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●風の女王(1938年) 監督:佐々木康

主な出演:三宅邦子 佐野周二 高杉早苗 笠智衆 森川まさみ 奈良真養 葛城文子

 

 

化粧品商社でタイピストとして働く、由起子(三宅)と多恵子(森川)。2人はスキーに興じつつ、話題はおのずと気になる男性のことで盛り上がる。会社に三瀬(笠)という男がいる。多恵子は由起子に、「私も行くから彼をデートに誘ってみたら」と持ち掛けるが、多恵子は都合が悪くなり、結局、由起子は三瀬と2人で会うこととなった。

とんかつ屋に入った由起子と三瀬。三瀬は専務の福井(佐野)と古くからの友人だが、「奴は女ったらしで、多恵子にも手を出している」と中傷する。そして「僕は前から君のことが好きだった。結婚して欲しい」と由起子にプロポーズする。

 

 

心ときめく由起子であったが、自宅に帰ると専務の福井から速達が届いていた。その内容は、「明日の休日お会いしたい。私はあなたに美しい幸福をもたらしてあげたい願いで一杯なのです」というものであった。怪訝に思った由起子は、福井との面会に妹の布枝(高杉)に同行してもらう。

福井の話はこうだった。化粧の研究のために女性社員を1人パリに派遣する計画があり、由起子を推薦したいと言うのだ。なぜ社外で秘密裏に打診したのかというと、いつの間にかこの話が一部の社員に伝わり、野心を抱く女性社員が猛烈な運動を進めているそうなのだ。

一瞬、三瀬との結婚話が頭をよぎる由起子。社内恋愛を御法度とする会社のため、三瀬との結婚は退職を意味するからだ。その件はともかくとしても、福井と多恵子の関係を怪しむ由起子は、すぐにでも退職届けを出したいくらいだと言う。多恵子から自分に乗り換えるつもり?と早合点した由起子は、カンカンの体で福井と別れる。

 

 

そんな由起子の感情に反し、妹の布枝は姉に目をかけてくれる福井を上手く利用しようと企む。布枝は福井を呼び出し、「自分を愛人にしてくれ」と言う。音楽学生の布枝は、自分がピアニストとしてデビューするための支援に加え、姉の由起子を出世させることを福井に求める。しかし、福井は病床の妻を持つ身であるゆえに、愛人とはいかないまでも、生活のお世話くらいならという軽い気持ちで、布枝が住む部屋を与えピアノまで買ってやる。

 

 

話は三瀬と由起子との結婚話に戻る。パリ行きに乗り気でない由起子に三瀬は、「すぐにでも結婚しよう。会社を辞めれば福井だって何も言えなくなる」と言う。由起子の手を握る三瀬だが、その直後なぜか三瀬は怒り出し、「君は僕のことが信用できないのか。もう帰りたまえ!」と態度を一変させる。

(肝心なシーンがカットされているのか、由起子に対する三瀬の心境の変化が唐突)

そこにいきなり多恵子が現れる。実は三瀬と多恵子は恋人関係にあり、パリ行きを狙う多恵子は、有望な由起子を会社から追い出すために三瀬に結婚の芝居を打たせたのだ。パリで成功を収め一流の美容師となった多恵子とともに立派な美容院を経営するー これが三瀬の計画だった。

 

 

家を出て福井の世話になる布枝だが、福井は由起子ら家族の心配を解消すべく、自分が預かっていることを伝える。そして由起子に「あなたを愛している」と告白するが、妻のある身の不貞な心を自戒する。だから、布枝にはしっかりピアノの勉強をさせると誓う福井であった。

ところがだ。三瀬は多恵子との計画を実現するために、布枝に接近する。福井の弱みを握ろうというのだ。しかし、これを機に布枝が行方不明となったことで、三瀬と多恵子の関係が福井にバレてしまい、2人は解雇を言い渡される。「社員同士の恋愛は許されないが、専務なら女性社員の妹を妾にしてもいいのか?」と福井に詰め寄る三瀬だが、会社の正式な決定だからどうにも覆せない。

 

そのうち布枝が海辺の温泉宿に居ることが分かった。連れて帰ろうと宿を訪れた福井だが、ここで福井は布枝と男女の関係を持ってしまう。後から宿にやって来た由起子はそのことを知り、福井をひどく軽蔑する。そして、良心の呵責に苛まれる福井は、自ら命を絶つのであった。

 

その後、重役会議で由起子のパリ行きが決定される。もはや心のわだかまりがなくなった由起子は、その命に快く応じる。

パリへと旅立つ際、布枝は由起子に許しを乞う。福井を死に追いやったのは、自分の軽はずみな行為が原因であることを深く反省しているのだ。「いままでのことは夢だった」と言い、布枝の幸せを願う由起子であった。

 

 

さて、タイトルの『風の女王』とは誰のことだろう。もちろん由起子を指しているのだろうが、これをどう解釈すべきか悩むところ。そのヒントとなるのが、エンディングに流れるベルディの『女心の歌』だ。「風の中の〜 羽のように〜 いつも変わる〜 女心〜♪」である。

気持ちの切り替えの早さに加え、自分に嘘をつかない由起子の毅然で颯爽とした姿勢こそ、『風の女王』を象徴する生き方なのではないだろうか。

 

解雇される三瀬が福井に食って掛かった際、他の役員が「そういうのを引かれ者の小唄と言うのだ」という台詞がある。

「引かれ者の小唄」という表現があるのか? 調べてみると「刑場に引かれてゆく罪人が強がりを言って、鼻歌まじりの小唄を歌うこと」とある。すなわち、「窮地に立たされて負け惜しみや強がりを言うこと」を意味する慣用句なのだそうだ。勉強になった。

 

この作品の主人公役の三宅邦子さん。戦後は小津安二郎監督の作品でよくお目にかかったが、和装なのにどことなくエキゾチックな雰囲気を漂わせる、不思議な魅力を持った人。

そんな女優さんは令和の時代には存在しない。

 

 

(再レビュー)

●男性對女性(1936年) 監督:島津保次郎

主な出演:佐分利信 田中絹代 上原謙 桑野通子 磯野秋雄 大塚君代 藤野秀夫 水島亮太郎 吉川満子 河村黎吉 飯田蝶子 斉藤達雄 上山草人 小林十九二 高杉早苗 坂本武 岡村文子 坪内美子 水の江滝子 

 

 

紡績会社・渥美商会の御曹司でありながら、兄の行雄(佐分利)は人類学研究の道へ。また弟の哲也(上原)も舞台演出家としての才能を磨き、兄弟ともに父親の会社経営のことなど関心の外。

