誰にでも絶対的な存在のミュージシャンのひとつやふたつはあると思うけど、自分にもちろんあります。
しかしその数はひとつふたつには収まり切らず、10以内に抑えることも難しい。

数えていけばいくつになるかわからないけれど、 The Pop Group はそのひとつに入ることは間違いありません。

それほどの存在。
それほどのインパクトが、彼らの1st、2ndアルバムにはありました。
当時のロックだけでなく、その影響がなんらかの形で今のミュージシャンに残っているに違いない。

だからこそ、これだけの年月が経って、彼らが再結成し、アルバムまでもリリースするということは、一体どういうことなのだろう。
そのニュースが出た時、複雑な思いで考えさせられました。

ただの復活ブームに乗っての再結成であれば、ノーサンキュー。
彼らの音楽には存在感があった。
必然性があった。
時代性と普遍性を兼ね備えていた。

今回の再結成に必然性はあるのか。
音楽としての普遍性はあるのか。

マーク・スチュワートは優れたミュージシャンではあるけれど、彼のソロの延長では必然性があるとは言えない。
以前の彼らの音楽は、若さによる噴出するエネルギー感と破壊力がひとつのキーだったけれど、それを求めるべきではないし、それが普遍性ではない。

とりあえず、ニューウェイブとか、ポストパンクとか、そのあたりの言葉は念頭からはずして、聴かなければならない。
アジテーションする音楽だとの先入観は取り除いておかなければならない。

たぶん、こういった姿勢が重要なのだ、このアルバムを評価するには。

で、改めて、 The Pop Group
3枚目のスタジオアルバム、 "Citizen Zombie"

シチズン・ゾンビ/ビクターエンタテインメント

¥2,700
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そういう訳で、自分としては以前のアルバム基準は当てはめず、唯一、その音楽に刺激とテンションはあるか、を評価基準に置いて聴き始めました。

緩く、くつろいだロックをやる彼らだけは見たくない、聴きたくないから。
年齢は加えても、音楽の質として緩んでほしくないし、彼らの音楽からなんらかの覚醒感は与えてほしい。

結論から行くと、基準は確実にクリアしてくれたアルバムです。
マーク・スチュワートのボーカルが健在であることはもちろん、ギターのエッジやサウンドのメリハリは、確実に以前の彼らを彷彿とさせます。
音がソリッドで、テンションがあって、ファンクのノリも忘れていない。

そしてプロデュースのおかげもあるかもしれないけれど、曲ごとのバリエーションというか、サウンドスケープの幅の広がりは予想以上のデキ。
ある種のカラフルさをこのアルバムにつけてくれています。

老成、ということでもなく、年齢にふさわしいロックに変化したということでもなく、ベースにポップグループDNAとでも言うべき音楽要素を忘れずに、理性的に進化させた音楽という印象。

流行りに乗ってのただの再結成ではないことを明確にメッセージしてくれています。

言葉よりも、音楽でそれを示してくれました。







と、ここまで書いてきて、かなり気に入っているにも関わらず、冷静な自分がいることを発見。
たぶん昔であれば大騒ぎしてたでしょう。

自分の年齢だけでなく、時代の熱気や、自分の音楽へののめり込み度、そして音楽としてのエネルギー感も当時とは比較できないことによるものなのかもしれません。

この音楽の本質に普遍性はあると思うけれど、時代性はあるのだろうか。
自分には判断できない。

今の20代付近のロックのめり込み連中は、この音楽をどう感じるのだろう。



音楽はできるだけ良い音で、音楽に集中できる環境で、聴くべきである。


これが昔からの自分の信念のひとつ。


音にこだわらない、自分のサウンドスケープのことなどどうでもいいミュージシャンの音楽ならいいけど(そんな人の音楽など初めから聴きませんが)、そうでなければ、できるだけミュージシャンの音創りの意図がわかる、目指そうとしていた音楽の全体像がわかるような、聴き方をしたいものだと。


そのためには、やはり再生装置は重要です。


近隣を気にせずに済む家に住み、それなりの広さと防音処置がされた部屋を持ち、しっかりとした床と、音を適度に吸収する壁に囲まれ、クオリティの高いオーディオセットで、時間を気にせずにデカい音を堪能することが、理想ではあるけれど。


く~、一度でいいからやってみたい、そんなこと。


とはいえ、平民が東京に住んでいればありえない話なので、音量をある程度求めようとすると、どうしてもイヤホンなり、ヘッドホンに頼らざるを得ません。

たまにオーディオセットの前に座ることもあるけど、やはりメインは、ウォークマン+イヤホンのポータブルオーディオが前提となってしまいます。


これはもう、どうしようもなく、変えようがないところ。


すると、ここにも何ともし難い問題が。


ポータブルだからこそ音質をあきらめないために、ウォークマンも、イヤホンも、それなりのクオリティのものを使用してますが、MP3に圧縮すると音楽の細部やニュアンスが劣化するし、CDクオリティそのままでFLACでインポートすると、あっという間に容量不足。

64GBでもぜんぜん足らない。


聴きたい音楽が増えれば増えるほど、昔の音源を削除したり、新しい音源のインポートレベルを落としたり、四苦八苦しながらやり繰りするしかありません。

つまり、いい音で音楽を聴くこと自体が、いっぱいいっぱいになってきたということですね。


そして、更に、世の中にはいい音で音楽を聴くためのフォーマットが続々誕生してきているし。

物欲という煩悩がムクムクと。


そういったことにどう折り合いをつけるのか。
待ったなしの状態となりました。

なんと今年に入って初めてのレビュー。

何度か書きましたが、自分にはデジタル系エレクトロ系音楽に対する複雑な思いがあります。

楽器としてはアナログな音出しが好きだけど、かといって、デジタルを否定するわけではありません。

強いデジタルビートは苦手だけど、新しい音楽を感じさせるデジタルミュージックは好き。
今まで聴いてきた中で、昔では、イーノ、後期の YMO に新しい音楽の感触を感じましたね。
最近では Arca 、James Blake あたりでしょうか。
もちろん同時代的に聴いてなんぼのものですが、未だに古さを感じさせない秀作もあります。

