初コメントっ
半ば独り言のような感じで書いるこのブログ?日記?でも読んでくれる人はいるもんですね。ちょっぴり感動ですわ、と初コメントを残していただいてもらったことに素直に喜んでみた今日1日。ユーロのイタリア-オランダが予想をはるかに上回る好ゲームだったこともうれしく、きょうは調子いいわ、とか思ってみたものの、足の裏に靴ずれを二か所も作ってしまいました。この1年連れ添ってきたスパイクなのに・ °・(ノД`)・°・地味に痛いっす。なかなかでかいっす。それでもやっぱり痛みが地味すぎる・・・
っていうのが昨日の話。
ま、そんなことはどうでもよくて、とりあえず、せっかくいただいたコメントに対して何らかのアクションを起こしてみたく思う。
コメントに対してはコメント欄で返答するのが一般的なんですかね?
・・・知らねっ。今日は書くこと別にないのでここに書こうと思う。
おもしろいなって思ったのは、タイムスリップがそもそも本当にあったのかどうかが疑わしいっていう切り口。自分にはこの視点が完全に欠けてました。ビューティフルマインドっていう自分の大好きな映画にも、確かに、主人公は勿論、われわれ鑑賞者も信じ切っていたものが大きな錯覚?みたいなものでしかなかった、っていうのがありましたしね。
確かに、主人公が精神的に倒錯状態にあったとすれば何の問題もなくすべて解決しちゃうんですが、そういう可能性は置いといて、と。
主人公が正しく現実を認識する能力があり、かつタイムスリップも真に行われたと仮定する。
そのとき、主人公は元の歴史と、ゆがんだ歴史を両方とも知っていることになる。このことは、最後にみち子がいないと主人公が理解できたことからも明らかだ。
…とか考えてみようとしたけど、結局あきらめました。どうにも設定があいまいすぎるし。
みち子がいたとかいなかったとかは判然としないっすけど、とりあえず自分はそこに理由は求めないようにするスタンスで行こうと思います。目的をもって存在していたのではなく、ただ結果として存在していた、ってやつです。おれの人生観でもありますし。小説、映画的にはありえないですけどね。
なんだか論点がすっかりずれちゃいましたね。なんか混乱しちゃったんですもん。
うだうだになっちゃたんですけど、それでは。
「地下鉄に乗って」を語ってみる
いまさらなんだ、って感じなんっすけど、この金・土・日は風邪ひいてて、そのせいで家でずぅーとうだうだしてました。こんなにまっとうに風邪ひいたのはちょうど1年ぶりくらいですね。まぁ、どーでもいいけど。
風邪をひいたと悟ってしまった金曜日、大学の保健管理センターで見てもらったんですけど、おいらののどの痛み、咳、痰っていう症状に対して処方されたのは、ロキソニン、レスプリン、ダーゼンと・・・トローチでしたw
いやトローチて・・・
トローチって別に子供だましの薬じゃなかったんですねぇ。まさか20歳すぎても処方されるとは思いもよらなんだ。まぁいいんですけどね。なんだかんだで結構なめたし。効果はあったのかな?よくわからんけど・・・
保健管理センターっつっても薬を処方してくれるのは大学病院ですからね、トローチが出てくるなんてびっくりでしたわ、っていうだけの話です。
ま、それはさておき・・・
今日はレポートをパソコンでぱちぱち作成しながら「地下鉄に乗って」っていう映画を観ました。
感想は・・・微妙だな、って感じです。あと岡本綾さん結構好みだっていうことぐらいだな。
全体的にいまいちだと思った要因の1つに、過去と現在をいききするきっかけ、っていうか条件っていうか、が物語終盤になっても示されなかったことがあげられるかなぁ。そのせいで、主人公とその愛人とは過去をみせられてる、っていうスタンスでしかなかったしね。主人公自身1回目のトリップで既に過去をいじろうとしたし、ラストに大きく過去をいじってしまうわけだし、で積極的に過去に干渉するスタンスなんだから、それならもっと主人公たちが過去に飛ぶ方法を模索するっていうのがあってもよかったんじゃないのかな。展開的にも、憎悪の対象としてすら見ていた父親に、意外にもまっとう、更には優れた人間性があったのだ(というか主人公がそれを知る)というシーンをがんがん見せられていくんだから、普通、主人公側の人間としてはもっと過去、もしくは父親のことをより知りたい、と思うもんじゃないですかね。
