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●東京の女(1933年) 監督:小津安二郎

主な出演:岡田嘉子 江川宇礼雄 田中絹代 奈良真養 大山健二 笠智衆

 

 

46分ほどの短めの作品のためか、物語の内容、展開共に極めてシンプル。

姉のちか子(岡田)と弟の良一(江川)は2人で暮らしている。

ちか子は会社のタイピストとして働いているが、大学生の良一の学業を支えるために、勤務後は大学教授の元で翻訳のアルバイトをしていると聞かされていた。

 

ちか子と良一は仲の良い姉弟

 

ところがある日、ちか子が勤める会社に警察が訪ねて来た。

「彼女の会社での素行はどうなのか?」と尋ねられる社長。

真面目で卒なく仕事をこなすちか子の評判は優良で、翻訳のアルバイトについても会社は承認している。

 

ちか子の勤め先に警察が調査にやって来た

夜の女として酒場で働くちか子

 

しかし、翻訳のアルバイトというのは嘘で、夜の酒場で働きながら売春をしていたのだった。

ついに、ちか子に対する売春容疑で警察が動き始めたわけだが、良一の恋人・春江(田中)は、巡査である兄(奈良)からちか子の容疑を聞かされた。大きなショックを受けた春江は、そのことを良一に話してしまったのだ。

姉の潔白を固く信じる良一は、春江と大喧嘩になる。

良一は、夜遅く帰宅したちか子を問い詰めたところ、真実であると告白する。

すべては自分の学業のためと理解しつつも、自暴自棄となった良一は家を飛び出してしまう。

 

社会的に自立したちか子は春江にとって憧れの女性。そんなお姉さまが売春だなんて・・・ショックを隠し切れない春江であった

姉の真実を知り良一は大いに苦悩する


翌日、ちか子は良一の行方を尋ねに春江の家を訪れる。そこに巡査の兄から電話が入り、春江は良一が自殺したことを聞かされる。

学生が自殺したことで、スクープを取らんとする新聞記者らがちか子宅に押し掛ける。「自殺した理由に心当たりはないか?」と聞く記者に対し、ちか子は「これといってありません」と毅然と答える。ちか子の売春容疑など知る由もなく、特ダネにならないと思った記者らは早々に立ち去っていく。

 

自宅に戻された良一の亡骸を前に泣き崩れる春江。その傍でちか子は「良ちゃんは最後まで姉さんをわかってくれなかったのね。このくらいのことで死ぬなんて・・・ 良ちゃんの弱虫」と涙ながらに呟く。

 

物語は、くだらないゴシップ事件を求める記者2人(笠・大山)の姿で終わる。殺伐とした世相を如実に表現しているが、人様の不幸を食い物にするマスコミ根性は昔も今も変わらない。

 


ちか子は春江から良一の自殺を聞かされることに

 

≪見どころ≫

『東京の女』が公開された1933年・昭和8年と言えば、五・一五事件の翌年。富裕層を守るばかりの政党政治への反発に端を発する事件であることはご存じのとおりだが、この事件以降も貧富の格差は広がるばかりだった。

 

元々、ちか子と良一は裕福な家で生まれ育ったのだろう。世界恐慌の煽りから親もろとも全ての財産を失い、たった2人で世の中に放り出されたと想像される。

不況を象徴する「大学は出たけれど」という言葉が流行した時代。良一の成長だけが生き甲斐のちか子は、売春をしてまで弟を大学にやることに対し、何ら犠牲とは思ってはいない。血を分けた者に対する女性特有の愛情(姉性愛?母性愛?)は男には理解できないのかもしれない。

方や良一は、自分のために姉が犠牲になっているというジレンマに苛まれ、自身の存在意義への不信から自殺という道を選んだのだろう。

春江の立場はさらに複雑である。ちか子が売春さえしなかったら、否、少なくともその容疑をわざわざ良一に伝えることなどしなかったら、愛する恋人が自殺するという最悪の事態には至らなかったわけだ。まずは自身の直情的な行動が悔やまれるが、ちか子を哀れに思うと同時に、恨んでも恨み切れない。

いずれにしても、世知辛い世の中を姉と弟の2人きりで生き抜いている、ちか子と良一の姉弟愛と絆は、我々現代人が考えるよりはるかに固い。

 

下衆な新聞記者役で登場する笠智衆さんと大山健二さん

 

 青春の夢いまいづこ(1932年) 監督:小津安二郎

主な出演:江川宇礼雄 田中絹代 斎藤達夫 大山健二 笠智衆 坂本武 飯田蝶子 葛城文子 武田春郎 水島亮太郎 花岡菊子

 

 

社長の息子で遊ぶ金には不自由しない堀野哲夫(江川)、ガリ勉なのになぜか成績は底辺の斎木(斎藤)、応援団長でバンカラの熊田順助(大山)、飄々として口の上手い島崎省吾(笠)らの4人組は、ベーカリー「BLUE HAWAII」の娘・お繁ちゃん目当てに、毎日のように愉快な大学生活を送っている。

 

学生たちのアイドル的存在、ベーカリーのお繁ちゃん
社長の息子の堀野
苦学生の斎木(左) と応援団長の熊田(右)

要領の良い島崎

 

当然ながら学業のほうはからっきしダメな4人は、カンニングを武器に学期試験に臨む。

ところが、その真っ最中、堀野に「チチ キトク」の知らせがくる。死に目には会えたものの急逝した父親・謙蔵(武田)に代わり、ドラ息子の堀野が後継社長に。

「コイツで大丈夫か?」と不安に思う副社長の叔父・貢蔵(水島)はじめ役員一同だが、堀野のちゃらんぽらんな気質は女子社員からのウケが良い。

 

それから1年あまり。そろそろ社長としての自覚がついてきた堀野のところに、かつての悪友、斎木、熊田、島崎の3人が雁首揃えてやって来た。

「俺たちみたいな成績抜群の秀才は、ほかの会社ぢゃどうも気に入らないらしいんだ」と、堀野の会社に入社させてくれと言う。実は、就職はおろか卒業すら怪しい3人。

しかし、いくら社長のコネでも、札付きの3バカトリオをスルーで入社させることなど不可能だ。

そこで他の応募者と同様、入社試験を受けさせるのだが、ここでもお得意のカンニング作戦が実行される。しかも社長の堀野自ら彼らのカンニングを手助けする始末。

 

 

会社に入社させてくれと雁首揃えてやって来た3バカトリオ

 