同社社長の渥美恭平(藤野)は、投資家の藤村市造(水島)とビジネスパートナーの関係にあり、藤村が経営する東洋劇場にかなりの資本をつぎ込んでいる。その縁あって渥美の長男・行雄は、藤村のひとり娘・時子(田中)と知り合い積極的にアプローチされるも、日々の研究活動に没頭するあまり女心などどこ吹く風。一方、演劇の勉強でパリから帰ってきたばかりの哲也は、東洋劇場に演出主任として迎えられ、時子の女学校時代の友人で劇場の配光部主任の津田美代子(桑野)と親しくなる。

 

一見友好に思える渥美と藤村だが、所詮、自己の利益だけでつながる関係ゆえ、徐々にほころび始めていく。

まず、時子が岡倉男爵の息子・清彦(斎藤)から見初められ、2人の間に縁談話が持ち上がる。この話には岡倉男爵から藤村の劇場への投資が絡むため、藤村としてはなんとしてでもまとめたい。

次に渥美商会が輸出した生糸が、受け入れ地での検査にはねられ大損害を被る。そんなピンチの折、藤村は電鉄投資や財閥後援者の話をネタに渥美にさらなる融資を無心する。

さらに、藤村は渥美からなんとか金を引き出すため、詐欺師まがいの渥美商会の社員・山城(河村)に接近する。しかし山城は、「渥美商会は下り坂なのでもう期待できない。それよりも岡倉男爵の息子と時子の縁談を自分に任せれば、電鉄の融資など思うまま」とそそのかす。

 

かねてより黒い噂のあった山城は、渥美商会の重役たちから糾弾され会社をクビになる。だが、これ幸いに、山城の悪巧みは本格化していく。山城は巧妙な手口で行雄と時子の関係を裂き、行雄に一方的にフラれたと思った時子は自棄になり、岡倉男爵の息子と箱根に行く。しかし、根っから岡倉を嫌う時子は、イザという段になって岡倉の前からトンヅラしてしまう。

 

ところで、この『男性對女性』という物語には、もう1つのラブストーリーがあった。時子の弟・滋(磯野)と女中の菊江(大塚)は相思相愛の仲なのだが、2人に反対する父母は、藤村の家から菊江を追い出してしまう。悲しみに暮れる滋だが、行雄から「自分に嘘をつかないことが人間として正しい生き方」と諭され、これを励みに実家に帰った菊江を追い一緒に暮らす。

 

 

そして話は、再び山城の悪巧みへと戻る。藤村を完全に取り込んだ山城は、なんと!東洋劇場の支配人に収まる。するといきなり、経費削減のみならず音楽部員の解雇までも哲也に要求する。「昨日今日ここに潜り込んできたお前に何が分かる!」と激怒した哲也は劇場を辞めてしまう。哲也とともに劇場を去る美代子。

 

 

山城の口車に乗り、藤村は岡倉男爵(上山)からもっと融資を引き出そうとするが、息子と時子の一件もあり、完全に相手にされなくなる。その時子はというと、彼女も藤村の家を出て、弟の滋が暮らす菊江の実家の牧場に身を寄せる。

藤村が窮地に立たされる中、一方の渥美商会も頼りにしていた郡山の工場が火災に見舞われる。渥美が藤村に融資していた資金の回収を求めたため、ついに藤村は破産へと向かうのであった。しかも、買収にバラまいた金が検事局に目をつけられ、藤村は容疑者として追及される身となる。もはや八方塞がりの藤村は、時子と茂を交えた菊江一家の幸せな生活を見届けたうえで自ら命を絶ってしまう。

 

 

藤村の家に残った唯一の財産である家屋敷を売却することとなるのだが、何も知らない藤村夫人(吉川)は、あろうことかその手配を山城に任せてしまう。結果、藤村夫人の手元に渡る金銭は5千円(現在の貨幣価値にして2千万円ほどか?)という到底納得のできないものであった。山城がピンはねしたに違いない。

 

渥美商会のほうも工場火災の痛手が大きく、事業をたたむため財産処分を余儀なくされる。

 

しかし悪いことばかりではない。東洋劇場が岡倉男爵の経営となったことで、哲也は演出主任としてオファーを受ける。ところがだ、岡倉男爵に取り入った山城は、再び東洋劇場の支配人となっていた。その姿を見た哲也は、「何ですかこの男は?じゃあ失礼します」と吐き捨て、後を追ってきた山城をコテンコテンに叩きのめす。事情を薄々と察した岡倉男爵は、山城にクビを宣告する。

憤怒のまま東洋劇場を後にする哲也に美代子はこのように言う。「資本家の武器は資本、芸術家の武器は芸術、どちらの武器が強いか戦いましょう。そして勝ちましょう」― 実に爽快な結末である。

方や、行雄のほうはというと、研究調査にモンゴル行きの話が持ち上がる。その前に結婚するよう、哲也は行雄を、美代子は時子を説得するが、2人とも優柔不断な態度を示す。このまま別れ別れとなってしまうのだろうか。否、行雄を追いかけてモンゴルへと行った時子は、めでたく再会を果たすのであった。

 

この作品は大船撮影所の落成記念ということで、オールスターキャストで製作された。しかも、当時すでに人気子役だった高峰秀子さんが、違う人物と違う場面の2カ所でエキストラ的に出演している。1つは上海のキャバレーの売子役で、もう1つは東洋劇場でのレビューの観客役だ。明らかに彼女と分かる映し方なので、記念作品のサービスシーンといったところだろう。

(劇場上映時にうっかり見逃したファンはさぞかし悔しがったことだろう)

また、クレジットに坪内美子さんの名が確認できるが、どこに出ていたか分からなかったのが残念。
 


上海のキャバレーの売子役の高峰秀子さん

 


レビューの観客役の高峰秀子さん

 

ただしこの作品の一番の見どころは、やはり松竹少女歌劇団によるレビューの場面だろう。劇場が物語の半分を占めるせいか、実際の公演シーンを使いかなり長い尺を取っている。これは決して意味のないものではなく、先の美代子の台詞のごとく、「資本vs芸術」という本作品のポイントをスマートに表すのに効果的だと思う。

また、作品のタイトルは『男性女性』だが、男と女が対抗・敵対する意味での「Versus」ではないとういことは、ストーリーからも明らか。3つのラブストーリーの顛末から、個人的には「男性と女性が対を成すことで生まれる幸せ」と解釈したい。

 

最後に、田中絹代さんと桑野通子さん、お2人の洋装姿が素晴らしく美しいのでいくつかアップしておきたい。

 



日が暮れる時間が早いせいか、夏よりも冬のほうが乗らなくなる。

今年は、あと1回くらい乗れるだろうか。

(再レビュー)