う~ん、確かにそれじゃあありきたりの展開になっちゃいますが。それでもね、わけもわからず飛ばされるよりは良かったんじゃないでしょうか。構成上、意味のあるシーンにしか呼び寄せてもらえないんだからさ、的なね。
なかなか否定的にコメントしていってますけど、過去の情景は全体として好きでした。なんか、あぁ、昭和だなって感じで。砂っぽい大気に汗のにおいが立ち込めてるっていう感じがすごく良かったです。
ほかに良かったとこ?さぁ?Salyuの歌とかですかねw
最後はやっぱり否定的にこの映画をとらえたいと思うんですが、みち子は最後、結局何がしたかったんでしょうかね。少なくとも彼女が出した結論は「私はもはや存在しない方が彼は幸せである、幸せになれる」ですよね。
なぜ?異母兄弟であり、かつ愛人であるといった複雑な関係だから?
まぁ、義理の妹(愛人)が目の前で、たとえ間接的にではあっても自殺をはかるっていうのは、現実的に考えてかなり主人公にとってショッキングだと思うんですがね。
とりあえずそういう考えはみち子にはなかった、と。じゃあなにを考えてたんでしょうかね。
一応自分なりに考えてみたんですがね・・・
表面上は、やはり母親への問答からもわかるように主人公の幸せを願って、つまり知らなかったとはいえ実の妹を愛人として囲っていたという事実からくる罪悪感を、自身が目の前から消えることによって少しでも軽減するため、さらには愛人として不適格だと互いに認識し合ってしまった以上、このまま不倫関係を続けることは困難なので、自分が身を引くことでもう一度家族とやり直すチャンスをあたえるため(父親へのわだかまりが解けたことで家族愛に目覚めた絶好のチャンスだしね)、要するに自分がいなけりゃ万事解決じゃないの、っていう考えによるものでしょう。
でも本音のところは、純粋に、心底惚れていた主人公にもう恋の対象として見てもらえなくなったことへの絶望じゃないでしょうか。父親を知らぬまま育ち、虚しさを抱えたまま(そういうセリフあったし)愛人になったものの、実は自分は祝福されて生まれてきていたんだという事実がうれしく、また満足もしたんだけれど、それと引き換えに知りたくもないことまで知ってしまったことで、満足感の中に絶望が入り込む形となって、結果半ば自暴自棄になってああいう選択をとったんじゃないかな。とりあえずあの問答にはさしたる意味はなかったんだと私は思う。
じゃあ、店に入る前にみち子が自分の指輪を外したのはなぜなんでしょう?わかんないです。みち子にはそんな予感がしてたんじゃないですかね。これが最後かもってね。まさかね。わかんないっす。もういいっす。
眠くなってきたんでここらで終わるっす。明日も学校っす。
それでは。
ユーロ開幕
ユーロ2008開幕っо(ж>▽<)y ☆
たった今スイス-チェコ戦を見終わったんすけど、やっぱサッカーっておもろいわぁ。日本-オマーン戦を見た後だったからそのギャップもまたおもしろくて。いやぁ、スイス、チェコ両国とも守備めっちゃ堅かったわ。結果0-1でチェコが勝ったけど、どっちが勝ってもおかしくなかったんじゃないかな。スイスのクロスがもうちょい正確だったらな、ってのはあるけど。
次見るとしたら、イタリア-オランダかなぁ。めっさ楽しみo(〃^▽^〃)oカンナバーロみたかったなぁ。ロシツキーも今日見れなかったし。このままどんどん盛り上がっていってほしいものです。
朕思うにぃ、優勝はフランスだわ。
根拠ですか?そんなものないっす。ただなんとなくっすw
それでは。