この世に遺すインスピレーション | 3年前のしこうの楽しみ

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地震の影響なのか眠れない日が続きました。
深夜になると活性化してくるのです。
もちろん厳密には寝ていないわけでもありません。

ただ1時間も経たないうちに目がさめることも多いものです。
今夜あたりからやっと落ち着きそうな予感です。
とはいえこれも希望的観測かもしれません。

次第によくこれで日中を普通に過ごせてるものだとも思います。
それはさておきこの状況は思わぬ気づきをもたらしました。
瞑想と睡眠の狭間の意識状態による産物でしょう。

この帯域をここまでうろうろするのも初めてです。
だからこそ潜在意識深くから情報が出てきたのだと推測します。
そうはいってもまだ検証はしていないので幻想かもしれません。

変なところにつながってしまったということもあり得なくはないわけです。
ただまずはその内容を受け取るところからでしょう。
ということで書き留めておくことにしました。

出発点はこの現象界の構造に意識が向いたところからでした。
今までのモデルから展開してより整理がついたイメージがとらえられました。
何かを説明する上では大きく変更ないものの個人的にはよりスッキリしたものになりました。

するとこれを適切な形で記しておいた方が良い気がしてきました。
通常であれば本にするところでしょうか。
しかしその世界の既存の枠組みにはおさまらないような感じがしました。

分量はともかく一般販売の雰囲気ではありません。
そんなわけでどんなスタイルにすると一致感があるかを考えました。
このプロセスは出版という概念から自由になるかのようでした。

もちろんたくさん売れることを目論むようなものではありません。
縁のある必要な段階の人に届けば良いわけです。
でもちゃんと受け取ってもらうことも必要なようです。

準備のできた人にしか渡らないイメージです。
究極的には読む人がいなくても構いません。
こんな心境になったのでもし書くとしたら何が目的なのかを自分に問いました。

そこで出てきたキーワードは遺すということでした。
誰の目にも触れなかったとした場合でもその意味はあるようでした。
むしろそれ以外のために著す価値はない気分になりました。

同時にそれを作ったとしたら誰も買い得ないような価格が頭に浮かんできたのでした。
ひとまずこの発想は温存してどんな展開があるのか見守ることにします。

谷 孝祐
2018.6.20