●母の曲(1937年) 監督:山本薩夫
主な出演:英百合子 原節子 岡譲二 入江たか子 三島雅夫 丸山定夫 伊藤智子 水上怜子 小島洋々 佐伯秀男

医学博士の波多野純爾(岡)を夫に持つお稲(英)は、日々幸せな生活を送っていた。
だが彼女には大きな悩みがあった。それは、貧しい家の生まれであるが故に、家族や周囲に対し強い引け目を感じていたのだ。
そもそも身分が大きく違うお稲と純爾が、なにゆえ夫婦の縁を結ぶことになったのか。
2人の馴れ初めは、20年前にさかのぼる。
純爾の家は父親の死により破産の憂き目に遭い、当時恋人だったピアニストの藤波薫(入江)との結婚を諦めた。
その傷心を癒すため、田舎の温泉に逗留していた純爾を献身的に支えたのが、宿の女中として働いていたお稲だった。
そして結婚した純爾とお稲。2人の間に生まれた娘の桂子(原)は、美しく心優しい娘に成長し、ピアノの才能にも恵まれた。
しかし、令嬢と呼ぶに相応しい桂子の姿が返って、下賎の生まれのお稲の存在を目立たせた。
女学校の母親会では、上流階級の夫人たちから陰湿ないじめを受けるようになった。

女学校の母親会にて、「人生の糧となった本は何か?」と問われたお稲は、正直に「沓掛時次郎」と答えたがために嘲笑の的になってしまう。
それでも夫の純爾はお稲に対し、慈愛の念を抱いている。
彼女が少しでも教養を身につけようと陰ながら精進していること。そして何よりも、自分や娘の桂子に対し常に献身的な愛を捧げてくれるからだ。純爾はお稲の真心に一涯をかけて報いることを心に誓うのであった。
純爾は研究のために3年間ドイツへと渡航することとなった。
彼の不在中、お稲は上流社会の立派な母親になろうと、英語やお花の稽古に精を出す。また桂子のほうも、「お父様がお帰りになったら聴かせたい」とピアノの練習に専念する。

ピアノの稽古に励む桂子。得意曲はメンデルスゾーンのGondelliedだ。
3年ぶりの一家団欒で、桂子はピアノリサイタルのチラシを純爾に見せ、連れて行って欲しいとおねだりをする。
純爾はハッと息をのむ。その演奏者こそ誰あろう、純爾のかつて恋人・藤波薫だった。


ピアノリサイタルのチラシを見せ、連れてってほしいとおねだりをする。
ピアニストとして華々しく活躍する藤波薫に嬉しさを覚える純爾だが、後日、2人は思わぬ場所で再会する。桂子と訪れた山中湖の富士ビューホテルにて、滞在中の薫とばったり出会うこととなった。
これに驚いたのは桂子である。崇拝するピアニストの藤波薫と父親が古くからの知り合いだったことに、感動を隠せない。
20数年ぶりの再会を懐かしみつつ、別れた当時の思いを互いに打ち明け合う純爾と薫。
だが、いまや2人の気持ちは大きく違っていた。お稲と桂子との幸せな生活を何よりも大事にする純爾は、「あの時きれいに諦めたのは正しかった」と振り返る。
方や薫は、「ここであなたとお会いできたのは、よくよくご縁があってのこと」と熱い気持ちが蘇ってきたことをほのめかす。
この会話を耳にした桂子は、自分の父親と薫がかつて婚約関係にあったことを知り大きなショックを受ける。
だからと言って、父親が母と結婚する以前のことを追及したとて意味のないこと。
しかしながら、このことが母を慕う気持ちへと変化したのだろう、桂子は「お母様に早く会いたい」と涙ながらに訴え、予定よりも早く自宅に帰る。

山中湖のホテルで偶然再会する純爾と薫。

桂子は純爾と薫がかつて恋人同士だったことを知ってしまう。

母親が恋しくなった桂子は純爾と共に家路に向かう。
さて、純爾と桂子が中山湖に滞在する間、お稲のところに龍作(三島)という男が訪ねてきた。
龍作は、お稲が実の兄のように慕う人物であり、純爾も彼の世話になった恩がある。夫婦共々旧知の仲なのだ。
あまり幸せそうに見えないお稲の顔色を心配した龍作は、それとなく彼女の近況をうかがう。
お稲は立派に育った桂子を自満に思いながらも、「あの人(純爾)が偉くなればなるほど、自分が惨めに思えてならない」と悲嘆を漏らす。
ところがだ、龍作がお稲宅を訪ねたことでちょっとした騒動が起こってしまった。
2人が一緒にいるところを目撃した母親会の1人・木村博士夫人(伊藤)の下品な勘繰りにより、「お稲さんは夫が不在の間に男を引っ張り込んでいる。何て淫らな人でしょう!」と他の夫人たちに吹き込んだのだ。

