良犬を捕まえてどこかに持って行くと1匹40銭で引き取ってくれるらしいが、善公は犬を売った金で腹の足しにもならない“帽子”を買ってしまう。それを咎められないほど、喜八は困窮しているのだ。

 

そんなこんなで、職がないばかりか家もなく、残り少ない金で安宿の共同部屋に泊まったある日、同室で娘・君子(小島)を連れたおたか(岡田)と知り合う。子供たちは直ぐに仲良くなり、喜八も寡婦のおたかにまんざらでもない。

 

 

さて、いよいよ金が底を尽きかけた喜八は、子供たちに「メシか宿かどちらか」を選ばせる。空腹に耐えられない子らとメシ屋に入り、「今夜は野っぱらに寝るか」と言ったところ、偶然にもその店の主人が昔馴染みのおかやんこと、おつね(飯田)だった。喜八は彼女の口利きで職と住まいを得る。

一方のおたかはと言うと、飲み屋の酌婦として働いているところに出くわした。「こんなことをしちゃいけねぇよ」と彼女を窘める喜八。おたかは君子が疫痢にかかり、その入院費用のために仕方なかったと事情を語る。

 

 

おつねに金の無心をする喜八だが、「冗談ぢゃないよ。あんたにはこれまでもさんざん金の助けをした」と断られる。思いつめた喜八は窃盗で得た金をおたかに届ける。

「それならそうと、なぜ言ってくれなかったんだい」と嘆くおつね。喜八はおつねに子供たちを託し、警察に自首をする。

 


 

『出来ごころ』、『浮草物語』、『箱入り娘』など、いわゆる「喜八もの」と呼ばれるシリーズの最終作。貧乏は仕方ないとしても、犯罪者となった喜八でシリーズ最後となるのはどうにも救いがない。

やむにやまれず金を窃盗する点で、この作品のほうが「出来ごころ」に相応しい感じもする。

 

とは言え、喜八が誰からどのようにして金を盗んだのか、そのシーンは一切ない。あえて描写しないのは、小津監督なりの美学と思いたい。

 

喜八を追う警官役は笠智衆さんだろう。

●出来ごころ(1933年) 監督:小津安二郎

主な出演:坂本武 大日方伝 突貫小僧 伏見信子 飯田蝶子 谷麗光 笠智衆

 

 

喜八(坂本)と次郎(大日方)は同じ工場で働く日雇い職工。仕事が終われば飲んだくれる毎日で、「宵越しの金はもたねえ」という輩だ。そんな喜八だが、富坊(突貫)という1人息子を持つ身。

ある夜、喜八は、製糸工場をクビになり行き場のない若い娘・春江(伏見)に出会う。不憫に思った喜八は、“おかやん”ことおとめ(飯田)の居酒屋を紹介し、春江はこの店で働くこととなる。

 

もちろん喜八は最初から春江に一目惚れなわけだが、当の春江は相棒の次郎のほうに気がある。それを感じとった次郎は、わざと春江に冷たく当たり、喜八に気持ちを向けさせようとする。

 

 

そんなある日、気が大きくなった喜八は、富坊に50銭を渡し、「この金でお前の好きなものを何でも買いな」という。見たこともない大金を手にした富坊は、駄菓子を無茶食いし腹の病気になってしまう。病院に担ぎ込み回復に向かうものの、治療代が払えない喜八。春江は「そのお金の都合は私がつける」というが、女がどのようにして金を工面するか知れたこと。

 

 

そこで次郎が床屋の親方(谷)から金を借り、それを返すために人夫として北海道に行くと言う。春江に別れを告げる次郎を殴り倒した喜八は、身代わりとなって北海道行きの船に乗った。

しかし、船が東京湾を出る前に息子が恋しくなり、川に飛び込み泳いで東京へと戻る。

 

北海道に向かう船の乗客役として笠智衆さんがチラリと出てくる。

 

 

さて、タイトルの『出来ごころ』だが、人生の局面は“出来ごころ”の連続なのかもしれない。

徳山璉さんが歌う『侍ニッポン』の歌詞のなかにも「昨日勤皇 明日は佐幕 その日その日の 出来ごころ」とある。

 

