20代、いろんなアルバイトを経験しました。
トンカツ屋、喫茶店、銀座バー、ブティック定員、
ガードマン、印刷工場、音楽雑誌編集手伝い、etc。
その中でも、ちょっと変わった仕事に、
英語の教材のセールスマンがあります。
歩合制で、契約をバンバン取ってくれば、
月収100万円も夢じゃない。
お喋りに自信のあった僕は意気揚々と俄セールスマンに。
会社から電話でアポイントを取って、
学生と喫茶店で待ち合わせ教材の良さをアピールします。
人当たりの良さ、商品説明の上手さに学生との会話も弾みます。
ところが、……売れないのです。
1ヶ月のあいだに、いったい何人の学生と会ったでしょうか。
アポイントはバンバン取れるのですが、
教材はただのひとつも売れないのです。
分析すると、どうも最後の押しが弱いようで、
相手が購入を渋ると、なんとなくそれ以上押せないのです。
「別に英語が喋れなくてもいいし」
そんなふうに言われてしまうと、
まあ、そりゃそうなんだけどね、
と思ったりしてしまう自分がいたりするのです。
あるとき先輩の敏腕セールスマンが、
見るに見かねて付き添いできてくれました。
彼は、喫茶店の席についた途端、
教材をテーブルの上に放り出して、
学生に向って乱暴に言いました。
「やるんだろ?」
「えっ?」
「ここに来たってことは英語の必要性を感じてるってことだ」
「は、はい」
「悩んだり迷ったりしてる場合じゃないだろ」
「そ、そうですけど」
「これでやめたらお前は一生人生の落伍者だ」
あっという間に契約は決まってしまいました。
あとで、その先輩はこんなことを言ってました。
「俺は高卒だから、あいつら大学生がビビってるのを見ると、
すっきりするんだ。教材なんかどうでもいいんだ」
先輩の言葉を聞いてるだけで、
なんだか気分がすさんでいきました。
その日の帰り道、突然、胃のあたりがチクリと痛みました。
その感触に、なんだかゾッとしました。
(ああ、こんなふうにしてみんな胃潰瘍になり、
それでも我慢して続けていく人は癌になったりするんだなあ)
僕は公衆電話で会社に連絡し、
今日限りで辞めることを告げました。
歩合制だったので一銭の収入もありませんでしたが、
体を壊してしまっては元も子もありません。
つくづく「儲ける」ということを第一にした考え方が、
自分の体質には会わないんだなと、
自覚させられた出来事でした。