●新女性問答(1939年) 監督:佐々木康 

主な出演::桑野通子 川崎弘子 三宅邦子 水戸光子 坪内美子 徳大寺伸 春日英子 夏川大二郎 廣瀬徹 大塚君代 森川まさみ 原清子 小橋昌子 葉山正雄 笠智衆

 

 

【愛憎編】

女学校時代の仲良し7人組は、大学進学後も「七人会」という女子独身倶楽部を結成していた。メンバーの1人・路子(三宅)が結婚することとなり、お祝いに駆けつけた他の6人は、路子に彼氏の写真を見せてほしいとせがむなか、時代(桑野)は大きな衝撃を受ける。その写真に写っていたのは、時代の姉・お葉(川崎)の恋人・村川(廣瀬)だったからだ。当の村川は、長年付き合ってきたお葉を捨て、実業家の娘の路子に鞍替えしたというわけだ。

 

 

お葉と時代の姉妹には事情があった。元々は裕福な家だったが、人の良い父親が悪人に罪を着せられたうえ、獄中死を遂げたのだ。その無念を晴らすには法律の知識が必要と考えたお葉は、時代に大学で法律を学ばせるため、自身は芸者の道を選んだのであった。

 


しかし、時代は、姉が芸者では仲間たちに軽蔑されると恐れ、「姉は銀座の美容室で働いている」と事実を隠し通していた。

村川との結婚をやめてほしいと路子に詰め寄る時代。このとき時代は姉が芸者であることを打ち明けるが、これに対し路子は「私と村川が別れたからといって、あなたのお姉さんが幸せになれるわけではない」と言い、さらには「芸者なんて男にふしだら」と口汚く罵る。これに激怒した時代は、路子と喧嘩別れしてしまう。

 

かくして路子と村川は結婚するが、まもなく路子の父親が亡くなったことで、負債の山だったことが判明する。鼻っから財産だけが目当ての村川は、金のない路子の家には何の魅力も感じなくなった。村川は「大陸に渡り成功して帰る」との言葉を記した手紙を送り、路子の元を去ってしまう。

金の工面ができずに家屋敷を出ることとなった路子だが、唯一の救いがあった。それは若い頃から父の秘書を勤めていた日野(徳大寺)の存在だ。日野は女中の志津とともに、路子のこれからの暮らしを支えていく。

 

 

物語は先の「七人会」に戻る。路子に次いで結婚したメンバーの雪子(水戸)が彼女たちの住まいに遊びに来た。雪子の夫が皆をご馳走に招待したいというのだ。皆が喜び勇んで食事会場に出向いたところ、偶然にも客に連れられた芸者姿のお葉と会ってしまう。焦る時代。

ここで、姉が芸者であることが皆にバレてしまい、時代は軽蔑の目を向けられる。女の自立を求め大学に進学した彼女らは、「女」を売りモノにする芸者に対し、日頃から嫌悪感を抱いていた。彼女たちと絶交した時代は、たった1人で勉強に励み、弁護士の道を目指すのであった。

 

方や、村川の子供を宿していた路子は、日野と志津の世話になりながら無事に出産していた。だが、日野に想いを寄せる志津を察し、自分が居ては邪魔だと、我が子とともに行方をくらましてしまう。

 


 

【友愛編】

お葉は弁護士事務所を経営する城木(夏川)から求婚される。「娘には母親が必要だし、時代さんが弁護士を目指しているなら、私と一緒になったほうが心強いだろう」と言う。しかし、村川のことを気にかけるお葉は、城木の申し出を丁重に断る。村川と路子が幸せに暮らしているなら諦めはつくが、行方知れずのままでは心穏やかではないという。

 


猛勉強の末、大学の女子部を首席で卒業した時代。卒業後は弁護士試験に挑むため、城木の好意に甘え彼の事務所に就職する。

一方、行方不明となっていた路子は子供を育てながらバーで働いていた。「まともな職に就いたほうが子供のため」という知人から紹介されたのが、城木の娘の家庭教師だった。なんという因果か!城木の願いで路子の面接に立ち会ったお葉は、彼女の名前を聞いて直ぐに分かった。自分から村川を奪った女ではないか!?

しかし、心優しいお葉は路子の住まいを訪ね、村川とのことを隠しつつ路子が安心して働けるよう支えとなる。

これを機に、路子と時代が再開する“不幸な”つながりができる。

 

 

そんなとき、お葉のもとに村川から連絡がくる。村川への未練を隠せないお葉だが、村川に路子の居所を伝え、会いに行って欲しいと懇願する。そして、路子親子の住まいを訪ねる村川だが、路子は「この子の父親は2年前に死んでしまった」と復縁を頑なに拒否する。しかし、村川が来た目的は、路子との間に生まれた子供を奪い取るためだった。無理やり子供を連れ去ろうとする村川。そこに偶然、お葉がやってくる。拳銃を手にした路子は村川を撃とうとするが、放った弾丸が不運にも間に立ったお葉に当たってしまう。お葉は死の床にありながらも、「村川さんの代わりに死ぬのなら私は本望。親子3人、幸せになって欲しい」と訴え、ついに絶命する。

 


時代は見事に弁護士試験に合格した。ともに苦労してきたお葉と喜びを分かち合うことができたし、お祝いに駆けつけてくれた七人会の友人らとも仲直りができた。そんな喜びも束の間、「お葉の死」という悲報を受ける。故意ではないと言え、かつての友人・路子が姉を殺した・・・こんな悲劇があるだろうか。

 

これ以降ストーリーは、「殺人犯・路子」の裁判へと展開する。

七人会の仲間たちから「時代に路子の弁護をしてほしい」と頼まれる。実の姉を殺した殺人犯の弁護などできるはずがない。

しかし、梅吉(坪内)からも「お姉さんだって路子さんの弁護を望んでいるはず。命を懸けてまで村川と路子の幸せを貫いたお葉の美しい心を汚してはいけない」と説得された時代は、路子の弁護を引き受ける。

 

いよいよ裁判が始まった。懲役3年の求刑に対し、「殺意のないところに、なぜ殺人が起こったか?」が争点となる。「村川の立場は法に触れないものの、男子として欺瞞に満ちた恥ずべき行動こそが事件に至る根源。人道的に糾弾されるべきは村川」と弁論する。必死の弁護の甲斐あって、路子には執行猶予の判決が下される。

 

全てが解決した後、時代は姉の想いを受け、城木との結婚を決める。

 

 

【見どころ】

大勢の芸者衆を集めた時代の弁護士合格祝いの席はまさに大臣 

級の壮観さ。さらに三味線の演奏で七人会の友人が『純情の丘』 を歌うシーンが感動的。

路子を弁護する時代の弁論シーンには、実に10分以上もの長尺。『白い巨塔』(1966年)で滝沢修さん扮する船尾教授が、参考人として裁判の最後に無罪の妥当性を説明するシー ンが思い出される。このシーンは、『新女性問答』のオマージュと言ったら言い過ぎだろうか。いや、裁判劇で弁論のシーンをある程度リアルに描こうとしたら、これだけの尺をとらないと内容的に乏しいものになるからと考えられる。

