ミャンマーの当たり前 | 3年前のしこうの楽しみ

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滞在も残り少しとなってガイドさんにミャンマーの文化を少し尋ねました。
そもそものきっかけはライトアップの話題からでした。
ヤンゴンの一番有名な黄金の寺院は、毎晩、朝まで光をあてられて輝いているとのことでした。

しかも、その費用は全て寄付によって賄われているというのです。
そして、人々は年中お寺への寄付のことを考えているらしいのです。
それは生活の一部のようなもののようです。

そんなわけで、当たり前になっている習慣かとも思いつつ、なぜ人々は寄付をし続けるのかという質問を投げかけてみました。
ガイドさんは最初は困った様子で中途半端な回答でした。
しかし少し考え直したあと、人は死んだら何も持ってはいけないけれど寄付した分は死んでも自分に返ってくるからという答えを出してくれました。

簡単に表現するなら死後や来世のためにという雰囲気でした。
要するに徳を積んだ分がいずれ自分に戻ってくるということでしょう。
ついでに、だったら前世のことを覚えている人もそれなりにいるのかと聞いてみました。

ガイドさんは自分の前世はわからないけれど、お姉さんは分かるとのことでした。
前世の話題は比較的一般的だとのことでした。
その話の流れで、通常、毎日家で瞑想するのかどうかについても聞きました。

ちゃんとしている人は朝晩30分くらいずつ行うとのことでした。
そうでなくともお祈りはほどんどの人が欠かさないらしいです。
確かに信仰が篤いということが理解できました。

そして、少し長い休みになると瞑想センターに行く人もたくさんいるとのことでした。
ただ、これは圧倒的に女性の割合が高いそうです。
1週間くらい毎日合計9時間の瞑想を泊まり込みで行うらしいです。

しかも、費用は無料とのことでした。
やはり、こちらも寄付で賄われているらしいです。
そして、人気の瞑想センターは予約が取りにくいとのことでした。

なぜ、そこまで大変な瞑想を人々はこぞって行うのかと尋ねると、こちらも来世のためようでした。
こういった話題を通じて一貫して感じられたのは、死後や来世という価値観の占めるウェイトが大きいということでした。
上座部仏教とは実はそういうものなのか、一般認識が本来からずれたのか、平安時代の浄土信仰を思い出さされるかのようで些か疑問でもありました。

最後に聞いた話は誕生曜日の重要性でした。
結婚などの重要な人間関係において誕生曜日を重視するというのです。
それが相性を規定するというのです。

これは個人的には耳新しい価値観でした。
その真偽はさておき、自分自身は自分の生まれ曜日を記憶していないことに気づかされました。
自己認識としては知っているにこしたことはないでしょう。

意外な盲点が発見された良い機会でした。
これからは生年月日と同時に誕生曜日も意識しようと思いました。
なかなか日本とは異なる当たり前を感じられた良い時間でした。

谷 孝祐
2015.12.2 19:35

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