悪友3人をどうにかインチキ入社させた堀野だが、彼にはもう1つ頭の痛い問題があった。それは令嬢(花岡)との結婚話である。

叔父の貢蔵から強く勧められている縁談のため、相手に会わずに断ることなどできない。

嫌々ながら令嬢とデートをする堀野であり、彼女から積極的にアプローチされるも、つい不遜な態度をとってしまう。

 

「シネマなんかつまんないわ。どこか二人きりになれるところに行かない?」と誘いの言葉を向ける令嬢。これに対し堀野は、「大磯の坂田山でも行きますか?」とブラックジョークをかます。
坂田山・・・ 昭和7年のこの年、心中事件で有名になった場所。

 

令嬢とのデートの最中、堀野は見覚えのある女性を見かける。

「おや!? あの娘はベーカリーのお繁ちゃんぢゃないか!」

ユリ子嬢そっちのけでお繁ちゃんにかまう堀野。

このときお繁ちゃんは引っ越しの最中で、堀野はデート中の車に家財道具をどんどん積み込んでいく。カンカンに怒って帰る令嬢。

 

聞けば、ベーカリーは廃業したとのこと。そういう事情ならと、堀野は自分の会社で働かないかと誘う。

 

お繁ちゃんの新居で堀野が片付けを手伝っているところに、斎木がやって来る。会社をサボって来たことを気まずそうに詫びる斎木だが、堀野はその態度が気に入らない。斎木だけでなく熊田も島崎も、最近は自分のことをまるで社長扱いする。社員の立場としてはそれが当たり前なのだが、学生時代のように親友同士のフランクな付き合いをしてくれなくなったことに、「さびしいなぁー」と愚痴をこぼす堀野であった。

 


「やあ、斎木 お前も来たのか たまには会社をサボるのもいいよ」


令嬢に無礼な態度をとったことで、堀野は叔父の貢蔵からこっぴどく叱責される。同様なケースは、今回で6度目だそうだ。

そこでようやく堀野は、「実は僕、学生時代から好きな娘が1人あるんですよ」と打ち明ける。

 

好きな娘とは、もちろん、お繁ちゃんのことだ。

 

お繁ちゃんにプロポーズするにあたり、堀野はまず、親友の3バカたちの承認を得ようとする。皆口々に「異論はない」と言うものの、どこか浮かない雰囲気を漂わせる。我らがアイドルのお繁ちゃんを堀野が独り占めすることに、やはり抵抗があるのだろうか・・・?

 

それから堀野が自宅に帰ると、斎木の母親(飯田)が訪ねて来た。日ごろ息子が世話になっている御礼もそこそこ、堀野は、「息子にも大変良い嫁が見つかった」と聞かされる。

にわかに喜ぶ堀野であったが、その“良い嫁”とは、何を隠そうお繁ちゃんであり、実は斎木とお繁ちゃんは卒業前に婚約を交わしていたことをここで初めて知ることとなる。

「だから、僕がプロポーズを決めたとき、皆が浮かない顔をしてたんだ・・・」

「それならそうと、なぜもっと早く僕に言ってくれなかったんだ・・・?」

 


堀野からの相談にただならぬ面持ちの3人

 

 堀野は大きなショックを受けつつも、お繁ちゃんの元を訪れる。

「君に対する僕の気持ちが分からなかったのか?」と斎木との婚約を責める。

 

たしかにお繁ちゃんは堀野に想いを寄せていた。しかし、彼が大学を辞め社長になったことで、もう自分には見向きもしないだろうと、諦めた時の気持ちを語る。

その後すぐに、斎木からプロポーズされたわけだが、お繁ちゃんとしては、どこか不器用で大学生活を満喫しきれない斎木に憐れみを感じていたのである。

「彼を何とか幸せにしてあげたい」

まさしく、同情から生まれた愛である。

「その気持ちで いつまでも斎木を愛してやってくれたまへ」と、笑顔で去る堀野。

 

斎木への気持ちを涙ながらに語るお繁ちゃん

お繁ちゃんの気持ちを汲みながらもどこか吹っ切れない堀野


だが問題は、いまや斎木と堀野は、紛れもなく社長と一社員の関係にあるということ。息子の立場を案じる母親に対し、熊田と島崎らは、「今後の生活のためにも、ここはお前が身を引いたほうが無難だろう」と斎木に助言する。

堀野に対する斎木、熊田、島崎らの気持ちは、もはや、かつてバカをやりあった親友同士ではなくなりつつある。

 

陰鬱な気持ちで3人が歩いているところに、「話したいことがある」と堀野がやって来る。斎木とお繁ちゃんとの婚約の件だ。

お繁ちゃんとの結婚を諦めようとする斎木に対し、堀野は「君は 俺が友達の恋人を奪って喜ぶような男だと思っているのか!?」と責める。

最近、恭しく他人行儀に振る舞うようになった熊田や島崎らにも大きな不満を抱いており、堀野は、社長と社員の関係ではなく、いつまでも学生時代の友情を大事にしたいのだ。

「学生時代の友情はどこに行ったんだ!」と嘆く堀野。

 

しかし斎木は、「俺たち母と息子が無事に暮せるのは君のお陰だ。社長の君に逆らうことは、僕自身の生活に逆らうことだ」、だからお繁ちゃんのことは諦めると言うのだが、そんな卑屈な根性を示す斎木を堀野は何度も何度も殴りつける。

「友情の鉄拳だ!骨身にしみて覚えておけ!」

 

雨降って地固まる・・・

 

かくして・・・

いままで以上に固い友情の絆で結ばれた4バカカルテット。

 

新婚旅行に出かける斎木とお繁ちゃんを、会社ビルの屋上から手を振って見送る堀野、熊田、島崎の3人だった。

 

「頑張って来いよ〜!」 って、何を頑張るんだ?