 

【人間関係】

ストーリーの展開がやや複雑であり、これに加えて登場人物の奇遇なつながりが絡んでくる。

まず、雪子の夫は城木と知り合いで、七人会の女子らを食事に連れて行った先で、城木が連れてきたお葉ら芸者衆と遭遇する。
日野は出版社に勤める雪子の夫と友人関係にあり、自分の原稿を買ってもらったお金を路子の出産の病院代に充てる。残念なのは徳大寺伸さん演じる日野の立場が尻切れトンボぎみなこと。法廷のシーンで志津と一緒に顔を見せるが、ストーリーに最後まで絡んでほしかった。
城木の弁護士事務所で時代と一緒に勉強する男の妻が、同じアパートに住む路子の子供を預かっている。この路子の部屋が、お葉が死に至る事件現場となる。

 

【虎に翼との関連】

この作品から、朝ドラでやっていた『虎に翼』やモデルとなった三淵嘉子さんを連想する人も多いだろう。作品公開の年が1939年だから、三淵さんが司法試験に合格した1940年と時期的にはほぼ重なってはいるが、朝ドラのように「女性にもようやく開かれた法曹界」とか「日本初の女性弁護士」といったニュアンスは微塵もない。

また、当作品は、女性の社会的地位の向上といった問題よりも、「女性が自身の立場に関係なく、1人の人間としてどのような人生を全うすべきか」、「どれだけ悔いのない生き方ができるか」を問うたもので、そこに『新女性問答』たるテーマが反映されていると思う。

 

愛する者を幸せにするために、身を挺したお葉の人生は幸せだったに違いない。

 


「姉が芸者だから付き合わないだと?そんな薄っぺらな友情なら、こちらから熨斗を付けてお返しする」と啖呵を切る梅吉姐さん。

 


時代の弁護士試験合格を喜ぶお葉。この作品は、とにかく川崎弘子さんが美しく可愛らしい。

 

「お祝いを知らん顔していてはお友達として恥じゃないの?喧嘩別れしたままでは悲しい」と七人会のメンバーに時代の祝福を求める雪子(水戸光子さん)。

 


●マダムと女房(1931年) 監督:五所平之助

出演:渡辺篤 田中絹代 伊達里子 横尾泥海男 市村美津子 日守新一 小林十九二 吉谷久雄 月田一郎 坂本武 井上雪子

 

 

500円の大仕事を受けた劇作家の芝野新作(渡辺)は、集中して脚本を書くため、静かな郊外にある借家を探し歩いていた。

良さそうな借家を見つけたところ、傍で写生をしていた画家(横尾)と言い争いから大喧嘩となる。目の前にあった銭湯に飛び込んだ弾みで、出てきたマダム(伊達)が2人の仲裁に入る。

「喧嘩なんかつまんないわよ」と。

湯上り美人のマダムに一目惚れした新作は、「どうせ越すなら美人の近くだ!」と言わんばかりに目当ての借家に決める。

 

妻の絹代(田中)と2人の子供とともに新居に越した新作。締め切りまであと5日というが、天井裏で騒ぐネズミや野良猫の鳴き声、夜泣きする下の子に邪魔をされ、一向に筆が進まない。

いや、それ以前に、この夫婦は倦怠期なのだろうか、夫を励まさなければならないはずの絹代は「あーた、早く仕事を終わらせないと、もうウチにはお金がないわよ」などと言うものだから、ますます新作をイラつかせる。

おまけに、変な薬売りの相手までさせられた新作は仕事どころではない。

 

怪しい薬売り役の日守新一さん

 

劇場からも原稿を催促されるなか、隣家でジャズバンドのパーティーが開催された。あまりの騒がしさに、文句の一つでも言ってやろうと乗り込んで行く新作だが、彼を出迎えたのは、以前に会ったセクシーマダム。

怒鳴り込みに行ったはずが皆から歓待を受け、おまけに新作先生のファンという少女も加わり、新作はウキウキ、デレデレに。

 

 

窓越しに新作の振る舞いを見ていた絹代は、簪をへし曲げるほどのカンカンの体で、新作を問い詰める。
そのときの2人のやり取りが可笑しい
絹代一体あなたはあそこに何しにいらしたの?

新作ジャズをやめてくれと言おうと思って・・・

絹代それで、あのモダンガールと仲良く遊んでもらったの?

新作バカ、あれは隣のマダムじゃねーか!

絹代近頃のマダムなんて危ないわ!

新作マダムで悪けりゃ、隣の女房だよ。ただジャズを聴いていた  

         だけだよ!

絹代それに、近頃のエロでしょ。エロ100パーセントでしょ!

(エロ100パーセントって何だ?)

 

嫉妬心から絹代はミシンの音をガタガタと立て始め、果てには「洋服を買ってちょうだい」とねだる。

洋服をねだったのは、隣のマダムへの対抗心だろう。

とにかく機嫌の悪い絹代をよそに、マダム宅のジャズパーティーでテンションをあげた新作はスピードアップで創作にかかる。
 


 

そして数日後、原稿料が入ったのか、芝野家はデパートから自宅へ帰る道を歩いていた。

絹代の手には新作に買ってもらったと思しき洋服の包みが。

空を飛ぶ飛行機を眺めながら絹代が言う。

「私だって大阪まで乗ってみたいわ」

「堕ちたら俺が男ヤモメになってしまう。こどもが2人もいる男のところに嫁なんか来ない」と返す新作。

絹代は「死ぬときはあなたと一緒よ」と、互いの想いを確かめ合う。

 

気づけば、隣のマダム宅から『私の青空』の演奏が流れている。

「こいつはイイなあ」と、2人はメロディーを口ずさみながら家路につくのだった。

恋しい〜 家こそ〜 私の青空〜 (^^

 


 

ご存じ、日本発のトーキー作品で有名な『マダムと女房』。

映像や写真で顔は知っていても、映画俳優が喋る声など大半の人が聴いたこともない時代。

当時大人気の渡辺篤さんや田中絹代さんが一体どんな声なのか、一般大衆の関心は爆発的に高かったと想像する。

 

また松竹としても、日本発のトーキー映画に相応しい声の俳優をキャスティングしなければならない。

面白げに喋る渡辺篤さん、可愛らしい美声の田中絹代さんの起用は、台詞の1つひとつが何倍にも生かされ大成功だったと思う。

 

