フラットになる世界 | 3年前のしこうの楽しみ

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8ヶ月ぶりくらいに国外にやってきました。
個人的にはすごく久々な感じがします。
あえて言うなら3年ぶりくらいに感じてしまいます。

先日ある人の指摘で発覚したのですが、意味があるのかないのか出国が3年前と同じ日付だということがわかりました。
振り返ればこの期間に様々な場所を訪れたものだと思います。
そして、これだけ日本に連続していたことも久々なのだということを認識しました。

それは子どもが生まれることを意識したためでもあります。
実際に今年は極力海外渡航は減らそうと考えていたのでした。
そんなわけで、今回は自主的に決めたというよりは話の流れで行くことになった状況で、何かに導かれたような気もします。

日程的に可能なタイミングで誘われるというのはなかなかあるものではありません。
そんなことを感じながら何らかの再スタートなのかもしれないという感覚も生まれていたのでした。
とはいえ、今まで以上に海外にやってきたという実感が薄く、旅行である認識もあまりありません。

定期的に足を運んでいる場所に行くのと何ら変わらない気分です。
自己同一感の高まりがこうも影響するものなのでしょうか。
仕事で頻繁に海外に行く人はそうなのかもしれませんが、良いのか悪いのか今までになく日常の中の普通の出来事のように感じているようです。

それくらい移動しているという感覚が減っているとも言えそうです。
そんな中、新たな洗礼なのでしょうか。
目的地に行く飛行機が約1日遅れるという連絡が入りました。

特にあせることもなく必要な対応をおこなうのみで、3年前と比べて言葉が通じにくい場所でもずいぶん動じなくなったものだと思いました。
どうにもならなくて困るかもしれないという懸念から何とかしようとする思考はなくなって、どうにかなることを前提に構えていられるようになったようです。
これでいいのかどうなのかはわかりませんが、投影や意味付けを極力減らした状態で目的地を訪れることができるのは、本来の目的の上では有効でしょう。

そう思いつつも、日本では表出しにくい自分の反応が認識できるという旅の意義が減ったことをどうとらえるのか、不思議な気分になったのでした。

谷 孝祐
2015.5.25 13:37