数日の間、ブルゴーニュ地方で過ごしました。
そこでの印象的な体験といえば、やはりワインに関するものでしょう。
他の見所も回りつつ、ワインの畑も巡りました。
今回はそれが主目的ではなかったので、ドメーヌ(ワインの醸造所)の見学を予約していたわけではありませんでした。
なので、自主的に行きたい畑を見つけ出す形での訪問でした。
以前聞いた情報では、畑に柵などの囲いがあることはないので、場所さえ知っていれば勝手に見学できるということでした。
もちろん、具体的な場所を知っているわけではありませんでした。
ただ、グランクリュ街道という一番良いクラスの畑の中を通り抜ける道があるので、案外簡単に見つかるものでした。
そもそも、ブルゴーニュのワインは畑の名前がワインの名前になっているので、行きたい畑がどの村にあるのか知っていれば、だいたいの位置は特定できます。
さらに、日照条件から考えて特級畑の位置は決まってきます。
しかも、丁寧に畑の前に畑の名前の看板まであるのです。
そんなわけでグランクリュ街道沿いでなくとも、その近くの西側の狭い範囲を探せば見つかるわけです。
つまり、知識があれば誰でも見つけられてしまうような状況です。
ということで、シャンベルタン、ロマネコンティ、モンラッシェ、などといった世界に名を馳せる高級ワインの畑を訪れることができました。
ざっと20くらいはグランクリュの畑を見たと思います。
こういった畑も前情報通り、セキュリティーもなく簡単に目の前まで行くことができました。
あえて言うなら、最高級クラスともなればそれに見合った雰囲気のある背の低い石垣に囲われているところもありますが、それでも入り口はオープンでした。
日本の畑や田圃と同じように勝手に入ることも葡萄を少し拝借してしまうことも可能な環境です。
そこから、このエリアがモラルや信頼によって成り立っているように見受けられました。
そもそも盗難や畑が荒らされるという発想自体がないように感じます。
そして、今までワインの名前としてしか認識できなかった名称が、畑そのものの名前であることが感覚として定着したのでした。
そのくらい、それぞれが説明しがたい美しさを感じさせる個性的な畑だったように思います。
作り手である人の関与以上に自然の恵みである畑が大前提としてとらえられている文化は、人間本来の在り方なのかもしれません。
この認識の変化は日本でブルゴーニュのワインを飲むときも以前とは異なる味わいを与えてくれるでしょう。
さて、当然といって良いのか悪いのか、夜にはその日に訪れた畑の中からワインを選んでいただきました。
それは、あとから思い返しても新鮮な気持ちで感動できるような、筆舌しがたい至高の楽しみでした。
話は飛びますが、それを通じて世界の根本原理が共鳴原理であることが腑に落ちたのでした。
谷 孝祐
2015.9.3 20:00