トーキーつながりで、むかしこんな話を聞いたことがある。

スウェーデン女優のグレタ・ガルボが初めてトーキー映画に出た際、意外に低い声だったため、世界中のファンが「あれっ?」って拍子抜けしたという。

『ラジオ名画劇場』で淀川長治さんがそんなことを言っていた。

 

田中絹代さんと言えば、東海林太郎さんが歌う『すみだ川』(昭和12年)で曲の合間に彼女の台詞が入る。

「ああ、そうだったわねぇ〜、あなたが二十歳、私が十七のときよ・・・」という台詞である。

松竹女優随一の初々しい美声の田中さんは、まさにお糸のイメージそのものだ。

 

 

ところで、クレジットに運転手役として坂本武さんがキャスティングされているが、車が出てくるシーンを見なかったし、どこに出演していたのか分からない。私が観た映像が一部カットされていたのかもしれない。

●元気で行かうよ(1941年) 監督:野村浩将

出演:佐野周二 上原謙 田中絹代 高峰三枝子 河村黎吉 佐分利信 桑野通子 坂本武 飯田蝶子 小林十九二 和田昭人 笠智衆
 

 

興亜鉱業の同僚である今井周二(佐野)と青木謙(上原)は、公私ともに開けっ広げな仲。それもそのはず、今井の妹・三枝子(高峰)は青木との結婚が決まっており、直に兄弟関係となるからだ。

妹が嫁ぐのを機に、彼らの上司・大塚伸(佐分利)とその妻(桑野)は、「良い女性があるから」と今井にしきりと見合いを勧める。

しかし、今井はその気になれない。

 

君もそろそろ結婚しないか?

 

ある日、今井は小遣いの沖田少年(和田)との間でちょっとした金銭トラブルがあった。少年に預けた蕎麦の付け代金を蕎麦屋(小林)が半分しか受け取っていないというのだ。「なに言ってんだい、全額払ったじゃねーか!」と白を切る沖田少年。仕方なく残りの半分を蕎麦屋に支払う今井だが、日ごろから金にガメツい沖田少年を陰に呼んで、ガツンとヤキを入れた。

ところがだ。沖田少年は、「今井さんに殴られた!」と姉の絹代(田中)に訴える。弟が蕎麦屋の支払いを誤魔化したことなど知らない絹代は、怒り心頭で会社に怒鳴り込んでくる。

お互いに言ってることが違うぢゃねーか!

 

絹代の家にはのっぴきならない事情があった。山師の父親(河村)に金銭の支援をしているからだ。しかし、言われるままに金を与えていたのではキリがない、父親の山師根性をなんとかやめさせたいと思う絹代であった。
そしてある日、その父親が「一山当てたぞ!」と金鉱のサンプル石を持って帰ってきた。これで大金持ちか?と思いきや、採掘権か何かを出願するのに、100円が必要なのだそうだ。しかし絹代としては、まだモノになるかどうかも疑わしい山にそんな大金を右から左に出せるはずがない。弟は「出してやって欲しい」と言う。

※昭和16年当時の100円と言えば、1円の価値を現在の5千円と 

  換算して、50万円くらいになるだろうか?)

 


お金受け取っちゃダメよ。

 

いつもと様子が違う沖田少年を察し、今井は「今日はどうした?普段はガメツいくせに」と事情を聴く。父親の一件から、今井に「100円貸して欲しい」と素直に打ち明ける沖田少年。沖田少年が普段からガツガツお金に執着するのは、全て父親に貢ぐためだったと知り、今井は100円を貸す。

しかし、他所様から借りてまで父親を支援することはないと考える絹代は、沖田少年を咎め、なけなしの貯金から100円をそっくり今井に返すのであった。

 

「このお金のせいで、生活にも影響が出るはず」と心配する今井の妹・三枝子は、沖田少年が返しにきた100円を絹代のところに届けに行く。もちろん断る絹代だが、三枝子は「ここは女同士、互いに思う気持ちが大切」と真摯な姿勢を示す。絹代が目を離した隙に三枝子が置いていった100円を、「やはりこれは受け取れない」と再度今井に突き返した絹代。

絹子の意地に負けじと今井は、沖田少年を呼んで「この100円を持って帰らないとクビにするぞ!」と脅し、100円は再び絹代の手元へ。

とにかくこの100円が行ったり来たりするのだが、あくまでも頑固な今井に愛想が尽きたのか、結局100円は絹代宅の仏壇の中へと落ち着く。

この一件で、律儀な絹代にすっかり好感を抱いた三枝子。「あの人なら兄さんも好きになって当然だろう」と言う青木。この2人に会話を耳にした三枝子の父親(坂本)は、息子の嫁に相応しいと思ったのか、「それなら私がまとめようなか?」と意気込み、絹代が働く書店に偵察に行く。

 


偵察に行って絹代の身長をそれとなく測る今井の父親。

 

なんとなくこの辺りから、話の好転が予感される。

 

1つは、三枝子の父親が持ってきた鉱石のサンプルを今井の会社で分析したところ、かなり見込みがあるとの結果が出たこと。

そしてもう1つは、大塚夫妻が凝りもせず今井のお見合いを勧めたこと。今井は「ウチの三枝子と同じくらいの女性がいたらいつでももらう」と言うから、実は相当なシスコンなのかもしれない。

「本当に良い人なんだから、他所にもらわれてもいいの?」と言いつつ、大塚の妻は女性のお見合い写真を今井に見せる。「もらわれては困る」と、写真を上着のポケットに仕舞い込む今井。お見合いの相手は絹代だったのだ。

結末は、今井と絹代をくっ付けようとする、周囲の者らの策略が見え見えなのだが、どうであろうと、めでたしめでたしである。


この作品の公開は日米開戦の年であるが、野村浩将監督らしい実に明快で溌剌としたラブロマンスに仕上がっている。松竹のオールスターキャストも実に良い。笠智衆さんが珍しく悪役(鉱山の親方)を演じる。

また、佐分利信さん、佐野周二さん、上原謙さんのお三方というと、婚約三羽烏(1937年・島津保次郎監督)をイメージするが、今回は佐分利信の持ち味があまり出て来ないし、その奥方役の桑野通子さんにしても同様。その点が唯一残念なところだろう。


今回は画像が悪いので、最後に田中絹代さんのサービスカット。

●淑女は何を忘れたか(1937年) 監督:小津安二郎

出演:桑野通子 斎藤達夫 栗島すみ子 飯田蝶子 吉川満子 佐野周二 坂本武 葉山正雄 突貫小僧 上原謙 

 

 

麹町にあるドクトル小宮(斎藤)宅は、夫人の時子(栗島)を中心に、牛込のマダム・千代子(飯田)、御殿山の未亡人・光子(吉川)らの集会場となっている。「女三人寄ると富士の山でも言い崩す」の喩えのごとく、怖いものなしの勢いだ。

