私は毎週映画館に新作映画を観に行っている。どうしても出かけなければならない用事がある時以外は、必ず週に一度は映画館に足を運んでいる。歩いて5分くらいのところにイオンモールがあるので、ここ2年くらいはイオンシネマだけに行っている。映画ファンにとって、近くに映画館があるというのは嬉しいものだ。年会費400円のワタシアタープラスにも入会していて、6ミタで映画が1回無料というのも有難いサービスだと思っている。

 映画を観に行く2日前には、イオンシネマのe席リザーブというサイトで座席を予約している。好きな席を確保できるし、劇場に行って並んでチケットを買うということもない。予約確認メールの中のQRコードを発券機にかざせばチケットが出てくる。昔のように窓口で「大人一枚」などと言って現金で入場料を払うこともない。何と便利になったことかと思っていた。

 映画館に行った時、数か月前から奇妙な光景を目にするようになった。劇場入り口の映画の題名が表示されたモニター部分に入場チケットを持っていき、スマホで写真を撮っている人がいたのだ。最初は気にしなかったが、何度も見かけるようになった。映画を鑑賞した記念として、証拠を残したいと思って写真を撮っているのだろうと推察した。私も真似してやってみた。こんな感じである。

 2週間くらい前からだろうか、イオンシネマはホームページをリニューアルしているようだった。7月になり、いつものようにチケットを予約しようとすると、今後はチケットを発券せず、デジタル入場チケットになるという案内があった。「えっ、どういうこと?」と思った。

 チケットを予約して、送られてきたメールを見てなるほどと思った。メールに記載されているURLにアクセスし、確認番号と電話番号を入力すると、デジタル入場チケットが表示されるようになっていた。要するにチケットレスにして紙の入場券をなくし、入口でスマホの画面に表示されたデジタル入場チケットを見せるだけという仕組みである。入場開始時刻の12時間前からデジタル入場チケットが表示できる。

 イオンシネマに行き、最初このシステムで入場する時はドキドキした。しかし、入り口でちょっとスマホの画面を見せると、すぐに通過することができた。何と便利になったものかと感心した。しかし、何だかちょっと複雑な思いが残ったのも事実である。「いくらデジタル社会になったとはいえ、映画の入場券までなくさなくてもいいのに」という思いである。

 このシステムは、映画を観る人がスマホを持っていることが前提である。それなら、スマホを持っていない人はどうするのかというと、メールのデジタル入場チケットを印刷して持っていくか、劇場内の発券機でチケットを発券して入場するという。何だ、結局紙のチケットもあるじゃないかと思った。

 7月以降、映画鑑賞の当日に劇場でチケットを買う場合、やはり6月までの発券機とは別のものになっていた。発券機を前に戸惑っている人も多くいるようだった。また、ポップコーンや飲み物などの買い方も変更になっていた。今までは店員さんに直接注文していたが、あらかじめ機械で注文するものを選択して決済も終える。飲食物ができると、ショップの上のモニターに予約番号が出て、自分の番号を確認して取りに行く。マクドナルドなどもアプリ注文で取り入れているシステムであり、これは便利かもしれない。合理的でアルバイトの人数も減らすことができそうだ。ショップの前に大勢が並ぶということもない。しかし、私は映画を観る時に一切飲食物を口にしないので、個人的には何の関係もない。

 私のように毎週映画館に行くという人は、このデジタル入場チケットにすぐに慣れるだろう。しかし、たまにしか映画館に行かないという人は戸惑うのではないか。こうなると、昔のように窓口で「学生一枚」と言ってチケットを買い、劇場入り口で別の人がチケットを半分にしてくれていた頃が妙に懐かしい。手元に映画を観た証拠が残るというのも嬉しかったものだ。

 もう半世紀も前のことである。今はなき映画雑誌「ロードショー」にこんな逸話が掲載されていた。農業に従事している人が初めて映画を見に来た。劇場入り口でチケットを買うために並んでいると、前の人が「学生一枚」と言っている。その人は映画のチケットを買うには職業を言わなければいけないのかと思い、「百姓一枚」と言った。周りにいた人は笑ったが、その人はなぜ笑われているのか分からなかったという。私はこの話を「ロードショー」誌で読んだ時、思わず笑い、やがてじんわりと悲しくなった。

 人を介さないデジタル入場チケットもいいだろう。映画館のチケットの仕組みが変わるのは、時代の変化と共に受け入れざるを得ない。しかし、それは本来映画を観るという行為から外れてはいないだろうか。映画は思いを込めて人が作り、映画館も含め、多くの人を介して観る人に届けられるものではなかったか。しかし、そんなことを言うと、昭和時代のノスタルジーだと笑われそうである。

 スマホにデジタル入場チケットを表示して、劇場入り口で撮った写真がこれである。