「行って来るわ〜!」

 

見どころ

松竹オールスターキャストのなか、江川宇礼雄さん、斎藤達夫さん、大山健二さん、笠智衆さんの4人が大学生という設定が面白い。なかでも大山健二さんは、戦前の松竹作品では大学生役でよく登場する。コメディ作品には欠かせないバイプレーヤー。

 

冒頭の大学対抗テニスの試合。応援団長の熊田を中心に、輩どもが少女レビューもどきの踊りで応援するシーンが実に滑稽。

 

君と別れて(1933年) 監督:成瀬巳喜男

主な出演:水久保澄子 磯野秋雄 吉川満子 飯田蝶子 河村黎吉  笠智衆 日守新一 小林十九二 藤田陽子 突貫小僧 富士龍子 

 

 

大森新地と呼ばれる花街が物語の舞台。

年増芸者の菊江(吉川)は、息子の義雄(磯野)を女手一つで育ててきた。しかし、中学生の義雄は、芸者という母の仕事を恥じており、その反発から、学校にも行かずに不良連中とつるむようになった。

義雄は本来、母親思いの優しい息子である。彼の変わり様を心配する若い芸者の照菊(水久保)も、「元の義雄さんに戻って頂戴!」と懇願する。照菊は義雄を兄のように慕っており、義雄も照菊には心を開いている。

 

母親の心配をよそに非行に走る義雄。菊江を母のように、義雄を兄のように慕う照菊。

京急電車に乗り、照菊と義雄は彼女の実家へと向かう。

 

学校をサボっている義雄を見かけた照菊は、彼を自分の実家へと連れて行く。

そこは京急に乗って行った漁港の町。照菊は貧しい一家の長女であり、飲んだくれの父親(河村)と母親(富士)、そして3人の妹弟の暮らしを支えている。

照菊1人の稼ぎでは足りず、父母は年ごろになった妹の美沙子(藤田)を芸者にしようと考えていた。しかし照菊は、「美沙ちゃんまであたしのように惨めにさせたくない」と反対する。全ては働かない父親が悪いのだ。

 

照菊と父親の言い争いを聞いていた義雄に照菊は、「あたしんちがどんなだか、義雄さんに見せたかった。だからあんな良いお母さんをいじめちゃ可哀想よ」と諭す。

「どこか遠いところに行きたい」と言う照菊に、「照ちゃんのためならどんなことだって力になる」と励ます義雄。

これを機に、義雄と照菊は、互いの恋心を意識するようになった。

 

「あたしんちから海が見えるでしょ」

飲んだくれて働かないクソオヤジが不幸の元凶。

妹だけは芸者にさせたくない照菊。

「照ちゃんのためならどんなことだって力になる」

 

ところで、義雄の母親の菊江のほうだが、旦那に捨てられそうになったことに逆上し、刃傷沙汰を起こしてしまう。幸い大事には至らなかったが、これがショックで菊江は寝込んでしまった。

義雄が甲斐甲斐しく看病しているところに、不良仲間が呼び出しに来た。仲間から抜けたいと言う義雄に暴力を振るう不良たち。ぐっと堪える義雄だが、「みづてんの倅はだらしねーや」のひと言にカッと頭に血が上った義雄は、隠し持っていたナイフを取り出す。

しかしそのナイフは奪われ、止めに入った照菊に刺さってしまう。

※「みづてん」とは、相手を見ずに金さへ出せば転ぶといふう意味 

  =不見転芸者

 


母親の苦労を知り改心する義雄。

 

この事件で迷いが吹っ切れたのだろう、照菊は「妹を救うために遠くへ住み替える」と義雄に告げる。お金のために芸者が堕ちて行く先は・・・ それくらいのことは義雄にも想像できる。

 

身体の傷も癒え、品川駅から旅立つ照菊。

「誰よりも義雄さんが一番好きだったことを忘れないでね」

「僕だって」

「お母さんを大事にね」

自身の不甲斐なさに満ちた義雄は、「さようなら」としか言えない。

 

言葉少ない2人の別れは辛く切ない。

 


 

見どころ

最近紹介した『非常線の女』(1933年)でもそうだったが、水久保澄子さん演じる照菊がとにかくひたむきで可憐。

アイドル女優の元祖と評価されているように、令和の時代でも通用するキュートさ。現代の女優さんだと、二階堂ふみさんや遠藤久美子さんにどことなく似ている。

しかし水久保澄子さんは、その可愛らしさが災いしてか、不幸な人生を辿る。

医学留学生を騙るフィリピン人と駆け落ちをしてしまうのだ。コイツがとんだロマンス詐欺野郎で、フィリピンから這々の体で帰国したものの、スキャンダル女優を使う映画会社はなく、その後はダンスホールで踊り子をやったり、満州で見かけたという噂もあったそうだ。訃報は出ておらず生死不明だが、存命なら108歳。

 

一方の磯野秋雄さんは、出演作品も多く、いつも冴えない三枚目の役のイメージだが、不思議な存在感がある。そんなキャラだけに、照菊との悲恋には一層の哀しさが募る。『男性對女性』(1936年)では、女中・菊江との恋愛を成就することで雪辱を果たしたようだ。

 

 

上部が見切れているが、「三業地」と書かれた標識が見える。

三業地とは料亭、待合、置屋の三つの業態が集まる花街の俗称で、この作品の舞台となっている花街が大森新地である。

大森新地は、現在の京急線の大森海岸駅や平和島駅の界隈。

昭和50年代、私が東京に出てきて初めて住んだのが大森だった。だから、このあたりの土地は馴染みがある。

その頃もかつて料亭や置屋だったと思われる家屋が見られたし、少しあったラブホや風俗店等は、高度経済成長期に待合から転業したものだろう。現在は会社のビルやマンション、ビジネスホテル等が立ち並び花街だった頃の面影は全くない。

 

義雄と照菊が乗った京急電車。

昭和8年頃の京急ってこんな小さな車両だったんだと改めて知る。

どこら辺を走っているのだろう。

 

 

 

(再レビュー)

 ●花は偽らず(1941年) 監督:大庭秀雄

主な出演:高峰三枝子 佐分利信 徳大寺伸 水戸光子 葛城文子 森川まさみ 斎藤達夫 大山健二 岡本文子 槇芙佐子


大阪に住むカナ子(高峰)は母親(葛城)と共に、東京の大野木夫妻宅に招かれた。夫妻(大山・岡本)の狙いは大野木氏の会社に勤める甥の舟木(徳大寺)とカナ子を引き合わせるため・・・ つまり、お見合いである。

 

そうとは知らず、カナ子と舟木は大野木宅で初対面する。ピアノでショパンの幻想即興曲を披露するカナ子だが、舟木のほうと言えばどうにも気分が盛り上がらない。なぜなら彼の胸には、同じ会社でタイピストとして働く佐川スミ子(水戸)の存在があるからだ。

 

舟木が想いを寄せるスミ子。

舟木とスミ子。お互いに想いを告げられないもどかしさ。

 

後日、カナ子は、本郷に住む城太郎(佐分利)という男性の住まいを訪ねる。彼は書生時代、カナ子の父親の下にいた研究者であり、カナ子は子供の頃から彼にほのかな想いを寄せていた。前々からそれに気づいていた城太郎だが、カナ子はあくまでも「恩師のお嬢さん」であり、彼女の恋心を正面から受け入れるなどできない

 

城太郎にとってカナ子は恋をしてはならない恩師のお嬢さん。

 

