●母と子(1938年) 監督:渋谷実
主な出演:田中絹代 佐分利信 徳大寺伸 吉川満子 河村黎吉 葛城文子 水戸光子 斎藤達夫 松井潤子 磯野秋雄 葉山正雄
ある日、孝吉が久しぶりにおりん宅を訪ねたところ、「お父さん、かれこれ2カ月くらい来てくれないのよ」と愚痴を聞かされる。妹の知栄子からも「ゆっくり会いに来てくれるようお父さんに言ってちょうだい」とせがまれる。
おりんの娘・知栄子 「母さんの身体が弱くなったの父さんが来てくれないからよ」と訴える。
おりんの実の息子・孝吉 「そうそう大っぴらに来られる立場じゃないんだからね」
だが、知栄子は気づいていた。おりんが病気がちのせいで、次第に工藤から疎まれるようになったことを。
「忙しいから」と言い訳ばかりをする工藤だが、「おりんの養生のため気候の良い所に家でも買ってやろう」と提案し、不満を鎮めようとする。
しかし、そのときたまたま居合わせた調査課の寺尾(佐分利)に対する理不尽な𠮟り方を見て、知栄子はより一層、工藤への不信感を募らせる。
「おりんに対する気持ちは以前と変わっとりゃせんよ」
「キミ!私が頼んだこと、全然出来とりゃせんじゃないか!」
工藤からダメ出しを食らったことで、寺尾はすっかり不貞腐れる。
「言われたとおりにやったのに、どこがダメなんだ!?」
実に間の悪いタイミングで工藤の前に表れたため、その火の粉が自分に降りかかったというわけだ。
とんだとばっちりである。
そんな事情を知らない寺尾は、しょげ返って下宿先へと帰宅する。
寺尾が馴染みの大衆食堂に立ち寄ると、店のしげ子(水戸)がメニュー札をつくり替えているところだった。寺尾は「俺が書いてやるよ」と手伝うが、「コロッケ」を「コロロッケ」と間違えて書いてしまう。それほど気持ちがへこんでいたのだ。
会社を辞めるという寺尾を励ますしげ子。
心配するしげ子に、寺尾は「専務からイジメにあった。何だあんな会社!もう辞めたくなったよ」と正直に打ち明ける。
「あなたの会社、いまとても景気が良いそうじゃない。短気を起こさないで我慢しなさいよ」と励まされても、辞めると聞かない。それどころか「会社を辞めて食堂を手伝おうか」とさえ言う。
この言葉をプロポーズと受け取ったしげ子は、「私、それでもイイのよ」と寺尾に熱いまなざしを向ける。
食堂を手伝うのは、結婚の意思表示か?その気になるしげ子。
しげ子の返事で強気になったのか、寺尾は「辞表を叩きつけてやる!」と息巻いて出社する。
ところがだ。工藤のあたりがはまるで違っていた。昨日の一件などどうでもよい素振りで、工藤は寺尾にあることを依頼する。
その依頼とは、おりんに月々の手当てを届けることだった。おりんは使いに来た寺尾をつかまえて工藤が用意してくれるという住居の相談をする。「僕は専門家ではありませんから」と言いつつも、設計図面を見ながらあれこれとアドバイスをする寺尾。おりんに気に入られた寺尾は、夕食までご馳走になる。
「会社を辞める」と言って出社した寺尾だが、昨日とはうって変わって上機嫌で帰宅した挙句、「あんなのはウソさ」とこともなげ言う。元より会社を辞めることに反対のしげ子はほっと胸をなでおろす。
丸髷と和装姿で寺尾を出迎えるしげ子。すっかりその気である。
そんな最中、21歳になった知栄子に婿を取らせることが自分の責任と考える工藤は、「どこかに適当な男はいないだろうか?」と友人の岡部(斎藤)に相談する。知栄子の結婚相手として白羽の矢が立ったのが寺尾である。寺尾は岡部の紹介で工藤の会社に入社したらしい。さらに岡部は、おりんの別荘に抵当流れの茅ケ崎の物件を斡旋する。
ついに寺尾は工藤から知栄子との縁談を持ちかけられる。相手が知栄子と知り、「いよいよ僕にも運が向いてきた。この縁を逃すものか」とノリノリだ。もはや、しげ子のことなど眼中にない。
方や、久しぶりにおりん宅を訪ねた工藤は、知栄子に寺尾との結婚を勧める。
「あの人なら、きっと母さんに優しくすると思うわ」と知栄子のほうもまんざらではない様子。
あれよあれよという間に、知栄子と寺尾の式の日取りが決まった。工藤がおりんのために購入した茅ケ崎の新居への引っ越し準備も進んでいる。
引っ越しの手伝いに来た寺尾に対し、改めて知栄子は自身のことを
確認する。「妾の子ぢゃお嫌ぢゃありません?」と。もちろん寺尾は、「いまさら何をおっしゃるんです!」と即座に返すのだが・・・・・。
寺尾との縁談を喜ぶおりん。