お稲を訪ねて来た龍作。旧知の仲の気の良い男なのだが、これがとんでもない騒動になる。

立場の辛さを龍作に漏らすお稲。

あることないことを電話で言いふらす木村博士夫人。
もちろんお稲に疚しいことは一切なく、純爾も桂子も彼女の潔白を信じている。しかし、世間の口に戸は立てられない。
純爾は学部長の木村博士(小島)からも、「お稲さんはいろいろと噂が立っているようだが?」と心配されるが、「彼女は僕の家内です!」と毅然とした態度を示す。
そんなとき、純爾は満州で流行する原因不明の熱病を調査するため、奉天の研究所へと旅立った。
純爾がいない不安を抱えながらも、夫の期待に応えようと努めるお稲であった。
そしてある日、女学校の友人たちを招き、桂子の誕生パーティーが開かれることとなった。
パーティー当日、ケーキやたくさんのご馳走、席の用意など準備に張り切るお稲と桂子。
しかしその裏では、お稲の噂を広めた張本人の木村夫人が、再び他の母親たちに電話をかけまくる。
「あんなふしだらな家庭にウチの律子(水上)を行かせるわけにはいかない」と。
結局、桂子の誕生パーティーには誰1人として来ることはなかった。
嘆き悲しむ桂子だが、泣きたいのはお稲のほうだ。こうした事態になったのはすべて私のせいだと自身を責める。

私の誕生パーティーに是非いらしてね~!

しかし桂子の友達は誰も来なかった。自らを責めるお稲。
パーティー不参加の一件により、桂子の友人たちの間にもお稲の悪い噂が広まった。
今まで仲良しだった律子も「あなたと遊んじゃいけないとママに言われた」と桂子を仲間外れにする。
とにかく、ここ数日に起きた嫌なことを忘れようと、お稲は桂子と共に山中湖のホテルを訪れる。
山中湖にて桂子は、加賀見(佐伯)という青年に出会う。この加賀見、好青年なのだが、どうやら桂子を仲間はずれにした律子とも知り合いらしい。
「律子さんも一緒だから、今日僕の別荘で開くパーティーに来ていただけませんか?ぜひ、お母様もご一緒に!」と桂子は加賀見から誘いを受けた。

再び山中湖のホテルを訪れた桂子だが・・・。

ここで桂子は結婚することになる加賀見のボンボンと知り合う。
気が進まないし・・・ 嫌な予感が・・・
案の定、お稲を陰湿にいじめてきた律子の母親・木村夫人をはじめ、その母親会の仲間も同じホテルに宿泊していたのだ。
ここでも嫌がらせを受けたお稲は、「ホテルにいるのが嫌になった。こんなところに来るんじゃなかった!」と桂子に訴える。
しかし、その様子をうかがっていたのが、母親会の夫人らと演奏会の打ち合わせをしていた藤波薫だった。
お稲が純爾の妻であることを知った薫はお稲を庇うが、同時にお稲も薫が純爾のかつての恋人だったことを知る。
だがここで2人の心は通じ合う。お稲は薫の励ましにより、桂子の幸せためにも心を強く持とうと決意する。

お稲の悲しみを受けとめ、相談に乗る薫。
そんな矢先、お稲のところに純爾の友人の井出弁護士(丸山)が訪ねて来た。離婚届けに判を押してほしいと言うのだ。もちろん純爾からの指示ではなく、木村夫人らの差し金である。純爾が日本にいない隙に、お稲を追い出そうという魂胆だ。

「純爾とあなたは身分が違い過ぎる。別れた方があなたのため」とお稲に離婚を迫る井出弁護士。
そこでお稲は藤波薫の家を訪ね、純爾との離婚を迫られたことを彼女に打ち明ける。
このときすでにお稲の心は決まっていた。
「このまま自分が居れば、桂子を不幸にするばかり。薫様が桂子の母親になることがあの子にとって一番の幸せ」とお稲は懇願する。
薫は自分が母親に成り代わったところで桂子が幸せになるわけではなく、お稲の申し出を受け入れることなどできない。