果たして、舟木との結婚話がカナ子に伝えられた。カナ子は城太郎への想いを残しつつも、「お母さんに任せる」と返事をする。

そして舟木にも大野木社長からカナ子との結婚の意志を求められるが、スミ子のこともあり、「返事はもう少し待ってほしい」と言う。

 

もちろんスミ子も舟木の気持ちを受け入れたいが、恋のライバルがよりによって美人令嬢のカナ子であるゆえ、ここは私の出る幕ではないという分不相応な観念に縛られている。

さらには、「舟木さんだって本当はカナ子さんが好きなはず。私のほうが気が楽だから無理に気持ちを寄せているのでは?」などと、本心とは思えない穿った心情に支配されている。

そんなスミ子の言葉に対し同僚の丸山(槇)は、「まあ呆れた!そんな敗北主義は流行らない!」と戒める。

 

城太郎は舟木にカナ子との結婚を勧めるが・・・。

 

城太郎と舟木は友人同士でありカナ子への気持ちを確認する。ここで舟木は、スミ子という好きな女性があることを初めて城太郎に打ち明ける。

「恋愛関係にあるわけではないが、お互いに胸の内を見せ合ったつもりだ。しかし、僕に縁談があったせいか、どうにも避けられているように感じる。だから僕の心もはっきり決められないし、カナ子さんへの返事もできない」

 


スミ子への未練を語る舟木。

「僕とカナ子さんが結婚なんてとんでもない!」

 

城太郎は、「避けられているなら、去る者は追わずだ!」と舟木にカナ子との結婚を勧めるが、そう簡単に割り切れるものではない。

逆に、城太郎は舟木から思いもよらない言葉を向けられる。「君こそカナ子さんと結婚してはいけないのか?」と。「僕にとってはお嬢さんじゃないか!そんなこと考えるだけで勿体ない!」とはぐらかす城太郎。実は彼には意中の女性があった。

 

その女性とは、喫茶店「白ゆり」の娘・マキ江(森川)である。偶然入った店で少し会話を交わしただけだが、彼女の寂しげな面持ちに強く心惹かれていた。

 


城太郎が心惹かれた喫茶店の娘・マキ江。

 

カナ子への返事をいつまでも延ばすわけにはいかない。舟木はスミ子の気持ちを確認しようとするが、スミ子は会おうとしてくれない。「スミ子さんがダメだからというのでは、カナ子さんに対してあまりにも不誠実だ。当分は誰との結婚も考えないことにする」と城太郎にこぼす舟木であった。

 

舟木からの誘いに困惑するスミ子。

 

傷心のうちに大阪に帰ったカナ子のところに舟木が訪ねて行く。東京での無礼な対応を深く詫びる舟木。舟木とスミ子の幸せを心から願うカナ子であった。

 

舟木が東京の会社に戻ってみるとスミ子の席に彼女の姿がない。聞けば一昨日付けで会社を辞めたという。舟木に宛てた手紙から郷里に帰ったことが分かった。

故郷の河原で弟と凧揚げに興じても、どこか心ここにあらずのスミ子。そこにふと、「スミ子さーん!」と自分の名を大声で呼ぶ声が聞こえる。舟木が追ってきたのだ。大団円のうちに、物語冒頭からのモヤモヤ感が一気に解消される。

 


舟木はスミ子の郷里まで追いかけて行く。

 

一方のカナ子だが、舟木との縁談がまとまらなかったことで城太郎との結婚を考える。カナ子には城太郎の心を掴む自信があった。「私のほうから求婚すれば、城太郎さんは必ず私を受け入れてくれるはず・・・」

 

密かに持っていた写真を見つけ、城太郎の愛を確信するが…。

 

しかし、このときすでに、城太郎とマキ江の間には結婚話が進んでいた。

マキ江の父親(斎藤)が発見した天然黒鉛が城太郎の研究に有益なことが明らかとなり、城太郎とマキ江の関係は急速に深まる。ついにはマキ江の父親からも、「娘と結婚してくれないか」と気に入られる。研究の成功とマキ江との結婚、2つの幸福を一度に手に入れた城太郎。

 

そうとは知らずにカナ子は、城太郎に研究開発費を手渡すため、再度東京の彼宅を訪れる。ここでついに、城太郎からマキ江との結婚話を聞かされる。カナ子は城太郎が密かに持っている自分の写真を取り出し、「お嫁さんをもらうのにこんな写真を持っていてはいけない」と破り捨てる。城太郎とのつながりを自ら断ち切ることで、恋に終止符を打つカナ子であった。

 

見どころ

カナ子、城太郎、舟木、スミ子ら、四者四様の複雑な恋愛模様。

それぞれに共通するのは、「自分の良心に嘘をつかない真実の愛」であり、これこそが本作品のテーマと言える。

 

特にスミ子については、自分の気持ちを殺してまでも舟木の幸せを優先してきた。迷いのない愛だけを望むスミ子の気持ちが痛いほど分かる。それが結果的には、舟木からの確かな愛を獲得することへとつながる。

 

カナ子にとって舟木はお見合い相手にすぎず、最初から恋愛感情はない。だから舟木との結婚を力尽くで進めるほどの執念はない。スミ子の存在を知ればなおさら、自分が快く身を引くことが最善と考えるのは至って正常な判断。

さらに、カナ子が自分の写真を破り捨てたのは、フラれたことへの悔しさ(こんなものを後生大事に持っているから私が勘違いするんだョ!)もあるだろう。しかし一方で、隠し持っていた写真を城太郎の前でわざわざ取り出した行為こそ、カナ子なりの誠実な愛の受け止め方と見ることができる。

ショパンの幻想即興曲を効果的に使うことで、そうした彼女たちの心情が美しくも哀しく表現されている。

 

前にもアップしたが、メインのキャストがほぼ同じで複雑な恋愛劇という点で、吉村公三郎監督の『暖流』(1939年)と雰囲気が似ている。そのため『花は偽らず』は、よく“二匹目のドジョウ”と評価されるようだ。

(名作『暖流』のキャスト陣が・・・とポスターにも書かれている)

『暖流』では徳大寺伸さんがクズ野郎を演じたが、これにファンからクレームが殺到したのだろうか、だから“二匹目”が製作されたという見方もできる。また『暖流』は、佐分利信さんと水戸光子さんがハッピーエンドの展開なので、二作品を続けて観ると面白い。

 

