他にもうまくいくことへの抵抗があるように感じて、さらに奥深くまで探ってみることにしました。
特定できないものの、もっと根源的な何かがある気がしたのです。
一般的なうまくいくことへの怖れの原因は、自分自身が変化して今までと違う状態になることへの恐怖というところに帰結できるのですが、もしかしたらそれだけではないのかもしれないと感じたわけです。
もし変化を無意識から全人的に望んでいたとしても、自分の現実がうまくいって欲しくない理由があるとしたら何なのでしょうか。
そんな命題をたててみました。
そうすると、良い方向への変化には思っているように生きられなくなるかもしれないという要素が内在していることが理解できました。
これは個を超えて公的な存在になることを意味します。
うまくいけばそれだけ社会的責任も大きくなり、自分のために生きる要素は減少していくことでしょう。
より、厳しい自己鍛錬が求められるようになるわけです。
そして最終的に、それは限りなく0に近くなるのかもしれません。
確かにこれは多くの人にとって避けたいことのように思います。
もちろん、そこには責任を取れなかった場合の状況に対する不安も内在するのかもしれません。
個人的には過去にすでに取り扱ったテーマでしたが、十分にこれを許容できていない気がしたので、みつめてみることにしました。
出版したところからこれをよりクリアにしていく、潜在的な要求が高まっているということが推測されるためです。
確かに考えてみれば、個としての自分を守っている部分があるようにとらえられます。
つまり、完全には自分を手放せていないということです。
そこまで必要なのかどうかはとらえられませんが、ひとまず進めるだけ進めてみようと思います。
そう思うと、やっと抵抗が感じられたのでした。
谷 孝祐
2015.2.24 7:17