ロシアの話題に脱線したこともあり、やっと小学校入学まできました。
小学校に入った時はちょうど引越しする直前でした。
といってもそこまで離れてはいませんでした。
歩いていけるくらいの距離です。
ただ学区が違いました。
そんなわけで、引越しを見越して学区外での入学となりました。
なので、学校までは少し距離がありました。
ちゃんとは覚えていませんが、歩いて30分くらいだったでしょうか。
坂を下って上って下ってやっと着くという感じでした。
子どもには少し大変だった記憶があります。
といってもその期間は1週間程度でした。
これに何の意味があったのかは分かりませんが、なぜだか通学路の鮮明な記憶があります。
もちろん、どのルートだったのかも映像が再現できるほどです。
ということで、今さらながらなぜここまで覚えているのかが気になりました。
意識を向けてみるとこの期間に多くのことを感じていたような気がします。
それは、入学したことによる生活の変化ということが主なものなのかもしれません。
それは個人的には期待感のある楽しいものだった感じがあります。
そんなことを回想していると、ある実感が蘇りました。
やっと一人前になれたという感覚があったようです。
そういう意味において精神的自立の第一歩だった気もします。
きっとこの頃から親離れが進んだのでしょう。
そして、本格的な勉強が始まることへの喜びもあったようです。
これは今になって初めて認識できたことです。
確かに新しい知識を吸収できることに対する期待感があった感覚があります。
そして、その期待に応えてもらえるような実感もあったようです。
事実、具体的な内容は次回にでも書くとして、就学時最初の先生は素晴らしい方でした。
ということで、当時はそこまで感じられていませんでしたが、幸福感の中にあったようです。
もちろん、それはまだ生活の不安などもなかった頃だからということもあるでしょう。
ただ、今回の回想でこの幸福感を思い出せたことは大きいかもしれません。
これは知覚できる範囲において最大のものです。
一切、曇りのないものです。
この時の感覚を思い出してそこに帰属することで、よりプロセスが進むのかもしれません。
谷 孝祐
2015.12.4 18:33