舟木がスミ子をお茶に誘うシーンで、丸山の背後に「新幸橋」が見える。新橋と内幸町をつなぐ橋だから新幸橋なのだろう。

そのさらに後ろにあるのは山手線の高架で、新橋と有楽町の中間あたりになる。

戦後の開発で暗渠となったのか、現在は交差点に新幸橋の名が示されている。


昭和16年の新幸橋。

Google Mapで見た現在の新幸橋。

 奥様に知らすべからず(1937年) 監督:渋谷実

主な出演:斎藤達夫 岡本文子 坂本武 吉川満子 水戸光子 坪内美子 大山健二 笠智衆

 

 

冒頭から存分に笑わせてくれる。

恐妻家の横山(斎藤)は、妻のふみ子(岡本)に頭が上がらない。

目下ダイエット体操に熱心なふみ子婦人だが、体重が減るどころか逆に増えたことを、女中のお初(水戸)や夫に八つ当たりする。

しかも、マレーネ・デートリッヒやグレタ・ガルボ、シモーヌ・シモン等の名をあげ連ね、これら美人女優らと自分の体型を比較するほどの厚顔ぶり。

(そもそも比較対象のレベルが大きく逸脱している)

 

 

正直言って、横山はいまさら妻の容姿などどーでもイイのだが、「飛鳥時代は君くらいの体型が美人なんだ」と、お愛想を言ったつもりがふみ子の神経を逆撫でしてしまう。

そうしたデリカシーのなさをふみ子は、“鈍感なロバ、略して“ドンロバ”と誹謗する。

ペットのオウムにまで「ドンロバ!」とバカにされる。

 

しかし横山は逆らうことなく、「私はいかにもドンロバだ。ロバは忠実な動物だ。忠実な私はこんなにも君を愛している。君の忠実なしもべだ」とヨイショする。とにかく、常に下手に出ていないと、後々ウルサイのだ。

いくらか機嫌を直したふみ子は図に乗って、今日外に着ていく服の見立てまで横山にせがむ始末。

 

あー、めんどくさい!!

 

 

横山は日頃の鬱憤を発散すべく、所属する実業クラブの会合で、チェーホフの言葉を引用しつつ、夫婦の信条を次のように語る。

「夫婦生活に一番大切なものは忍耐だ。決して愛なんかではない。妻を愛せますか?妻なんてものは人間のメスにすぎない。無神経、横暴、ロバと所帯を持ったほうがより幸福だ」

横山の主張にメンバーの川田氏(坂本)はいたく共感する。何を隠そう川田自身、どこに出しても恥ずかしくないほどの恐妻家なのだ。

 


ある日、ふみ子夫人がデパートで買い物をしていると、偶然にも川田氏がやってきて、よりによって夫人にちょっかいを出してきた。そこに待ち合わせをしている川田氏のみつ子夫人が現れ、ふみ子が買おうとしていたハンカチを横取りしてしまう。

2人の間に入って治めようとする川田氏だが、「見ればお里が知れる」「なによ!その化粧の仕方は!」と罵られたふみ子夫人は、帰宅するなり怒りを横山にブチまける。「紳士として自分の夫人が侮辱されて悔しくないのか!? あなたが川田に謝罪させろ!」と言うのだ。

 

 

しぶしぶ横山は川田氏宅に電話をかけて謝罪を要求するが、川田氏は「私に周波を送ったのはお前の女房のほうだ」と侮辱する。

(周波とは色目のことか?)

かくして夫人同士の争いのとばっちりから決闘となった亭主2人だが、妻の前で威勢を張ったものの、当人とも腕っぷしにはからっきし自信がない。悩みに悩んだ2人はそれぞれ代理人の拳闘家を立てることに・・・。

 

ところがだ、いざ決闘の段で、拳闘家同士が互いに代理人であることが分かり、「果し合いなどつまらん!」と決闘を放棄してしまう。しかしそれでは依頼主に申しわけが立たないから、横山氏には「もちろん勝った!1発でのした!」と報告する。一方の川田氏も同様だ。夫の勇敢さに惚れ直し、喜色満面のふみ子夫人とみつ子夫人。

 

インチキのお陰で平和裏のうちに決闘騒動が収束したその日、実業クラブで横山氏と川田氏は対面する。

「前にもお会いしたかな?」ここで川田氏から件の決闘の話題が出た。「決闘だと?」なにか心当たりのある横山氏。

ここで初めて2人は名刺を交換したことで、互いに横山氏と川田氏であると知るが、恐妻家として同類相哀れむ2人は意気投合する。 

 

あー 愉快、愉快! さあ! 飲みに行こう!

まさしく、真実は「奥様に知らすべからず」である。


 

≪見どころ≫

 原作はリチャード・コネルという作家だとか・・・

渋谷実氏初の監督作品であり、昨日よりも今日、今日よりも明日・・・ 欲望がとめどなくエスカレートする女性特有の恐るべき本性をコメディタッチで如実に表現されている点が秀逸。

 

本作は松竹ファンの間では、前に紹介した小津安二郎監督の『淑女は何を忘れたか』(1937年)の続編と目されている。公開年が同じだから最初から続編を意識して製作されたかどうか不明だが、『淑女は・・・』でキーワードとなった“逆手”が、『奥様に・・・』では実践編という形で描かれていると感じる。

監督作品では、シリアス物が得意な印象があるが、今回のようなコメディ作品もなかなか面白い。

 

ボクサーのヂョージ役に笠智衆さん、その親方に大山健二さんが出てくるところも見どころ。

 

2人の夫人がメインではどうにも花がないから、水戸光子さんと坪内美子さんの綺麗どころも用意されている。

 

 

 雪崩(1937年) 監督:成瀬巳喜男●

主な出演:霧立のぼる 佐伯秀男 江戸川蘭子 汐見洋 英百合子 丸山完夫 三島雅夫

 

 

富豪の息子・日下五郎(佐伯)は、江間弥生(江戸川)という許嫁がありながら、美しい娘・蕗子(霧立)に一目惚れする。五郎は蕗子と共に名古屋に駆け落ちまでして親に結婚を認めさせる。

 


 

それから1年、2人は日下家の若夫婦として暮らしているものの、五郎は従順すぎる蕗子に飽き足らなくなってきた。蕗子を家に置き、独りで外出することが多くなった五郎だが、この機にかつての婚約者・弥生に逢うようになった。

弥生は子供の頃から気心が知れ、何でも率直に意見を交わし合える現代風の女性なのだ。このまま蕗子と夫婦でいることは人生の無駄と感じる五郎は、弥生にプロポーズする。

しかし、蕗子を哀れに思う弥生は、五郎に対し「男らしくなくて卑怯よ!」と責め、彼の求婚を拒絶する。

 