 


 

そんな小宮宅に大阪から姪の節子がやって来た。自由奔放気な節子は叔父の小宮に甘え、大阪弁で言いたい放題なことをまくし立てるが、それが時子には気に入らないのだろう。土曜日の午後、時子は「今日はゴルフに行かないのか?運動しないと身体にドクよ」と小宮に迫り、方や節子には留守番を命じる。夫の居ぬ間に、自分は先の奥方連中と歌舞伎見物に行く計画だ。

 

 

小宮は渋々ながら家を出るが、ゴルフには行かず、まずは助手の岡田(佐野)の下宿に寄ってゴルフ道具を預けるやいなや、西銀座のバー「セルバンテス」へと向かう。店に入ると千代子の夫・杉山(坂本)がいた。本当なら小宮は杉山とともにゴルフに行く予定だったが、「自分は行かないが、それだと時子がウルサイから」と杉山にアリバイづくりを依頼する。
 

 

小宮がセルバンテスで一杯やっているところに、節子がやってくる。節子は先の一件が癪に障ったようで、「追い出されるようにゴルフに行くようでは、もうお終いやわ。軽蔑するわ」と小宮を責める。そして、「今日はどうせ家に帰らないなら、芸者遊びに連れて行け」と料亭へと繰り出す。

散々飲んだあげく、ひどく酔っぱらった節子。家に連れて帰りたい小宮だが、自分はゴルフに行っていることとなっている。そこで岡田に頼んでタクシーで節子を家に送り届けてもらう。

 

しかし、節子が夜遅く酔っぱらって帰り、しかも男にタクシーで送られたことで、時子は怒り心頭。ところがこの一件がきっかけで、と言うか先のアリバイ工作がバレて、時子から「ゴルフに行かずにどこにいたのか」と問い詰められる。

気まずくなった小宮は節子とともに、いつものセルバンテスへ。そこで節子は、「あんな奥さんボカンとやらなダメや。今日は、飲も、飲も」と小宮にカツを入れる。
 

その気になった小宮は堂々と家に帰るが、またぞろネチネチ、グダグダと言う時子に、小宮はピシャリとビンタをくらわす。思いもよらぬ夫の力技に憮然とする時子だが、節子は「叔父さんだってゴルフに行きたくない日もある。だから仕方なく岡田さんの下宿に泊めさせてもらった」と釈明する。さらに小宮も「殴って悪かった」と謝ったことで、時子も自分の至らなさを反省する。
 

これにて一件落着かと思いきや、節子は、先に小宮のほうから時子に謝ったことが気に食わない。「旦那さんはもっと威厳をもたなあかん」となじる。

しかし、小宮は「あれはあれで良いんだよ。これはまだ節ちゃんには分からないんだよ」となだめる。
 

ここから先の小宮の説明が実に良い。

むやみに奥さんに威厳を示す夫もいるが、あれはあまり良くないよ。奥さんには花を持たせなきゃいかんよ。奥さんはね、旦那さんを抑えていると思っているのが良い気持ちなのだから。子供を叱るときに、逆に褒めることもあるだろう。つまり逆手だよ」

 

小宮の思惑どおり、ビンタを愛の証と受けとめた時子は、この一件を千代子と光子に惚気る。

小宮が言う逆手という言葉が気に入ったのか、これをネタに岡田とお茶を飲みながら結婚について語り合う節子。そして機嫌よく大阪へと帰っていくのであった。

 


 

節子が大阪に戻ったことを惜しむ小宮と時子。就寝を前にして、時子が「ねえ、コーヒーでも淹れましょうか?」と甘ったるい声で言う。「でも、いまから飲んで寝られるかな?」と返しつつニヤける小宮。このやりとりの意味を説明するのは野暮というもの。

柱時計が11時の鐘を打つ。

 


 

さて、作品タイトルの『淑女は何を忘れたか』だが、「淑女」とは誰のことを指すのか。また、「忘れた」のは何を忘れたのだろうか。

最初、「淑女」は節子のことかと思ったが、そうではなく、登場する女性たちのことだろう。先の小宮の発言のごとく、夫婦ならではの機微については、“逆手”という言葉がキーワードとなる。この逆手を使う気さえ起らなくなったら夫婦はお終いだから、決して忘れてはならないという戒めが込められたタイトルだと思う。お互いに手の上で転がしていると思っているうちが花なのだ。

 

 

≪その他の見どころ≫

 

貧乏キャラの坂本武さん、飯田蝶子さん、葉山正雄さん、突貫小僧だが、今回は裕福な山の手民を演じる。葉山正雄さんと突貫小僧は、進学の勉強に励む優等児。坂本武さんに至っては、「このウイスキーがなぜDimpleという名前なのか知ってるか?」とバーの女に洒落た台詞を言う。たまにはこんな役柄も良い。

 

フレドリック・マーチやウイリアム・パウエルなど、この当時人気だったハリウッドスターの名前が出てくる。フレドリック・マーチは1931年の『ジキル博士とハイド氏』を演じた俳優だが、小宮が主張する逆手という二面性を暗示していると捉えると面白い。
 

歌舞伎見物のロビーに上原謙さんが本人の役でチラリと登場する。男子トイレに入ったのだろうか、それを千代子(飯田)が覗き見る。
 

バー「セルバンテス」の店内に、こんな言葉が掲げられている。

I Drink Upon Occasion, Sometimes Upon No Occasion.- Don Quixote
  セルバンテスが『ドン・キホーテ』で書いたものだろう。「私は理由 

があって酒を飲む。時には何の理由もなく酒を飲む」であり、今

回のストーリーにも何となく符合する。今はこんな粋なメッセー 

ジを贈るバーなど皆無であり、戦争前がどれだけ洗練された

時代だったか分かる。

 

千代子(飯田)と光子(吉川)の「バカ」、「カバ」の掛け合いが2度ほど出てくる。山の手婦人とは言え、コミカルなシーンを見ると安心する。
 

大阪弁の桑野通子さんもなかなか良い。根っからのイケイケキャ 

  ラがより一層際立つ。

男の償ひ(1937年) 監督:野村浩将

出演:佐分利信 桑野通子 田中絹代 夏川大二郎 飯田蝶子 河村黎吉 岡村文子 水島亮太郎 武田秀郎 吉川満子 葛城文子 大山健二 小島和子 水戸光子 森川まさみ 

 

考古学者の滋(佐分利)は、幼馴染みの瑠璃子(桑野)に招かれ2人の母親が養生する熱海の温泉場を訪ねていく。滋と瑠璃子は親も認める仲なのだが、研究活動に夢中な彼は、いざ結婚となるとどうにも積極的になれない。