この作品は、松竹映画の名バイプレーヤー坂本武さん主演の「喜八もの」と呼ばれるシリーズ。

音声のないサイレント映画だが、小津安二郎監督は最後まで無声映画に拘った人。つまり「声がなくとも観る者に伝わる演技をするのが役者だ」というのが彼の信念だろう。すでにトーキーが当たり前となった時代でもその考えは崩さず、1935年の「東京の宿」(同じ喜八もの)もサイレントだった。

 

ただしサイレントとは言え、撮影時は台本にもとづく台詞で役者同士が掛け合いをしているから、何を喋っているか、しっかりと観れば口の動きでおおよそは分かるというもの。

 

最近、某投稿サイトにこんな新聞記事の写真が投稿されたのを見た。

読売新聞だろうか。昭和54年1月1日の記事である。

『本紙「チャンネル」タレント関心度』と題した記事であり、リード文にあるように、同紙ラテ欄のチャンネルというコーナーに1年ちょっとの間に寄せられた質問ハガキを集計し、「読者の関心度」として表した記事だ。

 

これによると、デビッド・マッカラムが1位である。

日本におけるデビッド・マッカラムは、『0011ナポレオン・ソロ』が放送されていた1960年代の後半頃は確かに人気があった。彼の人気は主役のソロを抑えるほどで、甘く優しいヴィジュアルが当時の日本の女子たちから絶大な支持を受けた。アラン・ドロンはじめ二枚目スターのアテで有名な野沢那智さんの吹き替えも彼の人気を後押ししたことだろう。私の義理の叔母も、いまだにブロンドヘアの男子を見ると「イリア・クリアキンみたいね」と言うくらいだ。

 

しかし、ここで問題なのは、なにゆえ、昭和45年頃に人気を博した外国人タレントの関心度が、10年近くも経って1位なのだろうかということだ。

昭和54年(1979年)頃と言えば、デビッド・マッカラム出演の話題作はそれほどなく、よほどの映画ファンか、ナポレオン・ソロ時代にファンだった人以外は、彼の名前を聞いても「それ誰?」という程度だったと思う。

諸々察するに、昭和54年当時は今のようにネット検索で何でもかんでも分かる時代ではなく、10年も前のことを調べるのはかなりの労力と時間を必要とする。だから「知りたい」というリクエストから、質問ハガキが多数寄せられたと推測できる。

 

しかし・・・だ。この当時、デビッド・マッカラムに関心を寄せる人が果たしてどれだけの数あっただろうかという疑問も残る。上述した知名度と人気度からすれば、絶対数としてはかなり少数のはずだ。

その証拠に、1位にありながらマッカラムに関する説明がこの記事には一切ないから、これを書いた記者自身、マッカラムのことをほとんど知らないと思われる。

 

以上の点から推測するに、ごく少数、たぶん1、2名の狂信的なマッカラムファンが、執拗に質問ハガキを送り続けたと考えられる。その数が積もり積もって、1位を獲得する結果となったわけだ。

しかも紙面には、「二位に大差をつけて」との記述あるからどれだけキチガイなのだろうか。

いずれにしても、この企画自体が失敗なのは明らかで、どうせ集計するなら1人複数ハガキによる同一タレントはカウントしない基準でやったほうがベターだったと言える。

よほど企画がなかったのか、紙面を埋めるために、手元にある材料を安易に二次活用した結果がこれである。

 

ところで、2位から後を見てみたい。

柴田恭兵さんや中島久之さんなど当時人気だった人がランキングされており、これは十分に納得できる。

4位の合田由美さんは私も知らなかったが、獅子てんや・瀬戸わんやさんの『家族そろって歌合戦』でアシスタントを務めた人らしいから、それなりにお茶の間の人気者だったのだろう。

 

問題は5位の国本良博さんと言う人だ。調べたら、静岡県内で活躍するアナウンサーらしい。全国的に全く知名度がないであろう人が5位にランキングされるということは、件のチャンネルというコーナー自体が、静岡もしくは東海地方版に限定されたものだということが推測できる。

全ては、この「東海地方限定」というのが、今回アップした「マッカラム1位」のオチとなる。

 