五郎の許嫁だった弥生。

五郎の父親。

駆け落ちまでして結婚した2人なのに、蕗子に対する素っ気ない態度を不信に感じた五郎の父親(汐見)は、彼の気持ちを問い質す。

「僕の結婚は失敗でした」と言う五郎。さらに「自分が妥協することで夫婦関係が破綻してしまえば、結局は蕗子のためにもならない」と釈明する。

これに対し父は、「どんな人間の一生でも不平と不満の連続だ。それに耐えるのが人間なのだ。気に入らないからといって直ぐに別れようというのは、蕗子に対しあまりにも不敬ではないか。それに、お前を無二の夫と信じさせたのはお前ではないか。あまりにも無責任すぎやしないかね?」と諭す。

 

社会や人間としてのモラルよりもあくまでも自分の理想を追おうとする五郎に対し、父親は、「お前の我儘は、日下家の莫大な財を拠り所としたもので、普通のサラリーマンならそんな空想は生まれてこないはずだ!生きてみることだ。その間に分かる。弱い女を労わってやるのが男だ。一旦夫婦となった以上、それは男の義務だ」と徹底反論する。

五郎がどう理由をつけようとも、男女の恋愛や夫婦のあり方については、古い世代の父親のほうがよっぽど人間味があり、地に足のついた考え方である。

 

 

五郎と蕗子の先々を案じる母親(英)に、「私ももっと関心を向けてやりたい」と父親も気づかう。ここでの五郎に対する父親の分析が実に良い。

「いまの若い者は、鋭く聡明でいて、どんなことにも堂々とした理由をつける頭の良さはあるのだが、どこか絶望的で自棄なところがある。目標があるように見えて、実は本人もその目標を信じてはいない。そうした特徴は、蕗子との駆け落ちという形にも表れている」


弥生にもフラれ、自分の気持ちばかりか、蕗子との関係をどのように処理すれば良いのか分からなくなったのだろう、五郎は蕗子と一緒に名古屋へと旅立つ。蕗子はすっかり旅行気分なのだが、一方の五郎は、かつて自分たちが駆け落ちをした場所で心中を遂げようと考えていた。

しかし、いざ決行の段となって五郎は以下のような考えを巡らす。

「決して僕が死ぬ必要はない。一緒に死のうとしたことだけを見せればいいんだ。しかも蕗子は幸福に死ねる。それに誰もこれを殺人とは見ない。なぜ僕はそれに気がつかなくて一緒に死のうなんて考えたのだろう」

これでは、心中に見せかけた殺人ではないか!

 

「僕と一緒に死んでくれるかい?」と問う五郎。どうして死ななければならないのかと疑問を抱きながらも、「あなたがそうしろと仰るなら、いつでも喜んで死ねると思います」と答える蕗子。

ここで蕗子はようやく気づいたかのように、「それはもしかして弥生さんのことではないでしょうか?」と涙ながらに五郎にたずねる。いや、五郎と弥生のことについては、もっと前から感じ取っていたのかもしれない。

しかし、蕗子からの思わぬ言葉に狼狽した五郎は、心中の決意が大きく揺らいでしまう。

父親の言葉を思い出し、自身の浅はかさ、卑しさ、醜さをつくづく痛感する五郎であった。

 


 

見どころ

「ブスは3日で慣れる、美人は3日で飽きる」という言葉がある。

いくら美人に惚れ込んで結婚しても、家族として毎日生活するうちに意外につまらなく感じることがあるかもしれない。

互いに相手のことを理解しようと努めるなら、そうした“飽き”や“期待外れ”はないのだろうが、甘やかされたボンボン育ちの五郎にはそれができない。方や蕗子のほうも育ちの良さが裏目に出て、夫の言いなりになるだけのお人形さん。

どうにもカッコ良さや憧れ感に欠ける2人の関係だが、この物語において唯一光るのが、五郎の父親である。大佛次郎氏が説きたかったブルジョア恋愛劇は、この父親に端的に描かれている。

 

それはともかく、主演の霧立のぼるさんと佐伯秀男さんは、この後も『美しき鷹』をはじめ何作も共演するゴールデンカップルで、5年後に結婚する。

(後年、別れることとなるが・・・)

 生さぬ中(1932年) 監督:成瀬巳喜男●

主な出演:岡田嘉子 筑波雪子 小島寿子 岡譲二 奈良真養 葛城文子 結城一郎 阿部正三郎 大山健二 突貫小僧

 

 

ハリウッド女優として華々しく活躍する珠江(岡田)が、突然日本に帰ってきた。前夫である渥美俊策(奈良)のもとに残してきた娘・滋子(小島)を引き取るためである。ところが、6歳になる滋子は後妻の真砂子(筑波)を実の母と思って育っており、親子共々幸せな日々を送っている。

 

珠江は弟の牧野(結城)の協力により、まずは渥美とコンタクトする。彼が経営する水産会社が倒産の窮地に立たされていることを知った珠江は資金協力を申し出るが、渥美は自分と我が子を捨てた女にいまさら世話になる義理はないと拒絶する。

 

渥美の会社は倒産する。


破産し、家財産をすっかり失った渥美は、真砂子と滋子、そして姑の岸代(葛城)と貧しい暮らしを始めるが、悪いことは重なるもので、事業の不正が明るみとなり渥美は刑務所へと送られる。

この機に珠江は、貧乏暮らしを嫌う岸代と結託し、茂子との面会を手引きしてもらう。茂子の前に出た珠江は「本当のお母さんに会わせてあげる」と言って連れ出そうとするが、茂子から「うそつき!人さらい!バカ!」と罵られ失敗に終わる。

 

 

茂子の誘拐騒動があった翌日、真砂子が仕事から帰ると茂子の姿が見えない。ふと目をやると真砂子に宛てた岸代からの置き手紙があり、「私はある人の世話になるから、茂子も連れて行く」と書かれていた。珠江の命で岸代が茂子を連れ出したのだ。

悲しみに暮れる真砂子は、渥美の古くからの友人である日下部(岡)に相談する。珠江が帰国していることを知る日下部は、「僕には心当たりがある」と真砂子の力になる。

 


 

一方の珠江は、一生懸命に滋子の機嫌をとるが、滋子は継母・真砂子を慕い、「家へ帰りたい。お母さんに会いたい」と泣き暮らす。

日下部は珠江の弟・牧野とその舎弟であるペリカンの源(阿部)のスジから、茂子の居場所を突き止める。真砂子は茂子を取り戻すべく単身堂々珠江宅を訪れ、ついに珠江と対決する。「親子の縁を自分からお切りになったのは貴方ではないですか!?」と真砂子は珠江に詰め寄るが、追い帰されてしまう。