「寺尾さんなら母さんを大切にしてくれると思うわ」
滞りなく茅ケ崎への引っ越しを終えたものの、おりんの体調がどうにも優れない。
母の体調を知らせんと知栄子は、工藤を訪ねる方々、寺尾の下宿先にも足を運ぶ。下宿先では、しげ子が布団の打ち直しに精を出しているところだった。それを手伝う知栄子だが、2人は自ずと寺尾の話題となり、しげ子は寺尾のことをつい嬉し気に喋ってしまう。
しげ子との会話から何かを察したのだろう、知栄子は、下宿屋のおばさんに「あの方、どちらの方?」と尋ねる。すると下宿屋のおばさんは、「至って気立ての良い娘さんなので、近々、寺尾さんと一緒になるんでございますよ」と何の気なしに答えてしまう。
激烈なショックを受けた知栄子は、寺尾が帰ってくる前に早々に立ち去ろうとするが、しげ子に食堂に寄って行かないかと引き止められる。(しげ子のほうだって目の前にいる知栄子が寺尾と結婚の話が進んでいるなんて夢にも思わない)
案内され、一旦は席に座った知栄子だが、しげ子がちょっと目を離した隙にいなくなってしまった。


そして知栄子は、「寺尾さんとのお話を取り消して欲しい」と申し出る。理由を尋ねる工藤に、「気の毒な人がありますの」と答える。しげ子のことだ。
しかし工藤は、「そんなことをいちいち気にしていたらロクな夫は持てんよ」などとふざけた言いグサでごまかそうとする。
一方の寺尾は、しげ子から知栄子が下宿に来たことを知らされるが、知栄子と仲良くしようとしたことを寺尾から酷く責められる。「どうして私たちのことをあのお嬢さんに言ってはいけないの?」と問い詰めるしげ子に、寺尾は「ウチの会社は男女の風紀には特にウルサイんだ!俺が堕落社員と睨まれたらどうなると思うんだ!」と返すが、要は自分としげ子との関係を知栄子に知られたくないのだ。
寺尾は「俺は俺の不幸を望む人間とは付き合っていられないんだ!」としげ子に吐き捨て、下宿を出る宣言する。
そろそろ化けの皮が剥がれるとも知らず、しげ子を責める寺尾。
しげ子との関係を知栄子に気づかれたのではないかと不安に思った寺尾は、おりんの見舞いを装って彼女の様子をうかがいに行く。
寺尾は、「誤解しないでください。あの娘とは決して何でもないんです」と言い訳をするが、「あなたは私を手放したら出世の糸口がなくなるから、躍起になってるんでしょ?あなたが大事なのは私でも母さんでも、あの娘さんでもないのよ」と知栄子から図星を指される。
はっきりと婚約の解消を伝えようとしたところ、おりんの体調が急変し、そのまま亡くなってしまう。
必死に慰め、力になろうとする寺尾だが、もはや知栄子の心にこの男は存在しない。
ついに寺尾の本心を見抜いた知栄子。
(見どころ)
気持ちが失せた妾に十分すぎるほどの処遇を施すのも惜しい。かと言って、手切れ金ゼロで犬の仔を捨てるような対応では、男としての面子が立たない。となれば、相場的に7割くらいのことをしてやれば適当だろうというのが、ケチで無責任な工藤のハラである。その後のことなど知ったこっちゃない。だから、おりんには抵当流れの別荘を与えたし、知栄子には寺尾という、たまたま手近にいたよく分からない男を当てがったのだ。
ところがだ。この寺尾という男は、実直に見えるだけのクセモノだったから始末が悪い。
本当のワルなら手練手管を発揮して、もっとまだマシな展開が期待される。野暮天のクセに、要領良く立ち回ろうとする根性が裏目に出て、おりんら家族の前で孝吉の陰口をつい口走ってしまう。人を貶めることで自分の株を上げようとする根性を見透かしたのか、おりんの妹・おとよ(松井)から「あの人大丈夫なの?」と人間性を疑われてしまう。
しげ子との別れにしてもそうだ。何も知らない彼女に理不尽な理由をつけ、相手を悪者に貶める悉く卑劣なヤツである。むしろ、工藤よりも寺尾のほうが胸糞悪い。
この工藤と対極にあるのが孝吉である。自分の信念に正直なあまり、実の母・おりんに辛く当たるが、それも全ては母の立場を案じてのこと。ここにも血のつながった「母と子」の姿を垣間見ることができる。
「僕は弱虫だよ。寺尾とは違うよ」という孝吉。寺尾に絶望した知栄子にとって、孝吉の言葉は痛烈な皮肉と受け止められた。























































































































