
最近、某投稿サイトにこんな新聞記事の写真が投稿されたのを見た。
読売新聞だろうか。昭和54年1月1日の記事である。
『本紙「チャンネル」タレント関心度』と題した記事であり、リード文にあるように、同紙ラテ欄の“チャンネル”というコーナーに1年ちょっとの間に寄せられた質問ハガキを集計し、「読者の関心度」として表した記事だ。
これによると、デビッド・マッカラムが1位である。
日本におけるデビッド・マッカラムは、『0011ナポレオン・ソロ』が放送されていた1960年代の後半頃は確かに人気があった。彼の人気は主役のソロを抑えるほどで、甘く優しいヴィジュアルが当時の日本の女子たちから絶大な支持を受けた。アラン・ドロンはじめ二枚目スターのアテで有名な野沢那智さんの吹き替えも彼の人気を後押ししたことだろう。私の義理の叔母も、いまだにブロンドヘアの男子を見ると「イリア・クリアキンみたいね」と言うくらいだ。
しかし、ここで問題なのは、なにゆえ、昭和45年頃に人気を博した外国人タレントの関心度が、10年近くも経って1位なのだろうかということだ。
昭和54年(1979年)頃と言えば、デビッド・マッカラム出演の話題作はそれほどなく、よほどの映画ファンか、ナポレオン・ソロ時代にファンだった人以外は、彼の名前を聞いても「それ誰?」という程度だったと思う。
諸々察するに、昭和54年当時は今のようにネット検索で何でもかんでも分かる時代ではなく、10年も前のことを調べるのはかなりの労力と時間を必要とする。だから「知りたい」というリクエストから、質問ハガキが多数寄せられたと推測できる。
しかし・・・だ。この当時、デビッド・マッカラムに関心を寄せる人が果たしてどれだけの数あっただろうかという疑問も残る。上述した知名度と人気度からすれば、絶対数としてはかなり少数のはずだ。
その証拠に、1位にありながらマッカラムに関する説明がこの記事には一切ないから、これを書いた記者自身、マッカラムのことをほとんど知らないと思われる。
以上の点から推測するに、ごく少数、たぶん1、2名の狂信的なマッカラムファンが、執拗に質問ハガキを送り続けたと考えられる。その数が積もり積もって、1位を獲得する結果となったわけだ。
しかも紙面には、「二位に大差をつけて」との記述あるからどれだけキチガイなのだろうか。
いずれにしても、この企画自体が失敗なのは明らかで、どうせ集計するなら1人複数ハガキによる同一タレントはカウントしない基準でやったほうがベターだったと言える。
よほど企画がなかったのか、紙面を埋めるために、手元にある材料を安易に二次活用した結果がこれである。
ところで、2位から後を見てみたい。
柴田恭兵さんや中島久之さんなど当時人気だった人がランキングされており、これは十分に納得できる。
4位の合田由美さんは私も知らなかったが、獅子てんや・瀬戸わんやさんの『家族そろって歌合戦』でアシスタントを務めた人らしいから、それなりにお茶の間の人気者だったのだろう。
問題は5位の国本良博さんと言う人だ。調べたら、静岡県内で活躍するアナウンサーらしい。全国的に全く知名度がないであろう人が5位にランキングされるということは、件の“チャンネル”というコーナー自体が、静岡もしくは東海地方版に限定されたものだということが推測できる。
全ては、この「東海地方限定」というのが、今回アップした「マッカラム1位」のオチとなる。
昨年のデビッド・マッカラムの訃報を当ブログでも取り上げた。
かつての新聞紙面のコーナーで、自身が1位となったことを、当の本人はご存じなのだろうか。
知らないだろうから、亡くなる前に知らせてあげれば本人も喜んだと思う。