そんなとき、宿に来た町の名士・堤(大山)というボンボンから、「考古学なら骨董品も詳しいでしょう。ウチにある品が幾らになるか鑑定してほしい」などと俗物的なことを言われ、その不満を瑠璃子に漏らす。どうやら瑠璃子の母親・勝恵(岡村)は、「どうせなら貧乏学者よりも金持ちのほうが良い」と堤と瑠璃子を結婚させたい考えなのだ。

それを薄々と感じる滋は、憮然として熱海をあとにした。

 

相変わらず洋装姿がサマになる桑野通子さん。

 

卓球に興じる滋と寿美だが、結婚後はそれどころではなくなる。

 

それからしばらく経ち、伊豆の遺跡調査に来た滋は、地元の老舗旅館・夕霧楼の一人娘・寿美(田中)から一目惚れされる。「ぜひに、うちの婿に来てほしい」との申し出に対し、大いに悩む滋だが、瑠璃子の母が持ってきた1000円もの手切れ金を山師の兄・猛(河村)に横取りされ、その分の金を突き返すためにも寿美の婿となる。

とは言え、満更でもない滋であり、寿美と仲良く関西方面に新婚旅行へと出かけていくのだった。

そんな成り行きを知らない瑠璃子は、母親の無礼を詫びるとともに、滋と縒りを戻したいと滋の母・粂子(飯田)のところにやってくる。ここで、一切の事情を知った瑠璃子は泣き濡れる。

 

人の気も知らずに新婚旅行に出かける滋と寿美。


 

寿美の婿となり、夕霧楼で落ち着く滋はますます考古学に打ち込む。方や寿美のほうも滋の助手気取りで、滋にベッタリの日々。そのことを瑠璃子の父母(武田・吉川)が快く思わないのは当然のこと。

そこに山師の兄・猛がやってきた。津軽海峡に沈んだ船から金塊を引き上げるのに500円出してほしいという。瑠璃子の母のときと同じ手口だ。もちろん、けんもほろろに断る滋だが、しつこく無心された寿美は夕霧楼の金庫から金を持ち出し渡してしまう。

 

「いったい誰が、金庫から500円もの大金を!?」と大騒ぎの夕霧楼。前々から寿美に恋心を寄せていた番頭の喜之助(夏川)が、「私の不徳の致すところ」と寿美の罪を被る。「律義者の喜之助がそんなことをするはずがない」と問い詰める父母に対し、寿美は全てを白状する。

この一件で疫病神の汚名を着せられた滋は、猛から金を取り戻すべく東京へと向かうのであった。

 

ここまでが前編で、後編は不幸の連続。

 

結局、兄から金を取り戻すことができなかった滋は、恩師である黒須博士の夫人(葛城)に間に入ってもらい、寿美との離縁を申し出る。これに対し、卒中で倒れた寿美の父は、病の床で「寿美と喜之助を夫婦にする」との遺言を遺す。

そう上手くことが運べば良いのだが、寿美は滋の子を宿していた。何という因果か!寿美の身を知りながら、「旦那様のお望みなら私は本望」と結婚を承知する喜之助。

 


 

名ばかりの夫婦とは言え、寿美の子供・啓一(小島)は無事に生まれたが、新しく建てた新館が火事になる。これにより、寿美の母親は非業の死を遂げ、喜之助は失明してしまう。

 

それから数年後、寿美と喜之助との間にも子供が生まれ、安泰を取り戻した夕霧楼に、堤のボンボンと結婚した瑠璃子が泊まりにやってくる。

そこで瑠璃子は、寿美の前夫が滋だったことを知る。寿美に自身の身の上話をするなかで、かつての恋人が滋だったことを打ち明け、滋のせいで苦しんだ寿美に慈悲の心を向ける瑠璃子。成り行きとは言えども、寿美を捨てた滋を責めているのだ。

 

 

その後、どういうわけか、寿美の元に滋が訪ねてくる。瑠璃子から寿美の苦労を聞いた滋は、子供の父親としての責任を申し出るが、寿美は「喜之助こそが本当の父親」ときっぱりと断る。

滋は夕霧楼を去るが、どこまでも遠慮深い喜之助は、「目が見えない厄介者の私なんかと離縁し、滋さんと一緒になりなさい」と寿美に言う。そんな喜之助に対し、改めて一生の愛を誓う寿美。

しかし、「自分さえいなければ」と思ったのか、川岸に出た喜之助は足を滑らせて激流にのまれてしまう。しかも、父の危険を警告しようとした啓一までもが激流の中に。

 


 

夫と我が子を一度に失った寿美は、気が狂って精神病院に入院する。寿美の傍にいて彼女の一生を見守ろうと決意した滋だが、実に救いのない終わり方である。

この結末こそが、作品で伝えたかった男としての償い方なのだろうか?

 

原作を書いた女流作家の吉屋信子氏は、同性愛者だったそうだ。女同士で仲良くするのは勝手だが、男に対する嫌悪感か、かなり恨みがあるとしか思えない顛末。

常に身勝手な滋と自分よりも皆の幸せを優先する喜之助・・・ 対照的な2人だが、どちらの男も徹底的に不幸に描きたかったようだ。

 

名子役の小島和子さんは野村監督のお気に入りかな?

 

田中絹代さんと桑野通子さんは、翌年の『愛染かつら』でも共演している。両作品ともにライバルの設定だが、相手の心情を汲み険悪な関係にならないのが良い。

『愛染かつら』で田中絹代さんの子供役で出た小島和子さんが、啓一役で本作品にも登場する。『人妻椿』のときと同じく男の子役を演じる。これら3作ともに野村浩将監督。

 

最後の精神病院の場面で、水戸光子さんと森川まさみさんが看護婦役で少しだけ出てくる。2人のファンには嬉しい。


お顔がはっきりと見えなくて残念だが、水戸光子さん(左)と森川まさみさん(右)。

風の中の牝鶏(1948年) 監督:小津安二郎

出演:田中絹代 佐野周二 村田知英子 坂本武 高松榮子 笠智衆 水上令子 文谷千代子 岡村文子 清水一郎 三井弘次

 

 

幼子の浩を抱える時子(田中)は、洋裁で得たわずかな賃金で何とか食いつなぎながら、夫・修一(佐野)の復員を待っていた。手持ちの着物を売るほど生活が困窮するなか、浩が急性大腸カタルにかかってしまう。子供可愛さにあんこ玉を食べさせたのが災いしたのだ。病院での処置が早かったことで順調に回復するも、10日分の入院費が払えない。もう売るものなど何もない時子は、斡旋屋の織江(高松)の紹介で、一度だけ売春をした。