昨年のデビッド・マッカラムの訃報を当ブログでも取り上げた。

かつての新聞紙面のコーナーで、自身が1位となったことを、当の本人はご存じなのだろうか。

知らないだろうから、亡くなる前に知らせてあげれば本人も喜んだと思う。

●わが恋せし乙女(1946年) 監督:木下恵介

主な出演:原保美 井川邦子 東山千栄子 勝見庸太郎 増田順司

 

 

赤子のときに酪農農家に拾われた美子(井川)は、その家の男の子・甚吾(原)と実の兄妹のように育てられた。

戦地から5年ぶりに帰ってきた甚吾は、美しい娘に育った美子に心惹かれ、結婚したい気持ちを母・おきん(東山)に伝える。甚吾と美子の仲睦まじさは周囲からも評判で、「それは願ってもないこと」と喜ぶおきん。

 

甚吾を心から慕う美子だが、彼女には野田(増田)という結婚を考える恋人があった。それを知った甚吾は、自分の気持ちを美子に打ち明けられなくなる。美子の幸せを願う甚吾の苦悩と優しさを抒情豊かに描いたラブストーリー。

 

 

美子の婚約者の野田は、戦争で負傷してびっこの足を引きずる身。

野田の不憫を思う甚吾が、「そんな負傷をしなかったら、もっと良かったと思わないか」と言う。

これに対し野田は、「この足を撫でていると、よくも生きていられたと、不自由な足でもたまらなく可愛くなってくる。だから世の中のすべてのことが何でも愛おしく思える」と答える。

木下恵介監督らしい、平和への期待と慈愛に満ちたものすごく素晴らしいシーンだと思う。

 


 

井川邦子さんが劇中で『青春牧場』という歌を歌う。

前にどこかで聴いたことがあると思ったが、いつの修学旅行だっただろうか、やまなみハイウェイを走るバスの中でガイドさんがこれを歌ってくれたのを思い出した。

作品を観た後で改めて聴くと、歌詞の内容が映画のストーリーに見事にマッチしており、良い歌だとつくづく思った。
 

●挽歌(1957年) 監督:五所平之助

主な出演:久我美子 森雅之 高峰三枝子 石浜朗 渡辺文雄 斎藤達夫 高杉早苗 浦辺粂子 加賀ちか子 中村是好 山口弘子

 

 

久我コンビ、恋愛劇の決定版とも言える五所監督作品。

例によってとても複雑な恋愛模様が描かれているため、ストーリーは他から引用した。

 

北海道、最果ての港釧路。霧の深いその街を、兵頭怜子(久我美子)は右手で関節炎を患って以来硬直してしまった左肘を抱え、ゆっくりと歩いている。父(斎藤達雄)は、そういう娘を不憫に思って何回となく縁談をもってくるが耳を傾けない。その孤独な怜子の唯一の救いは、アマチュア劇団みみずく座の美術部員としての仕事である。幼馴染の久田幹夫(石浜朗)も同じ部員で、お互いに心の通じ合うのを感じているが、怜子の心の空虚は、彼によっても満たされはしない。怜子は、ふとしたことで、中年の建築技師桂木節夫(森雅之)と知るようになった。桂木の眼差の中に感じられる「ある空しさ」が、彼女の心を惹きつけたのであろうか。そして、怜子はある日、桂木夫人あき子(高峰三枝子)が、達巳(渡辺文雄)という青年と桂木家の近くの道端で抱擁しているのをみて、桂木の「空しさ」の原因を突きとめたような気がした。大人の傷口に触れることの興味が、怜子を積極的に桂木に近づかせた。その好奇心は、やがて桂木への激しい慕情に変わっていった。

 

この映画では登場人物のほとんどが、空気の如くタバコをガンガン吸うのが良い。

 

久我美子さんも。

森雅之さんも
高峰三枝子さんも

斎藤達夫さんも

渡辺文雄さんも

石浜朗さんも

 

怜子の父の恋人・谷岡夫人役として高杉早苗さんがちょっとだけ登場する。39歳だが、この人は若い頃よりもこのくらいのお歳のほうが魅力がある。

 

