前回は初めての海外ということで主にドイツへの演奏旅行について触れました。
ただ、衝撃度が高かったのは2度目の海外の方でした。
それは20才のお正月明けくらいのことでした。
モスクワに音楽留学していた知り合いが、家を引き払いがてら最後の滞在を楽しむということで、遊びに来ないかと誘われたのでした。
モスクワ音楽院で有名教授にホルンのレッスンもしてもらえるということで、なんとか旅費を工面して行くことにしたのでした。
今はどうなっているか分かりませんが、成田を飛び立った時から国の違いを実感しました。
明らかに上昇する角度が急であっという間に高度を上げていき、すぐに食事のサービスが始まったのです。
ちなみに自分の座っていた椅子は不具合があったのか、離陸するとともにリクライニングしてしまい戻すことができませんでした。
上空でも旋回時にはどちらに曲がっているのか分かるくらいはっきり傾きます。
モスクワでも、厚い雲の中を下降して地上が見えたと思ったらすぐに着陸して急ブレーキののちにターミナルへ到着しました。
それはシートベルトをしていないと明らかに危険だろうというくらいでした。
到着後に空港のレストランで食事をしながらやってくる飛行機を見ていると、他の国の航空会社は滑走路いっぱい使って減速していたのに、自分の乗ってきたアエロフロートは全ての便が半分の距離で減速して角度を変え、最短距離でターミナルへ向かってきていました。
時期が時期なのでかなり雪も降っている状況の中での話です。
まるで、ジェットコースターかのような動きの航空会社は今になっても他に体験したことはありません。
そして、入国でも変わった体験がありました。
レッスンを受けることもあり楽器を持って行ったのですが、税関でこれが引っかかったのです。
いちゃもんをつけられたとでも言うところでしょうか。
ロシア語でこれは持ち込めないから置いていけと言っている様子でした。
置いていくわけにはいかないので、つたない英語で必要である旨を伝えました。
しばらく、言葉も通じないまま押し問答を続けて、こちらは喧嘩腰になってきました。
そうすると、なぜだか行って良いと合図されて無事通過することができました。
あとから聞いた話によると、そうやって没収したものを換金するらしく、絶対に引き下がってはいけないとのことでした。
思い返せば、今でこそそんなことはありませんが、この時の体験がトラウマ的になって必要以上に海外の税関を警戒するようになったのだと思います。
2012年くらいまでは、各国の入国に際して場合によっては喧嘩しないといけないという心づもりを持っていました。
やはり初期の頃の体験の影響というものは強く残るものだと感じます。
そういう意味で、海外は危ないところという先入観がこのロシアで作られたことでしょう。
数回に分けて、ロシアでのことを回想してみようと思います。
谷 孝祐
2015.9.4 19:13