 

 

どうしても自分に懐かない茂子に、半ば諦め気分になる珠江。そんなところに、茂子を取り戻さんとする日下部が毎日懲りずにやって来る。「母の母たる所以は子供を産むことでなくて、そこの子を育てることだと思うんです」と、この6年間に真砂子が茂子に注いだ愛情を熱心に説く日下部。

母を慕う茂子に心を打たれた岸代は、茂子に会わせるために真砂子を珠江宅に引き入れる。抱き合う母娘を牧野とペリカンの源が引き離そうとする。泣き叫ぶ滋子を目の当たりにした珠江は、日下部から言われた言葉が脳裏をよぎり、ついに滋子を真砂子の元へ返す決心をする。

 

 

貧しくてもかつての幸せな生活を取り戻した母娘。そんな真砂子家族に対し、珠江は「茂子に」とアメリカで蓄えた財産を贈る。さらに嬉しいことに、収監中の渥美が釈放される。

「こうなったのも、珠江が本当の母親の愛に目覚めたからだ」と日下部は説明し、渥美と共に珠江を訪ねていく。しかし珠江は、茂子とはもう二度と会わない決意を固め、再度アメリカへと旅立っていく。

 

 

早川雪舟さんやその妻である青木鶴子さんが日本人のハリウッドスターとして人気を博していた時代。そう考えると、ハリウッド女優・珠江というのはあながち無理な設定ではない。むしろ、岡田嘉子さんの美しさなら欧米女優に対抗できるし、さらにこの作品に関して言えば、筑波雪子さんと岡田嘉子さんの対極的なコントラストが2人の魅力を存分に引き出している。まさに成瀬巳喜男監督の本領が発揮された作品である。

 

クレジットにはないが、酒屋の御用聞き役に 三井秀男さん(三井弘次)が登場する。

 

茂子の友達役の突貫小僧。子供同士の仲に邪気はない。

 

 

●私の兄さん(1934年) 監督:島津保次郎

主な出演:林長二郎 河村黎吉 田中絹代 坂本武 坪内美子 鈴木歌子 大山健二 奈良真養 河原侃二 小林十九二

 

 

兄の重太(河村)と弟の文雄(林)は異母兄弟。生さぬ仲ゆえの確執から、家を出た文雄はヤクザ者になってしまった。そんな文雄だが、重太が経営するタクシー会社の車に乗せられてひょっこり帰ってきた。病に伏した母親(鈴木)の心配もあり、和解を求める兄に心を開こうとする文雄。

 

 

すると深夜にもかかわらず2人の男(奈良・川原)がやって来て、至急、車を出してくれと言う。あいにくドライバーが不在のため、文雄が乗務を担うこととなった。向かう先は下北沢駅あたり。目的地に到着し客を降ろすが、用が済んだら乗って帰ると言うので待機していたところ、須磨子(田中)という娘がタクシーに乗り込んできた。悪い男に追われているからこのままどこかに連れて行ってくれと頼まれる。

 

車は甲州街道から八王子方面へと向かう。日も出て明るくなり、文雄と須磨子の2人は、途中、多摩川の水で顔を洗ったり、飯屋で朝食を食べたりしているうちに、この須磨子という娘は金持ちの令嬢であることが分かった。さらに聞けば、継母の弟、つまり義理の叔父と結婚を強いられていると言う。下北沢まで追ってきた男の1人が、その義叔父だったのだ。

 


 

事情を知った文雄は、須磨子を逃がそうとする。しかし、追手の2人は文雄のタクシー会社を知っているから、このまま須磨子を乗せて帰社することはできない。悩んだ挙句、文雄は須磨子をヤクザ仲間の仙公(小林)のアパートに匿ってもらうことにした。

文雄が独りで会社に戻ったところ、案の定、追手の2人が押し掛けており、須磨子の所在を問い詰める。暴力を振るう2人に対し、兄の重太を交え大乱闘の修羅場となる。


騒ぎも収まり、仙公のアパートに須磨子を迎えに行く文雄だが、須磨子は家に帰りたくないと言う。そこで文雄はこう諭す。

「自分本位では世の中は通らないよ。とりあえずはお母さんの顔を立てなさい。そのうえで気に入らない結婚だったらきっぱりと断るんだ」と。

これは、文雄にとっても自分自身の立ち直りを決意する言葉にほかならない。説得に応じた須磨子を大森山王の自宅まで送り届ける。「タクシー代を払うからここで待っててね」と言う須磨子。文雄との別れが名残惜しいのだろう。そんな須磨子の気持ちを察しながらも、黙って去っていく文雄であった。

 

 

その後、ヤクザの世界からすっかり足を洗った文雄は、タクシー会社の若旦那として日々活躍する。そこに須磨子が訪ねて来て、車を出してほしいと言う。示す行き先は2人の思い出の地となる八王子。先の婚約話を解消した須磨子は、文雄に話したいことがあると言うが、狸寝入りの彼女を乗せた車はとうとう甲府近くに。文雄と共にここまで来た須磨子の目的を敢えて言うのは野暮というもの。

 

天下の二枚目・林長二郎(長谷川一夫)と田中絹代の共演が話題を呼んだ作品と言われるが、これは後年での評価だろうか。

タイトルは『私のお兄さん』だが、兄弟・家族の関係よりも、文雄と須磨子の恋愛ドラマとして描かれている。

 

タクシー乗務員(坂本)が事務員の幸子(坪内)にプロポーズする機会をうかがうシーン。物語と直接関係はないが、文雄と須磨子の展開を高めるエピソードとして良いアクセントになっている。

 

タクシーの車中で須磨子が着替えるシーンはなかなか色っぽい。


 

●非常線の女(1933年) 監督:小津安二郎

主な出演:田中絹代 岡譲司 水久保澄子 三井秀男 南条康雄 逢初夢子

 

 

時子(田中)は、昼間は丸の内の会社でタイピストとして働きながら、夜は一転してギャングの親分・襄二(岡)の情婦という2つの顔を持つ女。しかも常務の岡崎(南条)を手玉にとり、体よく金品をせしめるほどのズベ公なのだ。

方や襄二は、元ボクサーの腕を買われ高級クラブの用心棒をするなど裏社会に顔が通じる男。

 

専務の岡崎からルビーの指輪をもらう時子

 

おい、こいつはなかなかの上物ぢゃねーか

 