●土砂降り(1957年) 監督:中村登

主な出演:岡田茉莉子 佐田啓二 沢村貞子 山村総 田浦正巳 桑野みゆき 日守新一 髙橋とよ

 

 

南千住で温泉マーク♨の旅館を営む阿部たね(沢村)は、一男・二女の3人の子供たちとささやかな生活を送るが、実は、大久保という男(山村)の妾。そんな境遇にありながらも、週に1度かならずたずねてくる大久保を、母子たちは“お父さん”と温かく迎える。

 

しかし、長女・松子(岡田)の結婚話で事態は一変する。母が温泉マークの旅館の女将で、しかも妾であることが恋人・一夫(佐田)の母(髙橋)に知れ、猛反対されてしまう。やがて一夫は見合い結婚をし、松子は絶望のあまり家出をした。

 


2年後、神戸の元町でキャバレーのダンサーとなっていた松子は、ここで一夫と再会する。役所の贈収賄事件に巻き込まれ神戸まで逃げてきたのだと言う。一夫を連れ南千住の母の元に帰る松子だが、「家庭に戻りたい」と願う一夫を自分のものとすべく無理心中に果てる。長男・竹之助(田浦)と次女・梅代(桑野)はたねに、「お父さんと別れて新しい生活を始めよう」と懇願する。

 


梅代役の桑野みゆきさんは、ご存じ桑野通子さんの遺児。イメージは母親とだいぶ違うが可愛らしさはある。

 

むかしは「お妾さんの家」はそれほど珍しくなかった。私の身内にもかつてそうだった家がある。そうした設定に加え、南千住 という場末感漂う土地を舞台としたところが実にシュール。

この南千住は、拙宅からも近く馴染みのある街。

そのむかし、小塚原の処刑場があった場所で、東海林太郎さんが『お駒恋姿』で唄う「引かれて渡る泪橋」のアレだ。道路工事のときに処刑された人の骨がたくさん出てきたせいで、できあがった道路が「骨(コツ)通り」と呼ばれるようになったほど。

また南千住は、JR貨物のターミナル駅と国道4号線、北側にある隅田川の三方が閉ざされた立地のため大きな開発が困難だったのだろう、決して不便ではないが都心から近い割にはこじんまりとした寂しい印象。

現在の南千住は、貨物ターミナルの東側に広がる巨大なマンション群をイメージする人が多い。

●黄色いからす(1957年) 監督:五所平之助

主な出演:淡島千景 伊藤雄之助 設楽幸嗣 田中絹代 安村まさ子 久我美子 多々良純 飯田蝶子 高原駿雄

 

小学生の清(設楽)は母親のマチ子(淡路)と2人暮らし。戦争で抑留されていた父親・一郎(伊藤)が復員したことで、新たな生活のスタートを喜ぶはずだが、清と一郎との関係がどうにも上手くいかな

い。それもそのはず、父を知らずに育ってきた息子の清はイマイチ馴染めないし、実の父親でありながら母を取られた気持ちもあるだろう。方や一郎は復職した会社での待遇に大きな不満を抱え、それが家庭でも表れる。

父と息子のはざまで悩むマチ子。やがて一郎とマチ子との間に子が生まれ、清の疎外感はますます強くなる。

 

以前から小動物や虫を買うことで寂しさを紛らわしてきた清だが、ある日、傷ついた1羽のからすを拾い飼うことに。それを一郎に厳しく咎められ、ついに家出をしてしまう。

清が描いた「黄色いからす」は、誰にも打ち明けられない心の苦しみを表現したものかもしれない。


一郎家族の隣に住む雪子(田中)は養女の春子(安村)と2人暮らしだが、明るく幸せな生活を送っている。子供たちの心を素直に受けとめ、常に理解と優しさを向ける雪子の存在は大きな救いであり、悩むマチ子に対しても今後の家族のあり方を提案する。

 

 

 

しかし・・・ この田中絹代さんの役どころは本当に「ズルい」と言えるほど良い役。

動物を媒介とした家族の関係という点では、アメリカ映画の『子鹿物語』に通じるものがある。

さすがに五所監督の作品だけあって、しみじみとした慈愛が表現された感動の名作。


清の心の支えになる担任教師役の久我美子さんも良い。