デジタル系のミュージシャンには、デジタルサウンドを使ってどんなサウンドスケープを描けるのか、まだ見ぬ音像を創りだせるのか、そこを期待していますね。
これだけはアナログ系の楽器だけでは限界があるので、デジタル系が本領の部分です。

と、そこまで書いておいて、今日ご紹介するのは、そういったこととは、ある種真逆のデジタルミュージックと言えるかもしれません。

Royksopp(ロイクソップ)
スウェーデンのエレクトロ系グループ。

The Inevitable End [帯解説・歌詞対訳 / ボーナストラック1曲収録 / 2.../BEAT RECORDS / DOG TRIUMPH

¥2,484
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彼らのラストアルバムなんだそうです、最新のアルバム "The Inevitable End"

自分が人肌エレクトロとしてレビューした、前作 Senior から久しぶりのリリースです。

Senior も好きなアルバムで、いまだに割と聴きますが、これもなかなかのデキです。
Senior のさらに前作 Junior の明るくアップテンポな要素が、比較的ゆったりとしたテンポでややダーク気味の展開を行う Senior に加わったのが今作、というざっくりした言い方ができるかもしれません。

どことなく叙情的で、内省的で、少なくともこれで踊ろうとか、ノリがいいじゃんとか、そういうエレクトロでは決してありません。

本人たちも、このアルバムはヘッドホンでじっくり聴くべきアルバムで、ダンスアルバムではないと言ってます。

聴き方はリスナーの自由だと思うけど、ミュージシャンの意図とリスナーの感じ方が合うってことは、なかなか素晴らしい。

Royksoppのアルバムは、世界的にガードがかけられているものが多く、YouTube から貼ってこられるものが極端に少ないですね。

本当は、これぞこのアルバムの醍醐味、という、素晴らしく内省的な曲が数曲あるのですが、それが貼れません。


この曲はセーフでした。ボーカルのロビンの雰囲気もいい。


これもアルバムに入っているバージョンとは違う、ロビンとの合作。





実はこのアルバムは、2014年のリリースです。
年間ベストにはあと一歩及ばなかったものの、けっこう健闘したことをお伝えしておきます。



読了後、ほかの本を読み始める気が起きない。


その物語に浸っていた時間を失いたくないから。

登場してきたさまざまなヤツらが、まだそこにいるような気がするから。


たぶん、日本で最高の物語。

きっと、世界でも有数の物語。

少なくとも自分にとっては、無二の小説。


その本とは、北方謙三「水滸伝」+「揚令伝」 。


水滸伝は、中国にルーツを持つ有名すぎるほどの小説だが、オリジナルやその他の作家によるものは、はっきり言って、小説としての魅力はそれほどない。


北方謙三による水滸伝は、まったく別物。


オリジナルをベースにしながらも、史実を取り入れながらも、そこに束縛されることもなく完璧なる再構築を行った、おそらく作家の持つ力を1000%引き出して描き切った、エネルギー体のような物語。


揚令伝は、水滸伝の続編で、北方謙三によるオリジナル。

これも史実をベースにしながらも、巨大な存在のキャラクターを描き切った。


登場人物が多すぎる?

いいじゃないか、それだけたくさんの魅力ある男たちに出会える。


水滸伝が文庫で19巻、揚令伝が文庫で15巻、いかにも長すぎる?

いや、むしろ、それだけ至福の時間に長く浸っていられる。


志を持ち、見果てぬ夢に向かい、力尽き、倒れていく魅力的なあいつら。

ひとりひとりに感情移入をするなという方が無理というものだ。


時には英雄的な活躍をし、時には無残にも打ち砕かれていく、梁山泊の英雄たち。


味方も敵も、なんという人物造形。

魅力的なキャラクター。

破たんすることがない、骨太でいながら繊細なストーリーテリング。

怒涛の結末に向かって、物語は疾駆していく。


水滸伝は、すでに2周読んだ。

揚令伝は、1周目が終了。


水滸伝の2周目と揚令伝の1周目は、立て続けに読んだので、昨年の7月から半年以上かけて34巻を読み続けていたことになる。


その間、他の本は一冊も読まなかった。


北方・大水滸伝に浸り切った半年。

音楽すら、聴く時間にしわ寄せを食らっていた。


いまだに自分がその物語の中にいるような、そんな気がする。


この状態から抜け出て、リハビリを開始し、別の物語に目を向けることができるのは、いつになるだろう。

待ち焦がれてウン10年。

吉田美奈子のアルファ時代のアルバムが、吉田保のリマスターで蘇った。
何の予告もなく、いきなりのリリースで。

吉田美奈子という稀有のボーカリストによる、ジャパニーズファンクの金字塔、Light'n UpMonster in Town も含まれる。

リマスターって、どのような意図で、どのような方法論を取るのか。
それによっても、デキが大きく変わります。

このリマスターシリーズは、意図が明確。
そのため、期待に沿った面もあるし、膨らみ過ぎた期待に応えられなかった部分もある。

それでもやっぱり、このリマスターはやってもらって大正解。

吉田美奈子の全盛期のひとつをぜひ味わっていただきたいと思います。

詳しくは、改めて。



この音源はリマスターバージョンではありません、念のため。