お稲は、薫に桂子の母親になってほしいと訴えるが・・・。
さて、中山湖で出会った青年・加賀見だが、桂子のことを気に入ったのだろう。いつの間にか2人の結婚話が進んでいた。
加賀見のほうから「ぜひ、お母様にお目にかかりたい」との申し出を受け、桂子も上機嫌である。
ついにそのときが来た。
家同士の交流が進めば、自分が桂子の母親のままでいることで、娘を不幸にしてしまうとお稲は苦悩する。
ここでお稲は決断する。自分はこの家を去るべきだと。
桂子が学校に行っている間、ついにお稲は「さようなら」と書置きを残して家を出て行った。
独りぼっちになった桂子は、藤波薫の元を訪れ彼女と暮らすことになる。
本格的にピアノのレッスンを受ける桂子だが、どうしても母のことが気がかりで身が入らない。
同様に桂子のことが心配でならないお稲は、藤波薫の家先へと足を運ぶ。聞えてきたのは桂子が奏でるピアノの調べであった。桂子にとってこの生活こそが理想的な幸せと確信したお稲は、本当の別れを決意する。

突然のお稲の家出に悲しみに暮れる桂子。

勝手なことをした井出弁護士に怒り心頭の純爾。
とうとう家を出たお稲だが、行く当てもなく龍作のところに身を寄せていた。
競馬のノミ屋をやっていた龍作は、これを機に真面目になろうと製薬会社の職にありついた。
さらに龍作はお稲にとって嬉しい話を持ってきた。桂子のピアノ独奏会がラジオで放送されるという情報である。
雑貨屋の店先の置かれたラジオから流れてくる桂子の演奏に聴き入るお稲。
その曲はかつて桂子が教えてくれた、メンデルスゾーンの「Gondellied=ベニスのゴンドラの歌」であった。
まさしく桂子からお稲に向けて贈られた曲である。

桂子の新聞記事をお稲に見せる龍作。


ラジオから流れる桂子の演奏に聴き入るお稲。
その後、桂子と加賀見の結納が交わされ、結婚式の日取りも決まった。
この間、薫は密かにお稲と連絡をとっていたようだ。
お稲は桂子の結婚式に招かれることはなかったが、薫の計らいで、式場と開催の日時が伝えられていた。
雨の中、桂子の晴れの姿を陰から見守るお稲。
そんなお稲の存在を認め、彼女の心中に思いを重ねる薫。
立場こそ違えども、いまや2人の間には、互いに共鳴し合う固い絆が結ばれていたのであった。

結婚式での桂子の花嫁姿。

桂子の花嫁姿を見て感涙にむせぶお稲。
(見どころ)
初々しくも美しい、17歳の原節子さん。『母の曲』は、そんな彼女の魅力を描くためだけにつくられた作品と言っても過言ではないだろう。
母親・お稲役の英百合子さんは松竹設立からの女優。若い頃はお嬢様役が多かったが、さすがに30歳過ぎるとそうもいかず、成瀬巳喜男監督の『妻よ薔薇のやうに』(1935年)では丸山定男の妾役を演じた。
主演格を演じるのは今回の『母の曲』が最後になると思うが、気品と美貌を兼ね備えた入江たか子さんがライバル役ではかなり分が悪い気もする。
それでも元下賎の女・お稲を見事に演じきったのはベテランたる英百合子さんの面目躍如。
因みに、『母の曲』は女流作家・吉屋信子の原作小説だが、アメリカ映画の『ステラ・ダラス』(1925年)を元ネタにしたと言われている。たしかにそう言われると、ほとんど同じストーリーである。
どこまでも謙虚で献身的なお稲に対し、部分的に下品な振る舞いが強調されるステラの姿が決定的な違いだろうか。
娘の幸せだけを願い、母親自ら去っていく結末は同じだが。

『ステラ・ダラス』 こちらは1937年のリメイク版。
いずれにしても上流階級と下層民の確執がテーマとなっている。
これを最も象徴するのが龍作の言葉だ。
「俺たち下の世界の者は、いくら足搔いてみてももう一息のところで上の奴らと気が合わねぇ。どうにもならない隔たりがあらぁ」
ただし、桂子の結納のシーンで井出弁護士がこんなことを言う。
「こうやって見ると、何から何までお稲さんの気持ちが生きていることがしみじみ分かるような気がする」
お稲の存在が改めて高く評価されることで、大団円に転じると嬉しいのだが、そうはいかないのがこの時代の現実。
最後の最後までお稲に寄り添う藤波薫により、観ている側は何となく救われたような気もするのだが・・・。
桂子の友達・律子を演じた水上怜子さんは、嫌われ役が多いイメージがある。
田中絹代さん主演の『風の中の牝雞』では、時子に売春を斡旋するヤリ手ババアを演じた。


女学生役とヤリ手ババア役の水上怜子さん。
劇中に登場する山中湖の富士ビューホテルは、いまも存在し高級ホテルとして知られている。
調べてみると1936年の創業とのこと。映画作品に使われることで良い宣伝になったと思う。
下賎の私には、昔も今も泊まれないだろうが・・・。

創業頃の富士ビューホテル。