無我に近づく白トリュフコース | 3年前のしこうの楽しみ

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毎年恒例の白トリュフの会を終えました。
この世で最も高価な食材である白トリュフと様々な素材との共演を楽しむ会です。
もうかれこれ5年くらい続けているでしょうか。

個人的には何よりも定番のイベントとして意識されているものです。
近年はこの会を通じて年の終わりが近づいている実感が生まれるという状況でした。
そして、これは新たな味覚の発見を意識した実験のようでもあります。

なぜなら、秋になった頃にその年のコース内容を詳細に打ち合わせして、その日のためのレシピを作るためです。
料理長やソムリエと共にコースの形式から各プレートのメインとなる食材、調理法やソース、付け合せをどうするかなどといったイメージを共有していきます。
この打ち合わせの裏にはその年や実際に食す日にエネルギーレベルにおいて適したものという意図があり、今まで存在しなかったような組み合わせを生み出すことになります。

それを受けて、数ヶ月間の試作を繰り返して完成にいたるのです。
そんなわけで、その尽力ぶりには頭が下がります。
それだけでも十分なくらいですが、今年は特筆すべきほどの完成度でした。

今年のテーマはテロワールという言葉で表現されるような食す土地の良さをを表現しきるそこでしか出会えないコースというイメージでしたが、このレストランのあるホテルの総支配人であるソムリエも相当関わってくれたようで、絶妙なバランス感が表現されていました。
完璧という形容がここまでピッタリであるコースは初めてという印象です。
もちろん選ばれたワインも抜群の相性でした。

ただ、究極的に良いものほど分かりにくさが出るのかもしれないという感じもしました。
通常の白トリュフを使ったお料理といえば、白トリュフが支配的であり、印象の全てを占めるものです。
そのため、この食材を味わった印象が強烈に残ります。

しかし、今回のように香りを含めた完全に近い共鳴が作り出されると逆に印象が薄らぐのです。
それは、音が完璧に合った時に静寂が訪れたような感覚になることと同じ現象なのでしょう。
そこには、高揚感もなければ訴えるような刺激もなく、ただ心の深くまで気づかぬままに染み入るようです。

なので、衝撃や驚きといった体感覚もありません。
あえて言うなら無我の状態に近づくというところでしょうか。
きっとこんな感覚を受け取る人も多くはないことでしょう。

そんなわけか、この夜にふと自分がこの回を続けてる目的がわからなくなりました。
今までは、それなりに意味づけがあったのですが、それらが浄化されてしまったのかもしれません。
少しの間、新たな目的を探そうとしたりもしましたが、ふとやると決まっているからやるということだけで良いのかもしれないと腑に落ちました。

そして、自分の人生もそのようなもののように感じました。
何のために生きるか、どう生きるか、生きる上で重要なことは何かというような価値観を手放す時が来たのでしょうか。
生きるということが決まっているならそれに従うだけでよいのかもしれません。

それにしても、来年の白トリュフの会が悩ましくなったのでした。

谷 孝祐
2015.12.6 20:58

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