未来レシピ
休憩中、新人の一人と話していたら、
僕 「 お前、この仕事してて将来どうなりたいん?」
新 「 学生時代、バーテンダーのバイトしてたんですけど、将来的には自分の店とか持ちたいです 」
僕 「 それやったらバーに就職したほうがよかったんちゃうん?」
新 「 それも考えたんですけど、世間を見ておくんもいいかなと思いまして 」
僕 「 へー、色々考えてるんやな 」
新 「 そうですか? 」
僕 「 で、いつ頃には店出したいん?」
新 「 まぁ、そのうち 」
僕 「 そのうちって・・・・・・目安は無いんか?」
新 「 今は仕事覚えるんに必死ですから 」
僕 「 殊勝やん。じゃあ、いつ頃から店のために動き出すん? 」
新 「 そんなの未来のことなんて分からないです 」
僕 「 じゃあ、どないして店出すの? 」
新 「 さぁ? 」
別に僕は彼に対して、早く出ていけと言っている訳ではない。
どんなものであれ、夢を持つことはすばらしいことだと思う。
しかし夢に対して何も考えてなければ、それは寝てる時に見る夢と大差ない。
昨日、『 今 』 は過去の自分の集大成だと書いた。
では未来はどうなんだろうか?
誰にでも 「 将来の夢は?」 と聞くと、みんな何かしらの答えが返ってくる。
しかし 「 その夢に対して何かしてるの?」 と聞くと、何もしていない人が多い。
まぁ、僕にも当てはまる部分があるので偉そうなことは言えない。
しかし、普通に考えてみて 『 いつも通りの生活 』 をしていたら 『 いつも通りの明日 』 しか来ない。
毎日 『 いつも通りの今日 』 を繰り返したところで、イレギュラーなトラブルでも起こらない限り、
何の変化も起きないだろう。
つまり 『 いつも通りの今日 』 を何年積み重ねたところで、夢にはたどり着かない。
たとえ10年積み重ねたところで、歳を重ねただけで 『 10年前のいつも通り 』 と大差ないだろう。
ではどうしたら、夢に近づく事ができるのだろうか?
ナポレオン・ヒルの成功哲学では
思いついたらすぐに行動に移す。
というものがある。
『 今 』 が生まれてから1秒前までの過去の集大成なら、
『 未来 』 は今の自分の行動結果だということではないだろうか?
『 今日とは違う明日 』 を手に入れるには、
少なくとも 『 今日 』 にいつもと違う何かをしなければならない。
『 今日 』 を 『 いつもと違う今日 』 にするには、
『 今 』 いつもと違う行動をしなければならない。
たぶん、「 明日でいいや 」 と考える人は、
明日になっても 「 明日でいいや 」 と考えるだろう。
そうすると、夢になんて一歩も近づけない。
残念ながら人間は永遠の命を持っていない。
生きると言う事は、毎日一歩一歩死に近づいていることだ。
限られた人生の中で、どう生きるか。
新人の彼の夢も20代で叶えるのと、定年過ぎてから叶えるのとでは、
同じ夢を叶えたとしても、全く違う人生になってしまう。
立場上、仕事も頑張ってもらわないと困るが、
夢に対しては仕事以上のパワーと情熱で頑張ってほしいと思う。
動かなければ成らないのは今。
僕も自分ではわかってるんだけどなぁ。
世の中競争社会だよ
各社とも新人が入社。ゴールデンウィークがあけたばかりなので、まさに5月病の新人もオフィスにいるのではないだろうか。.......... ≪続きを読む≫
たまにはアメーバニュースを引用してみよう。
僕にはこの記事の内容、教育方針がエグイとは全く思えない。
営業マンというのは会社にとって重要なファクターを担っている。
簡単に言うと、営業マンが売り上げを上げてくれなければ、会社は倒産してしまうのだ。
飛び込み営業っていうのは一見荒行に見えるが、実は最も早く 『 出来る営業マン 』 を育成するシステムだと思う。
上記の通り、営業マンが売り上げを作ってくれないと、会社は利益を得られない。
利益を得られなければ、会社としての体力がつかない。
会社としての体力がつかなければ、倒産してしまう。
だから営業マンは可能な限り戦力になってほしいものである。
たぶんこのR社というのも、最低限のマニュアルくらいは渡しているだろう。
しかし、マニュアルは所詮マニュアルである。
僕らはプロの役者じゃない。
他人が書いた台本を、書いた本人以上に演じれるわけがない。
だからマニュアルを自分用にカスタムする必要があるわけだ。
しかし、自分用にカスタムするには、自分の営業マンとしての経験が必要になる。
要は数をこなさなきゃ出来ないのだ。
ちなみに営業マニュアルというものは、どの文章をとっても無駄の無いものだ。
