真夜中のピアノ⑤ | 田窪一世 独白ノート

田窪一世 独白ノート

ブログを再開することにしました。
舞台のこと、世の中のこと、心の中のこと、綴っていきます。


5、消えた少女


翌朝、哲也が目を覚ますと理香の姿はどこにもなかった。


あわてて部屋の中を捜してみたがどこにもいなかった。

(消えちゃったんだ!)と哲也は思った。

思ったとたんにガッカリした。

いや、そんな程度じゃない。

からだ中の力が全部抜けた。

目の前が真っ白になった。


そして、なんだかとっても悲しくなって、

大粒の涙がいくつもいくつもこぼれ落ちた。

その感じは、好きな女の子に失恋したとかいう、

そんな甘い感じのものではなく、

そう、ちょうど自分の肉体と魂が離れ離れになる感じ、

と言ったらわかってもらえるだろうか。

とにかく、哲也は生まれて初めて、

心がこなごなに砕けてしまったような、

そんな感じがしていた。


二階から降りてきたときの哲也は以前の哲也だった。

どんよりとした目。カサカサな肌。

ママが話しかけても返事もしないで、

もちろん朝ごはんだって食べずに家を出た。

ママだって哲也のこの変わりようには驚いた。

ちょっと声をかけるなんて雰囲気じゃなかった。


哲也を見送ったあと、

ママはテーブルに腰かけて考え込んでしまった。

つくづく自信をなくしてしまったのだ。

最近やっと元気になってきてよかったと思ってたら、

今朝はまた逆戻り。

(これじゃあいったいどうすればいいのよ!

 わたしは朝から晩まで、

 哲也のことばかり考えてあげてるのに!)

と、ママは泣きたい気分だった。


哲也は学校へは行かなかった。

家からそう遠くない公園に来ていた。

とても学校へ行く気分じゃなかった。

ベンチに腰かけて考えていた。


(なんで理香は消えてしまったのだろう?

 ボクがいったい何をしたっていうんだ? 

 どんな気にさわることを言ったっていうんだ? 

 ボクは勉強しなきゃいけないんだ。

 今はピアノなんか弾いてる時じゃないんだ)


哲也はだんだん腹が立ってきた。

(なんだい、勝手に現れて、

 ボクのことを生きてるのか死んでるのかわからないだなんて、

 失礼なこと言って勝手に消えちゃうなんて!)


哲也は心の中で、

くりかえしくりかえし理香のことを責めた。

だけど、いつまでたってもすっきりした気持ちになれなかった。

反対に、寂しいという気持ちが、

どんどんどんどん増えていくような、

そんな感じがしていた。



▶︎みりん