 

 

昔からの友達で何かと助けになってくれる秋子(村田)にそのことを打ち明けたところ、「なぜ、私に相談してくれなかったのか?」と厳しく咎められる。お金に困っているのはお互い様。秋子を困らせたくなかったのだが、自ら犯した過ちの大きさに苛まれる時子であった。

 

その後すぐに、修一が復員してきた。親子3人、しばし仲睦ましく喜び合う。

「留守中に何もなかったか?」と問う修一に対し、時子は動揺しながらも浩が病気になったことを話す。

「かなり費用がかかっただろう?金はどうした?」と聞かれ、ことの一切を正直に話してしまう。

ここから修一の態度が一変する。時子への態度が冷たくなっただけでなく、その時に使った曖昧宿(青線の宿)の詳細な場所、相手の男が来た時間、男の様子まで執拗に問い詰める。

 

 

そして修一は、月島にあるその曖昧宿へと訪れ、女を頼む。部屋に来たのは房子(文谷)という女。窓の外を見ながら、宿の裏手にある小学校に通っていたと言う。どこにでも居そうな21歳のお嬢さんで、平気で売春をする女には思えない。教室から聞こえる児童たちの『夏は来ぬ』の歌声。何か虚しさを感じたのだろう、修一は彼女に何もせず、お金だけを置いて宿を出ていく。

修一が隅田川の河岸で思いにふけっていたところ、後から宿を出た房子がやってくる。さらに聞けば、この仕事で働けない父と弟を養っているとのこと。房子から弁当を分けてもらった修一は、「この御礼に真面目な仕事を見つけてやる」と約束する。

 

 

友人の佐竹(笠)に房子の就職を頼んだところ、どうにか引き受けてくれた。

そのとき佐竹はこう言及する。「でも、おかしいじゃないか。その女は許せて、どうして奥さんのことは許せないのか。奥さんの身になってみれば無理もない。過ぎたことだから許してあげろよ もう許しているのなら感情以上に意志を働かせて、その気持ちを押さえつけてしまうんだな。それは立派なことだと思うんだ」と。

痛いほどに沁みる佐竹の言葉だが、何かが吹っ切れない修一。

 

家に帰ると、常に修一の顔色をうかがい、ただ許しを乞うばかりの時子に返っていら立ちが募る。また外に出て行こうとした修一と揉み合いになり、時子は階段から転げ落ちてしまう。

痛めた足を引きずりながら階段を上ってきた時子。その姿から受けた憐れみと悲しさの感情が刺激となって、心から時子を許す気持ちが固まったのだろうか。修一は、「もう二度と考えるまい、大きな気持ちになるんだ、もっと深い愛情を持つんだ、笑って信じ合うんだ」と言い、時子を強く抱きしめる。
 

時子が階段から落ちるシーンはスタントを使ったそうだ。

 

戦争の悲劇をあからさまに描かない小津監督としては異色の作品。それだけにこの映画への評価は大きく分かれかもしれない。

しかも、夫が出征中の妻の売春がテーマだけに、とても丁寧に描かないと、「こんなこと、終戦直後ならどこにでもある話」で終わってしまう。

 

時子の相手をした男客が、「ダメだった。ゆうことをきかないんだよ」と残念そうに女将(岡村)に語るシーンがある。時子は客を取ってお金をもらったが、行為に及んでいないことが分かる。「やったか、やらないかが問題ではない」と言えばそれまでだが、ストーリー的に何かしら時子の純潔を加えたかった気持ちがうかがえる。

 

ダメだった男客。悔し紛れに桃にかぶりつく。

 

そして、この作品でよく描かれているのが男の弱さだ。子供のためにやむを得ずやったことなのだから、本来なら許すも許さないもないことなのに、たった1つの過ちにつけ込んで妻を責め続けるのは、自身の不甲斐なさへの裏返しだろう。その点、女は強い。『風の中の牝鶏』とは上手いタイトルだと思うし、窮地に立たされたときの男と女の違いが良く分かる。

 

房子役を演じた文谷千代子さん。前に紹介した『戸田家の兄妹』『白痴』、『姉妹』でも見かけたが、今回の『風の中の牝鶏』では印象に残る役どころで登場した。

 


印象的な役の文谷千代子さん

愛より愛へ(1938年) 監督:島津保次郎

出演:佐野周二 高杉早苗 高峰三枝子 坂本武 河村黎吉 水島亮太良 葛城文子 

 


 

良家出の売れない作家・茂夫(佐野)は、バーの女給・美那子(高杉)の働きで食わせてもらっている。自身の将来に美那子との関係が大きな障壁となっていることを知りながら、捨てられない茂夫であった。

 

伯父(坂本)の紹介で新聞社の採用に臨むも、面接した影山(河村)からは「立派な家があるのに、なぜアパート暮らしなのか?女と一緒なら、わが社はそうしたことにウルサイから、早急に手を切りなさい」とクギを刺される。これに対し、「それなら、こちらからお断りする」と毅然と振る舞う茂夫であった。

 

かと言って、茂夫は美那子にラブラブな気持ちを常に向けるわけでもなく、なぜか素っ気ない。照れくさい気持ちも分かるが、すべからく理詰めの態度で、美那子のこともまるで他人のように扱う。

 

 

そんな茂夫に業を煮やした妹の俊子(高峰)は、2人を円満に結びつけるために大いに尽力する。3人で映画を見に行った際、茂夫が席を外した隙に美那子にお金を渡そうとしたり、2人の結婚に反対する伯父に猛反発したりする。
 

茂夫との別れを決意した美那子はアパートを出て行こうとするが、それを知った茂夫の母(葛城)と俊子は、美那子の潔いまでの純愛に泣き濡れる。

それにほだされたのか、いままで反対していた茂夫の父親(水島)は、手の平を返したようにあっさり美那子を家に迎え入れる。

 

その知らせを電話で受けた美那子は、嬉し涙を流す。
 

 

前に紹介した『朱と緑』(1937年)でも、高杉早苗さんと高峰三枝子さんの組み合わせだったが、『愛より愛へ』では立場が逆転したイメージ。1年しか経っていないが、今回の高杉早苗さんの演技のほうがずっと良い。

 

ところで、茂夫と美那子が住むアパートで心中事件が発生するエピソードがある。2人と同じような境遇の恋人同士の心中だった。

心中事件と言えば、1932年の「坂田山心中事件」が有名で、『天國に結ぶ戀』という五所平之助監督の映画もつくられたほどだ。また、翌年の1933年には女学生が集団自殺した「三原山女学生心中事件」が起こるなど、心中が一種のブームとなった。

今回の『愛より愛へ』でも、心中事件というスパイスを加えることで、悲恋のムードが一気に高められている。