なぜなら全ての言葉に、それぞれの思惑と効果が秘められているからだ。
だから、文章の思惑を汲み取った上で、自分の言葉に直さなければならない。
この会社のやり方が正しいかどうかは、実際に見たことの無い僕にはわからない。
しかし、入社した新人営業マンが全員できる営業マンに化けるかと言うと、化けるわけがない。
人間には向き不向きがあるからだ。
しかし、技術力ではなくセンスが必要な仕事は、面接で才能を見抜くのは難しく、
実際にやらせてみなければ分からないことが多い。
次に営業マンの成績、順位が公表されるのは当たり前だ。
営業という仕事は技術部とは違い、一円単位で順位が出るものだ。
普通に考えて最下位にはなりたくない。
ならば最下位の人は、その結果に触発されて頑張るだろう。
トップに届きそうな位置の人も、追い抜こうと頑張るだろう。
トップの人はトップを死守するために頑張るだろう。
逆に順位なんて関係無いよ、って人にとっては公表されても関係ないだろう。
マイペースにコンスタントに結果を出せるということもひとつの才能だ。
結果を公表されて困るのは、いいカッコはしたいけど頑張りたくない。
辛い事から逃げ出した事実を他人に知られたくない人だ。
そんな後ろ向きで結果の出そうに無い人間に
莫大な人件費をかけて養うのは勿体無いだろう。
会社は学校でもなけりゃ、民間の保護施設でもないんだから。
たとえ会社のやり方が自分に合わなくて、どうしても無理ならば、
自分でそれ以上のやり方を考えて結果を出せばいいだけだ。
会社のやり方は気に入らない、でも自分では何も考えない、努力もしない、
そんな人間を保護する必要は無い。
その人の人生のためにも、さっさと引導を渡して次のステップへ後押ししてあげたほうがいいだろう。
だってその方が両者にとってプラスになるんだから。
同じ会社に何度も行くにしても、見せ方による。
毎日行って、重役に挨拶しなければならないことでもない。
別に受付に名刺を渡して、
「特に問題ないようでしたら、●●さんによろしくお伝えください」
と告げて帰る。
これだけでもいいんだ。
向こうから用事があるなら放っておいても出てくるし、
用事が無いなら迷惑をかけずに、来た事だけを認識させられる。
だからお互いに時間短縮にもつながる。
実際、僕が営業をやっていた時はこの方法を使った。
毎日重役を呼び出していると、『 うざくて一方的な人 』 と見られるが、
この方法だと、『 出しゃばらずに気にはかけてくれてる 』 と見てもらえる。
だから、必要な時にだけ重役をお願いしたら
「いつも気にかけてくれてありがとう」
と、笑顔で対応してくれて、スムーズに契約してくれる。
『 ウザイやつ 』 と思われるか 『気が利くやつ』 と思われるかは紙一重で、
全ては見せ方しだいなのである。
このやり方も、誰かに教わったのではなく、
『 ウザイやつ 』 と思われたくないから、
『 どういう状況なら喜ばれるか 』 考えたことだ。
しかし考えた割には、結果を出している営業マンは普通にやっていることだった。
だから、僕だから思いついた特別な方法でもない。
このように会社のやり方に納得いかなくても、考え方次第では上手くいくのだ。
実はこういった考える社員と、状況に愚痴だけこぼす社員は、
飲みに行った時に顕著に現れる。
かたや会社の問題点などを出して、建設的にクリエイティブな話をするグループ。
一方、愚痴に共感して騒いでるグループ。
前者の社員も意識的にしてるわけではない。
向上心があるから自然とそういう話題になるだけだ。
仕事だけではなく私生活レベルでも差が出れば、結果は当然変わってくるだろう。
極端な話、イチローが練習や試合以外のヒマな時間に考えてることは何か?
と考えたところで、野球の事しか考えてないのと同じだ。
常に上を見てるか、ほかの事を見てるかの違いだけ。
ナポレオン・ヒルの成功哲学でも
『 今 』 という結果は過去の集大成であり、全て自分が選んだことである。
と言われている。
学校の進学の最終決断したのも自分であれば、
どんな仕事がいいか最終決断したのも自分、
嫌な仕事を真面目にやるかサボるか決めるのも全て自分。
アイデアを考えるか、そのまま受け入れるかを決断するのも自分。
誰も洗脳して個人の意思とは別に強制してるわけではない。
全ては、過去の自分が決断してきたことの集大成なのである。
とは言え、運動会の順位どころか、通信簿が「よく頑張りました」で統一される
ゆとり教育世代には厳しい世界なんだろうか?
ぶっちゃけ社会に出ると競争社会しかないのにね。