父方の祖父には若い頃に別れた弟がいました。
祖父の弟は一旗揚げようとブラジルに渡り、
苦労をして実業家としてそれなりに成功しました。
しかし、今と違って海外旅行など難しかった時代です。
けっきょく一度も帰国しないまま年月は過ぎて行きました。
祖父が70歳を過ぎた頃、
お互いまだ元気なうちに会っておきたいと思い立ち、
単身ブラジル旅行することにしました。
当然、家族は大反対です。
しかし、そんなことでめげる祖父ではありません。
鹿児島県出身の薩摩隼人。
若い頃は船乗りになって7つの海を航海したとか、
先祖は西郷隆盛の弁当持ちだったとか、
どこまで本当かわからない適当な事を言って,
孫を煙に巻くような人です。
さっさと英会話教室へ通い始め着々と準備万端整えて、
羽田からブラジルへ飛び立ちました。
ところがブラジルに着いてびっくり、
老骨に鞭打って覚えた英語がまるで通じません。
実はブラジルではポルトガル語が公用語だったのですが、
祖父は外国というと全部英語だと、
勝手に思いこんでいたのです。
(まあ、それに気づかなかった親族も親族ですが)
でも、なんとか長年生き別れていた弟と会うことが出来、
しかも、その再会が地元の新聞の一面を飾ったというのです。
(実際にその新聞を見せてもらったことがあります)
人間、やる気になればなんだって出来るもんですね。