幸福と不幸の紙一重 | 3年前のしこうの楽しみ

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数日前、なぜだか不幸な感じが出てきました。
特に理由はありませんでした。
しいていえば疲れていたのでしょうか。

もしかしたら食あたりの影響だったのかもしれません。
ふと、自分が不幸な星のもとに生まれた気がしてしまったのです。
これは客観的にはおかしな話でしょう。

それより今までこんなことは思ったこともありませんでした。
何となしの幸福感が流れていることが通常だったのです。
なので、少し理解ができませんでした。

そして、あることに気づきました。
本質的には善悪がないのと同様だということです。
よく考えれば、事象自体に意味がないとすれば幸も不幸もないでしょう。

それをどちらと感じるかは自由なわけです。
そして、人はそのどちらかに囚われやすいということなのでしょう。
でも実際は、その両方が何らかのバランスで移り変わるのかもしれません。

例えば、この世に生きていることの幸福を感じたり、この世に生きていることの不幸を感じたり、その両方があらわれているということです。
そう考えると、自分が幸せという概念に少し縛られていたことがあぶり出されました。
幸せが善ということになってしまっていたのです。

しかし、天気のようなものでどちらもあるのが自然で、どちらも必要なことなのかもしれないという気がしました。
幸せだろうが不幸せだろうが、その両方を楽しめる感性を持つことができたなら、自分がどちらにおかれても良いことになるでしょう。
それは、どのような状況でもオープンマインドでいられることを意味するのかもしれません。

これを言い換えるのなら不幸な気分が出てきていてもそのままでいられることの方が幸せということもできそうです。
より深くありのままの自分の状態を受け取っていこうと思いました。

谷 孝祐
2015.5.1 0:24