本当は変化の感覚か | 3年前のしこうの楽しみ

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時間感覚の変化を再考してみることにしました。
自分の感覚がどう変わっているのか的確にとらえてみようと思ったためです。
前回の考察によって、しばらく固定化されていた意識が自由になって、より違った角度からとらえられるようになったのかもしれません。

そして、その原因を分かりやすい事象である子どもの誕生に投影して、帰結させることで済ませてしまっていたことに気づきました。
そういうわけで、もう一度、どのような時間感覚になっているのか繊細にとらえようと意図して、感覚を研ぎ澄ませてみました。
すると、自分自身の人生の流れが速くなっているような体感がとらえられました。

それは塾講師を辞めるくらいの頃に感じたものと似ています。
しかし、意識化しにくい点が大きく異なっています。
そして、それは以前であればついていけなかったかもしれないスピードです。

あえて表現するなら、板の乗り位置が良くなってスキーの直滑降が全く怖くなくなったのと同じように、立ち位置が安定して人生のスピードが上がってもそれが知覚しにくいようになっている気がします。
実際に、1月のスキーではスピードを出している感覚なく、前年よりもスピードが上がっているということがありました。
何となくこれらには投影関係にあるような気がします。

そうであるならば、自分の自覚以上に速く潜在意識の中で何かが動いていて、それに追われているような感じがあるために時間があっという間に過ぎていくような実感があるのかもしれません。
子どもの誕生はそこへの色づけ程度という可能性すらあります。
これに気づくと、一月の終盤からこの感覚が少しずつ始まっていたことを思い出しました。

それなのに顕在意識は今までと変わらなかったためにアンバランスが生まれ、生まれて初めての不思議な時間感覚を生み出していたのでしょう。
より深く今の自分というものを見つめてみようと思います。

谷 孝祐
2015.2.19 17:43