その襄二に憧れる宏(三井)という男を仲間に加えるが、宏はまだ学生であり、和子(水久保)という姉と2人で慎ましやかな生活を送っている。

宏の素行の異変に感づいた和子は、宏が襄二の仲間に入ったと知り、やめさせてほしいと懇願する。和子の気持ちを快く受け入れる譲二だが、彼は同時に可憐な和子に心惹かれていく。それを知った時子は、「私の襄二を取ったら許さないわよ!」とピストルを突きつけて和子を脅す。ところが、話をするうちに和子の純粋かつ毅然とした心根に感銘を受け、すっかり気に入ってしまう。

 

和子との出会いがきっかけとなり、襄二とともにヤクザの世界から足を洗おうとする時子。いじらしく編み物を始めようとするが、襄二としてはそう簡単に宗旨替えできるはずがない。一旦は襄二との決別を考えた時子だったが、与太者とズベ公の腐れ縁ではなく、真実の愛を分かち合いたいと願う気持ちを訴えることで、襄二も今までの生き方を改めようと決心する。

 

 

そんな矢先、宏が和子の勤めるレコード店の売上金200円を窃盗する事件が起こった。盗んだ金は仲間たちとあらかた使ってしまったという。その金をつくるために、襄二と時子はタタキの仕事をするはめに・・・。

ボニー&クライドよろしくカモの岡崎から盗んだ金を宏に渡すが、2人に警察の追手が迫る。逃亡の道すがら、新たな生活を夢見る2人だが、逃亡の身では幸せは築けないと悟った時子は、襄二に自首を説得する。聞き入れない襄二の足をピストルで撃ち、とうとう2人は観念する。時子に向け「2、3年は別れ別れだ。飛びついて来い」という襄二の最後の言葉で固い絆が結ばれる。

 

 

(見どころ)

ハリウッドのギャング映画を日本版にした小津作品。昭和8年当時、というか後にも先にもこのようなギャングの世界は日本には存在しないと思うが、ファッション、人物キャラクター、インテリア、場面設定など、当時のモダンな要素を巧みに使って“ジャパニーズ・ギャング”の仮想現実をつくりあげている。

サイレント作品ではあるものの、単純明解なストーリー、岡譲司さんの押しの強さ(顔だけで演技になる)、田中絹代さんのオフィスガールとズベ公の演じ分けなど、なかなか楽しめる作品に仕上がっている。

 

しかし・・・ 

この作品の一番の見どころは、時子が着るドレスの肩がハラリと落ち、胸元が見えかかるシーンだろう。

これにはドキリとさせられた。

 

(再レビュー)

女性の勝利(1946年) 監督:溝口健二

主な出演:田中絹代 桑野通子 三浦光子 徳大寺伸 髙橋豊子(とよ) 松本克平 若水絹子 風見章子 奈良真養 大坂志郎

 


 

思想犯として投獄されていた山岡(徳大寺)が、終戦により釈放された。5年に及ぶ獄中生活で彼の心身は蝕まれ、出所と同時に入院することとなる。かつて山岡と婚約関係にあった女性弁護士のひろ子(田中)は彼の釈放を心から喜ぶが、山岡を刑務所へと送ったのは、何を隠そう姉・みち子(桑野)の夫・河野検事(松本)なのだ。
自由思想の旗手である山岡と司法の民主化を叫ぶひろ子との復縁は、封建思想で凝り固まった河野にとって到底我慢できるものではない。そもそも、女性であるひろ子が弁護士になれたのも、河野からの強力な後ろ盾のお陰であり、双方の板挟みとなるみち子は、心穏やかではない日を送る。

 

 

そんなとき、ひろ子の女学生時代の友人・もと(三浦)の身に大変な事件が起こった。出口の見えない極貧生活と夫の死のショックで錯乱状態に陥り、幼い愛児を殺めてしまったのだ。犯行直後の状況を知るひろ子は、もとに自首を勧め、彼女の弁護を引き受けるばかりか、独り身となったもとの母親(若水)を我が家に引き取る。

 

 

ところが、もとの嬰児殺し裁判の主任検事となったのが河野であり、ひろ子は義理の兄と法廷で真っ向から対決することとなった。

ひろ子が弁護するもとの裁判は、河野検事にとって自身の進退を決する戦いであった。求刑どおりもとに懲役刑が下されれば、検事としての手腕が高く評価され、上位にある検事正の椅子が待っている。だが、仮に無罪もしくは執行猶予となれば、「司法は民衆の敵であってはならない」とする弁護士団からの吊し上げにより、現在の地位すら危うくなるからだ。


 

裁判当日、ひろ子のもとに山岡の危篤の報が入る。開廷までのわずかな時間に、ひろ子は山岡の病室を訪ねていく。「あなたのその小さな手は大きなものを握っている」と山岡に励まされたひろ子は法廷へと臨むのであった。

いよいよもとの裁判は始まった。

「女なんていうのは常に犠牲的精神を発揮していればいい」という考えを持つ河野検事は、被告であるもとが母としての責任を逃れ、女の道を外した行為として懲役5年を求刑する。

これに対しひろ子は、封建的な家族制度の下、女性が男性への依存を強いられ、一旦、主人を失えば、たちまち苦境に陥る実状を唱える。もとの事件は日本社会の罪から生じたとして無罪を主張すると同時に、男性に隷属せざるを得ない女性の解放を訴える。

裁判は一旦休廷となったところで、ひろ子は山岡の訃報を受ける。動揺を隠せないひろ子であるが、「君は必ず勝つ」との山岡の最後の言葉を胸に法廷へ。

そこに、河野との別れを決意し、1人の女として自立することを宣言した姉・みち子からの手紙を受け取る。

 


 

この作品は司法の民主化や女性の解放をテーマとした点で、公開当時大きく注目されたと思われるが、それ以上に桑野通子さんの遺作となったことでも話題を集めた。ひろ子の弁論のシーンで傍聴席に認められる姿が桑野通子さんの最後の場面で、この後に倒れ病院に運ばれたまま帰らぬ人となった。享年31歳。

撮影はもうワンカット残されていたそうだが、最後に本人は登場せず、ひろ子に宛てた手紙で終わったのはそのためだと思われる。しかも、裁判の判決が下されないまま映画は終わる。

 

さらに考えをめぐらすと・・・

桑野通子さんが田中絹代さんの姉役というのは、キャリア的にも年齢でもいささか無理を感じる。しかし、演技の幅が広い桑野通子さんとしては、このキャスティングは大きな挑戦(あるいは本人たっての希望)だったのだろう。死因は子宮外妊娠とのことだが、もしかしたら女優としての最期を予感していたと思うのは考えすぎだろうか。